2016年11月30日水曜日

言葉は常に鍵を探す

WEBサービスのベトナム語ページを準備しているのだけど、ベトナム語がまたまったく分からない。

ハングルもそうだけど、暗号としか思えないよね。ほんと。

仕事だから、なんだか文字が面白いなんて言ってもいられない。

で、どこかに分かる言葉を探そうとしている自分に気づいた。

そう、真剣に向き合っていると、まったくわからないことでも、わかることを探すものなんだね。

まさに扉を開くための鍵だよね。

一方、いい加減な気持ちの時は鍵には興味がない。


よく考えてみたら、これは言語だけの話ではなさそうだ。

例えば、全く知らない人でも、真剣に向き合うときは、相手を理解できる鍵を探すものだ。

何事でも開くためには鍵が要る。

そして、その鍵は自ら見つめるものだよね。


鍵がある




2016年11月29日火曜日

あるべき施策とうつべき施策 「食」から「人材」をかんがえる

ファストフードの飲食店は、合理的なプロセスとマニュアルによって均質な商品やサービスを短時間で効率的に提供することを可能としている。

一方、スローフードの飲食店は、産地や栽培方法、飼育方法などにこだわり、その時々の旬な食材を最も美味しいと思われる方法で調理し提供するから高質で、偶然性や時間の経過も味のひとつとして提供する。

消費者は自分の嗜好やライフスタイルに沿って好きな方を選べば良いわけだ。

さて、事業として両者を比べると、事業の発展に向けて実施する施策には大きな違いが生じる。

均質、効率を求めるのであれば、徹底したプロセスの構築とマスマーケティングが必要だ。

高質化を求めるのであれば、高い感性とこだわりによるクオリティ・コントロールでコアカスタマーの共感と支持・支援が必要だ。

「食」というテーマで考えれば、あるべき施策は常に、美味しくて安心・安全な食べ物を提供することとなるけど、前者においてうつべき施策は「誰が調理しても、そこそこの味がして食中毒を起こさない」ことになる。

しかし、後者がうつべき施策は「調理人が腕と感性を磨き、新鮮で味わいのある食材を選び、技能で危険を取り除く」ことだ。

言い方をかえると、成分測定機と選別機、保存料の使用 対 可能性を見出し育み素材の良さを引き出す の違いがあるね。

乱暴な言い方かもしれないけど、人材においても同じようなことが言えるんじゃないかな。

多くの人がとにかくスピーディに働く組織と、多様な人材がそれぞれの持ち味を活かして働く組織では、うつべき施策が全く変わるということを言いたいのだ。

で、ね。あるべき施策で考えているためにそこらへんがごっちゃになって結局中途半端になってしまっているケースが少なくないよね。


多様な旨味を引き出し活かす

2016年11月28日月曜日

準備万端?準備不足? チャンスを活かせな人の習慣

NHK、プロフェッショナル仕事の流儀で10代 VSプロフェッショナル 弟子入りスペシャルという面白い番組を見た。

様々な葛藤を持った10代がプロに弟子入りして失敗を経ながら何かを学ぶという内容だった。

その中で印象に残ったのが、雑誌編集者が漫画家志望の10代数名について言った、

「いま、準備していなければ、例えチャンスが来ても準備ができない」

という一言だ。

これは、本当に的確な洞察だと思う。

例えば、どんなオーディションであれ準備なしに挑むのは無謀だ。

中にはシンデレラのようなストーリーがあるかもしれないけど、実はシンデレラだって清貧、清廉な生活を送っていたからハッピエンドが待っていたのだよね。

でも、世の中にはその無謀な人が溢れている。

その手の人は採用の応募者にやたら多いけど、何の準備もなく会議に参加する人など、会社の中にだってゴロゴロしている。

そしてそういう人は、チャンスが来たときでも確かに準備不足だね。

もちろん、予測不能な現実社会の中で完璧な準備なんてないからどれだけ常日頃から努力を継続しているかということなんだろうね。(その人のなりの準備、でね)

ブログでも何回か取り上げているけど、カーデザイナーの奥山清行さんは、いつ来るかわからない15分のために努力をすることの大切さを語った。

チャンスを活かせるのがプロだとしたら、プロとアマチュアの違いは才能でなく準備の有無ということだよね。


やればよいのだ






2016年11月27日日曜日

人は様々な特性を組み合わせてパターンを作る

一昨日、心理学にある類型論と特性論の違いに触れたけど、実は人の類型はとても多様なんだ。

1つの類型で様々な社会現象を説明することはできない。

なぜ、そう言えるのかといえば、各種の社会現象、例えば、退職や休職などを分析しただけでも異なる類型が見えてくる。

これは少し考えればわかることだけど、例えば何かを購入する場合、結論に至るまでに意識・無意識に多くの項目を判断しているよね。

その一つ一つの判断に認知の歪み(バイアス)が影響している。

要するに結果は同じであってもその結果に至るプロセスは個人ごとに異なっているのだ。

その個人ごとに異なるプロセスをある程度束ねることで複数の類型が見えてくる。

で、ね。思考、感情、行動それぞれのプロセスは、人の内面と置かれた環境が相互に干渉しあって創発するものだから、複雑かつ予測ができない。

しかし、同様な環境下では複雑さが減少して人の内面から共通性が生じる。

環境を広く定義(抽象度を上げる)しても同様に複雑さを減らせるけど、類型による具体的な事象の説明力はうんと下がってしまう。

そのことを理解せずに汎用的に類型を扱うのは間違っていると言えるのだ。


環境と特性が類型を生む

2016年11月26日土曜日

人よりもちょっと得意なコトに気づいたら取り組もう

俳人で最近テレビに良く出演している夏井いつきさんが阿川佐和子さんの番組で対談をしていた。

その中で俳句を自らの道とするまでのエピソードを披露していたけど、小さい頃はよく本を読んでいて、国語が得意だったそうだ。

この「得意」という感覚は、その人のパーソナリティ特性にかなり大きな影響力を持っている。

パーソナリティ特性とは「その人が一貫して示す特性」のことだから、夏井さんが、その後、国語の先生になり、現在は俳人として活躍しているころとに、小さい頃の「得意」が大きく影響していることは明白だ。

夏井さんはサザンオールスターズの「真夏の果実」という歌が好きだそうだけど、
 『マイナス100度の太陽みたいに』
という歌詞の一節を聞いた瞬間、血液が浄化される感覚を持ったらしい。

言葉に対する感性の高さはまさに「得意技」なんだね。


「好きこそものの上手なれ」と諺にはあるけれど、単に好きなだけじゃなく、他者よりもちょっとでも秀でていることは、その道を極めるチャンスが開けていることと同義と言える。

だから、「自分はこれが得意だ」と思う瞬間は、ギフトへのサインです。

何気にスルーしちゃったら、それはほんとうにもったいないことなのです。


「気づき」はギフトへのサイン





2016年11月25日金曜日

類型論と特性論の背後に潜む人の癖

心理学には、類型論と特性論問いう2つの人格の捉え方が存在している。

簡単に言えば、タイプとスペックだね。

車で言えば、ワンボックスとか、セダンとかが類型で、排気量2000CCとかホイールベースとかが特性だ。

類型は、イメージが即座に伝わるけど、でそこはどうなの?というリアリティは今ひとつはっきりしない。

特性は、部分の傾向はよくわかるけど、全体として何なのか掴みづらい。

で、ね。これは、人の物事の理解の仕方に端を発しているのじゃないかな。

要するに主観と客観だね。

主観はこれが好きそれは嫌いなどは伝わりやすいけど、これやそれがどんなものなのかは伝わらない。

「自分」を届けるのに便利。

客観はその逆で、「それやあれ」を届けるのに便利。

そう、人は「自と他」を区別する癖をもっている。

そして癖を持っていることを知っていればよいのだけど、時に一方の見方で世界を描いてしまっているよね。

だから時に世界を止めなくちゃいけない。

描き続けちゃいけない時もあるんだ。


止まる





2016年11月24日木曜日

イノベーションとは環境を創造すること?

多くの事業を行う組織ではイノベーションを渇望している。

一方で、イノベーションは思ったように起きない。

なぜだろう。

これまで言われている答えは明快だ。

今の環境で成り立っている企業にとってイノベーションは心地よくない変化だから、ということだ。

これをC.クリステンセンは破壊的イノベーションと定義したね。

でも、ほんとうにそうなのだろうか。

疑問が湧くのはイノベーションを起こすのが「人」だということだよね。

「人」は8割以上が習慣的行動と言われるけど、残りの1割程度はあらたな行動を生み出している。

この1割強という数字は、飛び込みの新規営業で受注確率が「せんみつ」(1000件あたって3件)と言われるのに比較するととても高い確率でしょ?

つまり、新しいこと生み出す確率はそれほど低くないってこと。

むしろ問題は物事に新しい意味を見いだせないことにあるのじゃないかな。

意味を変えれば環境も変わるよね。

だからイノベーションが必要な組織ではみんなが意味を変えてみるべきだね。

商品の意味、顧客の意味、仕事の意味、事業の意味、そして会社の意味、をね。


意味は?








2016年11月23日水曜日

テニスは「人の成長」とどこか似ている そこで、「どこが?」を考えた

成長をスポーツに例えるとテニスが近いのかもしれないと思うね。

その理由を挙げましょう。

1,常に相手が居る(要る)
2,闘いでもあり、応答でもあり、対処でもあり、互酬でもある
3.局面の勝ち負けもあるけれど全体での勝ち負けのほうが大切
4.故にいつでも、どこからでもリカバリーが効く
5.よくわからないことがルール(得点の数え方)だがそれは平等だ
6.本人が止めないかぎり機会はどこまでもそこにある

例えば、社会に出るまではあまり成長の手応えが無かったとしても、社会人になってから目覚ましい成長を遂げる人が少なくない。

また、入社した当初の評価は高いけどその後伸び悩む人も多い。

大事なのは、全体プラン(ビジョン)と日頃の訓練・鍛錬、局面での打開と、局面の勝ち負けに揺るがないメンタリティということだね。


相手が居る



2016年11月22日火曜日

ただ問えばいいわけではない 何事からも意味を見いだせる人を育てること

タイトルが気になる記事があった。

子どもに「自分はダメ」と思わせる親の言葉

記事の内容は「自己肯定感の低さ」と「疑問をもたせる」ことだったけど、自己肯定感に関して日本は低く、その理由は親の声掛けがに問題があるということだね。

でも考えてみると、自己肯定感が高ければ良いと言うわけでもないだろう。

日本人の勤勉さ、国の経済力や治安の良さを考えれば、自己肯定感の高低を良し悪しと結びつけるのは事実を語っているのではなく、個人の価値観なのではなかろうか。

一方、「疑問をもたせることが自己肯定感を育てるという」のもちょっとピンとこないね。

「愚問は頭を悪くする」(大村はま)ことを忘れちゃいけない。

良い問いとは、『奇跡の教室:エチ先生と『銀の匙』の子どもたち:伝説の灘校国語教師・橋本武の流儀』に出てくるような「意味を見つける問い」だよね。


自己肯定感ってキャラの部分もあるから一概に親の声掛けに原因を求めるのは無理があるし、疑問をもたせれば解決するっていうのも画一的に感じる。

恐らく記事にするために読みやすくしているのだと思うけど、大事なコトだからちょっと残念だったのだ。


意味は「ある」のでなく「生む」もの



2016年11月21日月曜日

スティーブ・ジョブズはなぜマーケティングしなかったのか

アップルを創業し、その後、一時は会社を追われたものの復職して瀕死の会社を正解有数の企業に育てたのは間違いなくジョブズの功績だ。

で、本当かどうかわからないけど、ジョブズはマーケティングを嫌っていたという。

確かに、彼の先見性を持ってしたらマーケティングは不要だと思えるよね。

これをもう少し違う角度から考えようとすると、ジョブズのルーツが気になる。

そのひとつがカリグラフィーとの出会いだ。

この豊かなフォントの世界が彼の生み出したマッキントッシュに展開され、見たままを印刷するWYSWIYG(What You See Is What You Get)の思想、技術開発に繋がったことは間違いないだろう。

ジョブズにとってカリグラフィとの出会いは、アップル創業の仲間、スティーブ・ウォズニアックとの出会いとも並ぶクリティカルインシデントだったんじゃないかな。

このように、ジョブズのイノベーションはストーリーに満ちた、縦断的なものだ。

一方、マーケティングは多くの場合、横断的だ。

それは、マーケットに対して今、何をするのかを決めるのには役立ち、広告ととても相性が良い。

で、ね。青色ダイオードの発明もそうだけど、多くのイノベーションは縦断的だよね。

逆にマーケティングからはイノベーションは生まれないとも言われる。

もちろん、ジョブズ(アップル)は広告戦略を多用しているのだから、マーケティングと無縁どころか実際はフルに活用していると言える。

つまり、ジョブズが縦断的に行っていたのは製品の発想を得る時だよね。

マーケティング発想の人は、得てして縦断的な発想を軽んじる傾向がある。

市場に答えがある、という横断的な立場だ。

今することであれば事実を重視(result oriented)するのが大切だけど、将来的な価値創造においては事実の背景(process oriented)のほうが遥かに重要なんだ。


Critical Things.


2016年11月20日日曜日

パワハラのにほひ 

先日、突然「あの人、パワハラじゃない?」という質問がありました。

どうやら、問いを起こしたその方がかつて遭遇したパワハラ上司と同じ匂いがしたそうです。

声が大きく、明快な話しぶりの一方で、情に弱く涙もろいところがある、まあ、要約すればそんな感じだったと記憶しています。

この話を聞いて思いだしたのがDV(ドメスティックバイオレンス)のケース。

共通しているのが、優しい、弱い一面を持ちながらも、自分の思い通りにならないと暴れる、という傾向だそうですが、どうです? さきほどの「匂い」とどこか似てませんか?
DVの加害者は、心理的に「気が弱い」のだそうです。

DVが「窮鼠猫を噛む」のだとすれば、パワハラ上司にもその要素があるのかもしれません。


現代は、精神病と同じようにハラスメントもやたら種類が増えています。

パワハラ、セクハラの横綱に続き、セクハラ、アルハラの大関、さらには、マタハラ、オワハラなどなど、被害を受けたと感じる人が居ればそれはハラスメントだということになってしまいます。

それはそれで如何なものかとも思います。


さて、自分事として捉えるなら、自分の弱さを他者にぶつけず、常に相手を傷つけない関わり方を意識する一方で過剰な被害者意識を持たないためには、自分自身のことをより良く知る以外に道は無いのだと考えます。


修行だね



2016年11月19日土曜日

新卒が自分の能力を活かせる仕事なんてほとんどないよ ガンバレ18新卒採用応募者!

採用面接を行っていると会社選びの「軸」として「自分の能力を活かせる仕事」ということが少なくないよね。

例えば、海外経験があって英語が出来るとして、その言語力を活かせる仕事っていうことなんだろうけど、誰でも出来るアルバイトの延長みたいな仕事以外で新卒の能力を活かす場面ってピンとこない。

だって、仕事の能力って実務経験を通じて獲得される統合的能力であって、エクセルのVlookupが使えます、みたいな個別能力の世界じゃないもの。

だから、「自分の能力を活かせる仕事」とか言われちゃうと対人、対業務、対社会などなど多くの個別能力を統合してどんな力を発揮してきたのか確かめなくてはならないし、それを行えば、甘く見ても95%が採用レベルに到達しない。

5%っていう数字は統計の世界では異常値ってことだ。

これは新卒だけじゃなく中途もいっしょだけどね。

だから、キャリアセンターや大学生のキャリア支援(就活支援)を行っている人は学生に
「自分の能力を活かせる仕事」と考えることは就活で不利に働くことをしっかりと伝えて欲しいよね。

もうすぐ18採用が始まるけど、応募者は主体的キャリアデザイン(自身の価値観に則り社会性と経済性を両立させる仕事経験の設定)において現状と目標のギャップをどう克服していくのか、そのプロセスで組織にどう貢献するつもりなのかがはっきりしていると良いでしょう。

もちろん、多様な価値観を持ち合わせることが若者の特権でもあり、新卒採用に魅力なので単一の価値観に自己限定しないことが前提になる。

多くのことに興味と好奇心と関心を持ちそれぞれに自分の価値観を保有することが望ましいよね。


なんとなく大学、学部学科を選ぶのと違い、仕事って具体的に社会と自分の関係を明らかにすることだから応募者は能力を活かしてもらうことより自己責任をしっかりと果たす主観的キャリア観で望んで欲しいと思います。


その先に何を見る?



2016年11月18日金曜日

時代は「PPAP」 ビジネスマンがそこから学ぶことは何か

今「PPAP」と言われてわからない人はほぼいないよね。

9月ごろに公開されたらしいからこの2ヶ月ですごく拡散したのだ。

で、多くの人は何か奇妙な歌だな、くらいにしか考えていないと思うけど、実はこれからの社会を明示しているのだ。

まず、「PPAP」は歌なのか? 

どうやらビルボードという全米チャートに入ったので歌だ。おまけに、ギネス記録になるほど短い。でも、この短さがポイントでもある。

次に、PPAPを作ったピコ太郎とプロダクションは儲かるらしい。

ピコ太郎 関連動画で潤う 

詳細はこの記事を読んで欲しいのだけど、ネットビジネスの代表的な儲け方である広告モデルにロングテール、さらには、「関連」というなんだかモヤモヤするクラウド的なネットワークと、最先端の機械学習による画像認識で著作権を管理する仕組みが合わさっている。

しかもブームの火付け役は縁もゆかりもまったくない海外のビッグアーティスト、つまり、SNSが発端だ。

再生回数を稼ぐためにはコンテンツが短い方がいいし、簡単に真似できれば関連動画が増える。

さて、皆さんの会社はこのビジネスモデルを理解、活用出来ているだろうか。

まさか、まだ荘厳な楽曲作りや独自のビジネスモデル作りにこだわっていないよね?


ネットワークはすでにあるのだ



2016年11月17日木曜日

マンガはどこへ行くのか 想像以上の現実世界という舞台

以前は電車に乗るとマンガを読んでいる男性が少なからず居たけど、最近はあまり見かけなくなったね。

その代わりにみんなスマホを弄っている。

スマホでマンガを読んでいる人もいるだろうけど出版物としてもマンガ本が売れなくなっているだろうことは容易に察しがつく。

発行部数の推移からは更に厳しい現実も見えてくる。

このままでは、マンガ家が子供にとってのあこがれの職業がだったのも遠い遠い昔のことになってしまうかもしれないね。

一方、ビジネスの世界では逆にグラフィックやイラストに注目が集まっている。

リアルの複雑な世界を救うには「文字」は時に非効率的で非効果的だからだね。

これはラインのスタンプとか見ればすぐにわかる。

また、グラフィック・レコーディングやグラフィック・ファシリテーションも企業経営に関わる会議などでさらに活用が進むでしょう。

つまり、マンガは架空話の娯楽から実生活や実業に場を変えていくのではないかな。

そうなると、誰もがマンガを使い、描くようになる。

消費の対象から、生産の手段となるわけだね。


これは描けない





2016年11月16日水曜日

フェア?アンフェア? 不平等と正義溢れる組織

公正を英語に訳すとfairnessとなります。

平等(equality)と雰囲気は似ているけど、実はだいぶ違います。

例えば、組織の中での「平等」とは、「男女平等」に見られるように同じ扱いをすることですが、「公正」は同じ基準を適用することを意味します。

男女で役員の数に違いがあれば不平等ですが、同じ登用基準が用いられていればそれは公正なのです。

業績を評価する基準が客観的、合理的であれば公正なのですが、確たる理由もなく同じ社歴なのにかたや脚光を浴びる花形部署、一方は誰もが嫌がる地味な部署への配属は不平等と言えるでしょう。

そこで、「かくあるべし」とちゃんとした基準を設定しようとする正義が生まれます。

正義はまず「不平等」を嗅ぎつけその事実を暴露することから初め、不平等の是正へ働きかけますが、結果として基準を策定し、「公正」な運用に至るケースが多いのではないでしょうか。

結局、不平等は解消されず、正義も活躍し続けるのです。


不平等が臭うぞ




2016年11月15日火曜日

上司は戦略、若手は支援 行き違っていたらごめんなさい

ある調査に協力した結果を今日受け取ったけどとても面白い指摘があった。

それは、戦略志向が部下の活力を削ぐ一方で、支援行動が活力を与えるというものだ。

とかく今日は、複雑化、流動化、競争化が激しく、戦略性が求められる(とマネジメントは考えている)

戦略経営、戦略人事などなど、至る所に「戦略」がある。

簡単に言えば、どう勝ち、どう生き残るか常日頃から考えるぞ!ということなんだけ。

でも、無限の未来(たぶんそう感じている)を保有する若手社員にとって、「生き残り」よりも「自身の成長」のほうが身近だよね。

だからしっかりした「支援」を求める。

「支援」を受けることに慣れた若手は、会社の戦略よりも、研修体系やキャリア開発、そしてフィードバックを受けることに着目する。

一方で、生存競争が激しいグローバル社会での若手は、「支援」を期待するよりも戦略的な組織での経験を求める。

じゃあ、若手に問題があるのかと言えばそうでもなくて、勝ち負けのない領域ではとても活動的だし、支援を受けて成長することも上手い。

要するに考え方を変える必要があるってことだね。

じゃないと、ずーっと行き違っていたらごめんなさい状態だもの。


謝っているわけではない



2016年11月14日月曜日

怖いのは人工知能じゃなくそれを弄る人 宮﨑駿に学ぶこと

昨晩、NHKで宮﨑駿さんのドキュメントを放送していた。

長編から引退したものの、短編でコンピュータグラフィックと格闘し、また長編への想いが芽生えてくる、という内容だった。

番組の中で、とても印象的だったのは人工知能をプレゼンしたドワンゴ川上会長に、「極めて不快」「生命への侮辱」と宮﨑駿さんが激怒したシーンだったね。

宮﨑駿がドワンゴ川上会長に激怒!「極めて不快」「生命への侮辱」裏に鈴木Pの策略?
http://matome.naver.jp/odai/2147904192348170901

このシーンを放映させたドワンゴ川上会長もたいしたものだと思うけど、作品に生命を吹き込んでいる宮﨑駿さんにとって、似非生命は許せなかったのだろう。

でも、ちょっと考えてみれば、人工知能には罪がないことがわかる。

だって、人工知能は与えられたロジックとパラメーターを使って似非生命を描いているに過ぎない。

要は、与えた人間が生命的なことを侮辱しちゃったんだね。(本人にそのつもりは無かったかもしれないけど・・・)

ロジックとパラメーターで「人間を扱う」人には生命への敬意と愛が欠かせない。

これは人工知能研究でも、マーケティングでも、採用・育成でも同じじゃないかな。

宮﨑駿さんは大切なことを言っていると思った。


スーパームーン?

2016年11月13日日曜日

違って目立て? 合わせて動け? 組織で集団行動と個人行動を決めるのは誰?

今見ているテレビでお笑い女芸人が日体大の集団行動を練習しているけど、集団行動の能力は基本的に人に備わっているよね。

例えば、毎朝の通勤ラッシュは、だれも練習していないけどそれぞれの目的も全体としても目的も果たされている。

しかし、その能力を高いレベルで発揮することは並大抵ではない。

一方で、際立つ個性を発揮することも易しくない。

そもそも会社で仕事をしているときに、ここは集団、ここは個人と分けた役割があることはあまり多くなく、自立的に上手くやることが求められるよね。

複雑な仕事になればなるほどその傾向が強まる。

しかも、それらは「暗黙」が前提だ。

だから、フィードバックや評価による「後づけ」が大切なのかもしれないね。


「あの時は、こうして欲しかったんだよ」

「なーんだ、だったらその時言ってくれればいいのに。じゃあ、こんどはそうするね」

「わたしも、今度はその場で言うね」

みたいに簡単に学習が進めば良いのだろうけど、そうでもないのは結果によって判断の是非も変わってくるからじゃないかな。


集団的


2016年11月12日土曜日

「小学校の先生」が意味すること あなたの先生は「我が師」でしたか?

今日、テレビで登山家の故 田部井 淳子さんのインタビューを観たけど、登山のきっかけは、小学校4年のときの先生が登山好きだったことだったらしい。

もし、その先生と出会っていなければ、田部井さんは登山家になっていなかったかもしれないと思うと、人生って不思議だよね。

仕事のインタビューでも小学校の先生がその後の人生に与えている影響の大きさがわかりました。

「やっていいんだ」、「嫌なことでも努力すれば報われる」という悟りを通じて個性を開放し、ストレッチする鍵が先生だと言えるのだろう。


小学校は、子供が社会を疑似体験する最初の場所だよね。

要するに理不尽な世界に日々、接することになるのだ。

言い換えれば、群れざるを得ない場所なんだけど、「群れる」ってあまり理性的な行動じゃなくのだと思う。

以前、さかなクンが魚の話で、水槽を小さくするといじめが始まる、って言っていたけど、群の行動原則、「近づいてもぶつからない」「同じ方向に動く」「群の中心に向かう」が守れない狭さに問題があるのじゃないかな。

群にとって大きな問題が内在しているその場所を作るのが小学校の先生だ。

昔は規律で場所を統制できたけど、核家族化と地域コミュニティの希薄化で規範が薄まり規律の前提が弱まり規律が通用し難くなった。

モンスターペアレンツとか、給食費の未払いとか見てもその様子が伺える。

現代は先生受難の時代だよね。

中には菊池省三先生のように場所作りの長けた先生もいるけど、とても稀なのでしょう。

「大人とは萎縮した子供である。」という人もいるけど小学校の先生が、子供を萎縮させる存在であって欲しくはないですね。



開く、蓋する?





2016年11月11日金曜日

調剤薬局の手間って必要なの?

医薬分業の効果?なのか調剤薬局ってすごく増えたよね。

医院にしても薬局にしても、社会保障費で成り立っているわけだから、複雑な気分だよね。

ところで処方箋を持っていけば調剤薬局はどこでも良いことのなっている。

選択の自由だね。

でも、こっちが安い!みたいのは無い。

結局、医院の近くか家、会社の近くの調剤薬局ということになるのだけど、新しい薬局に行ったら行ったで、問診票みたいのを書かされてうんざりするね。

二度手間だし、医療サービスを使うとあちこちに個人情報をばら撒くことになるからだ。

医者が書いた処方箋を調剤薬局がどうこうできるのか良くしらないけど、基本、問診票や個人情報を調剤薬局に提供する意味がわからないよね。

しかも今日行った調剤薬局では、事務的な対応で記入を求めて来たので、それって義務なのか確かめたくなっちゃった。

さらに、「当たり前です」的な塩対応にも関わらず、お薬手帳に張るシールは、同姓の人のものと間違えていた。

きっと、自分が残した個人情報もそういう風に扱われるのだろうね。

とてもがっかりしたのです。


なんでやねん



2016年11月10日木曜日

空気を読む力、読まない力 あなたの強みはどちらですか?

対人能力に関わらず、状況から意味を見出す能力って生存能力の根幹にあるよね。

例えば、震災が起きた時、そこから逃げる、逃げないの判断ってシンプルだけど結果には雲泥の差がある。

後からその判断の妥当性を問うても結局、悲しさが残ることになるね。

それは結果と結びつけているから語れる結果論とも言える。

その真偽は神のみぞ知る、のだ。

要は、結果によってその真偽が変わってしまうことは、すべてその対象です。

ヒラリーとトランプみたいにね。


空気を読んでも読まなくてもいいのだけど、その結果に対する責任はブーメランのように本人に降りかかってくることは知っておいても損はしない。

いい時だけ自分の手柄で、悪い時は部下の責任、みたいな前時代的世界観はもはや幻想なのかもしれないね。

ということを前提に言えば、結果を受け入れて未来に活かす謙虚さが空気を読んでも読まなくても重要だということがわかってくる。

真の強みは、「あなたは、空気との関係を受け入れていますか?」ということになるのでしょう。


あなたと空気との関係を考えてみましょう


2016年11月9日水曜日

ベストはどれ? 事前の学習法を考える

学校の試験や研修の講師など、一発勝負に望む際には事前の準備が重要だよね。

でも、その準備の仕方には色々ある。

一発勝負に合わせて直前に詰め込むのが「一夜漬け」だね。

学生時代は最初よくやったけど、一向に成績が上がらなかった。

それから考え方を変えて、授業中に話を聞いてしっかりノートをとるようにしたら成績が良くなった。

実は、先日とあるインタビューをしていたらその人が全く同じことを言っていてとても共鳴した。

要はどのタイミングに集中するのかの違いなんだろうけど、短期記憶になればなるほど人の能力は狭小だからロングスパンで持続的に集中したほうが良いのかもしれないね。

さて、人にはそれぞれの学習法があって、上手く自分の学習法を見つけられると良いみたいだ。

ポイントはリアルに「見つける」ことで、「教わる」「授かる」ものじゃないってことだと思います。(「教わったもの」「授かったこと」でもそれを自分なりに「見つければ」良いのだけどね)

ということで明日はセミナーの進行があるのだけど、今日はもう寝ます。

それが私のベストな事前の学習法なのでね。


翼よ、あれがパリの灯だ
(と翼を見ると言ってみたくなる)






2016年11月8日火曜日

達人は資質を極めて世界を開くのだ

「無知の知」っていう言葉があるけど、達人=万能の人じゃないよね。

むしろ自分の弱みを知っている、もしくは謙虚に認められる人であるように思える。

でも、不思議なのは弱みのある人が達人として世の中から認められるということだ。

欠点を補う長所があるとも言えるけど、多くの場合は、長所を活かすために欠点を補ってるよね。

例えば、物事を極めるためには他者の力を借りなくてはならないから、狭い範囲かもしれないけどしっかりと他者と関係を築いている。

陶芸や絵画のようにモノに集中する領域も無いでは無いけど、社会、特に組織のなかで何かを達するためには、自己中であったり、他人合わせだけでは達人足り得ないのだ。

今日の社会で何かを極めようとすれば、世界を開かないわけにはいかないから謙虚に受け止めることになるのだね。


極める=世界を開く


2016年11月7日月曜日

チームは資質でなく戦略で成長すべき?

多くの場合、人は組織の中で自らの資質を使っているのだけど、仕事で足りないのが個人の戦略だね。

例えば、仕事でミスを無くすと言った問題があった場合に、チームワークが不可欠だけど、それができないのは、チームワークは資質ではないからだ。

チームワークはメンバーの強みだけで織り込んだ布ではないから、お互いの弱みで糸が切れないように支え合う関係が大切だよね。

要するに、お互いに弱みもカバーしあわなくちゃならない。

縦糸の強さに緯糸の弱さが救われる場合もあるけれど逆もあるから場面ごとの機転が求められるんだね。

切れそうになったら弱めたり支えたりする支援関係だ。

これは現場における他者支援の形態である、業務支援でも、内省支援でも、精神支援でも言えることだよね。

言いたいのは強者が弱者に施すのが支援じゃない、ってことだ。


良いチームはこの引き合いが上手なのだと思う。

それは、メンバーが強みを一方的に活かすことでなく、戦略的に強めたり弱めたりするのを学ぶことだ。

時に弱みをしっかりと鍛える戦略無くしてチームは成長出来ないのだよね。


チームだよ




2016年11月6日日曜日

産業と環境の関係性

ペティ=クラークの法則で、産業は、第一次産業、第二次産業、第三次産業へシフトする。

そして、現在、人工知能やIoTが主役の第四次産業が話題だ。

ところで産業と環境の関係を考えてみると、第一次産業は環境の力で作物を得て、第二次産業は環境を活かしてモノを作り、第三次産業は環境を変えて価値を生み出す、と言えるのじゃないかな。

で、ね。第四次産業は新たな環境の出現だよね。

その新たな環境がそれまでの環境とどう折り合いをつけるのかが問題で、ターミネーターとか多くのSF映画では更にその一歩先、つまり、新しい環境の暴走を描いている。

人工知能開発ではシンギュラリティ(特異点)として、そこから先は未知の世界だ。

さて、四段階で整理すると、人は環境との関係を「受容」「活用」「変革」「創出」と変えて来ていることがわかる。

この4ステップが成長である、とも言えるのかもしれないね。


天竺へ


2016年11月5日土曜日

人事にも人工知能 という前にやること忘れていない?

人工知能はポケモンGOみたいにファッションになっている。

兎にも角にも人工知能、ってやつだね。

でも、汎用型人工知能は、もう少し先の話で、今は人が色々と教えてあげなくちゃならないってことを知らない人が多すぎる。

つまり、自動運転みたいに人工知能が間違いない答えをくれるという呑気の妄想だね。

人事の世界でもそう。

自動運転は、地図情報や交通ルールなど多くの情報が整備されているのに対して、例えば人事の世界に地図やルールってあったっけ?

要するに、人事の領域には人工知能が活躍する基盤なんて無いんだ。

じゃあ、どうすれば良いのかと言えば、優れたデータサイエンティストが必要だ。

その人は、認知科学、組織論など複数の領域で博士号を持ち、人工知能を学習させることが出来るスキルやノウハウも持っているエンジニアだ。

実は、この手の人材が世界的に不足していて、50人くらいしかいないって言われている。

グーグルやマイクロソフトは、人材を排出するためにノウハウの固まりである人工知能エンジンをオープンソース化しているくらい、人手不足なんだね。

人工知能はより確からしい答えが出せるように育てなくちゃいけないのに、人工知能であれば、赤ちゃんでも活躍するなんて、ちょっと考えればあり得ないことがわかるよね。

そもそも、WATSONやらなんやらと言う前に、SPSSやTensorFlowを使って仕事をしたことがないなんて笑止千万。

それらの人は人工知能プロモーションにがっぽり持っていかれちゃうよ。

科学やら人工知能やら新しいものに飛びつくのはいいけど、フィロソフィー(哲学)のない人が操れるほどまだ人工知能は賢くないんだ。


人に見える、っていうバイアスがあるんだよ

2016年11月4日金曜日

化けちゃえ、みんな! がちゃトークの夜は続く 

今日は、がちゃトークナイト。

先月は参加できなかったので2ヶ月ぶりでしたが、43回目は、長岡先生、加藤先生が揃い、しかも、二人ともトークが当たるというファンタスティックな夜でした。

実は、自分が入れた2つのテーマが両方とも当たっていて、個人的にもワンダフルでしたね。

テーマは「化ける」。

どんな対話だったのかは、グラフィック・レコーディングをご覧くださいな。

では。


グラレコ!


ルークも気になる


大物二人だけじゃありません
西出さんとはグラレコの競演でしたよ

2016年11月3日木曜日

人は環境から学ぶ存在である

中国の発展は目覚ましいものがあるが、そのなかでも上海のような都会は際立っている。

高層ビルがどんどん増えていくのもそうだけど、街(といっても一部だけど)がとても綺麗になっていた。

たまたま、上海マラソンがあったのだけど、スタート地点にはトイレが大量に運びこまれ、スタートが終わるとすぐに清掃を行っていた。

その後も、歩行者用信号が変わるまで渡らせないよう指導する職員が居たり、丁寧に掃き掃除をするなど、マナーが良くゴミのない綺麗な街づくりのかなり力を入れていることが伝わったのだ。

そのような環境づくりから人は多くのことを学ぶよね。

以前、ニュヨークで重大犯罪を減らすために、駐車違反などの軽微な犯罪をしっかり取り締まって効果をあげたという実証もあるように、人は環境から学びながら行動を生み出している。

つまり、行動の多くは環境から引き出されたものなのだ。

その身近さからあまり感じられないけど、環境という社会的資本をどう築くのか、誰もが考えなくちゃいけないことだよね。

例えば喫煙。

喫煙は、思いやりの問題でなく、受動喫煙など他者の健康を害する行為であるという社会的認識が広まったことにより路上での喫煙は減り、吸い殻も見かけなくなった。

この路上での喫煙の減少は、喫煙行動も加速度的に減らしているのだろうね。

喫煙の代わりに獲得する新たな行動習慣も環境から引き出される。

それはポケモンGOなのかもしれないね。


清掃隊

2016年11月2日水曜日

私達は終わりに向けて積み重ねるのか、消えるのを待っているのか

台風は積み重ねていく存在というより無くなり消えゆくモノだね。

一方で、私たちは生き物は年輪を積むみ世代を繋ぐモノ、つまり無くなり消え行くもモノでもある。

で、ね。「両方とも、人は変り成長するものである」ことに気づかせてくれるよね。


世界観



2016年11月1日火曜日

祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり 何を人に伝えたいのか考える

池上彰さんは「わかりやすく〈伝える〉技術」という本の中で起承転結と異なる、ニュースの世界の伝え方を書いていた。

簡単にまとめると、結論が先に来くる「リード」によって地図を聞き手に渡す手法、ってことだね。

相手に地図が渡っていれば聞き手は惑うことがない。つまり、「伝わる」のだ。

で、ね。これらはTVが普及したあとの新しい手法か、って言えばそうでもないよね。

例えば、平家物語の冒頭。

詩的な表現ではあるけど、そのあとに続く物語を通じて読者に届けたいコトが凝縮されている。

意味だけ考えれば論文のabstract(要旨)と似てるね。

(ところで、外資系の会社に勤める人ってabstractを「アブスト」とかって変に省略するけど何でだろう?)

勿論、ニュースのリードは事実から贅肉を削ぎ落とした事実の羅列なので、抽象的な言い回しの平家物語とは別物だ。

「事実」と「真理」の違いだね。


事実?真理?