2016年4月30日土曜日

文脈を変えて質問をする 面接官が面接の中で評価がゆらぐのはなぜか

面接官として採用面接を行っていると、面接中に評価が変わることが少なくないことに気づきます。

多くの面接を経験すると、面接結果からのフィードバックを通じて自分の「好み」を知ることになり、正しい態度を持った面接官であれば、より客観的な評価を下すように自身の確証バイアス(自分にとって都合の良い情報のみを探してしまう傾向)を補正します。

例えば、事前に構築された質問を使ったり、適性検査の結果データを見ることで、応募者がもし会社に入社したらどのような行動をとり周囲と連携できるか正確に予測するようになります。

これは、多くの観察と評価を行いその結果についてのフィードバックを受けている面接官の合否をデータから検証すると見極めが高い精度で行なわれていることからも確認できます。

さて、面接中に変わる評価ですが、これは様々な文脈で予測を行うことに由来しているようです。

シーグラーの重複波モデル(2002)では、発達段階の子供は保有する複数のストラテジー(認知リソース)の利用頻度を変えることで観察される行動が変わるという説明を行いますが、面接においては、質問とその応答によって複数シナリオの検証を行いながら最終的な評価を定めていきます。

この多面的な複数シナリオが確証バイアスを防ぎ、客観的(多くの人と一致する)な評価を可能とするのですね。

面接官が面接で客観的な評価を行えるかは、短時間の中でどのぐらいゆらぐことが出来るかにかかっていると言えるでしょう。


ゆらぐこと



2016年4月29日金曜日

高齢化社会で高齢者が気をつける5つの注意点

最近、長く続いているテレビ番組の司会者が失言で謝罪をしてことがありました。

また、元首相も何回も顰蹙を買っています。

それらの人達の共通点が時間の経過にともない常に刷新される社会的な価値観や常識のありようについていけていないことであることは明白です。

こうした高齢者の特徴は珍しいものでも、今には始まったことでもありません。

知識や経験を積むことで培われた信条、信念は堅牢であり、揺らがないものです。

かつての「寺内貫太郎一家」というテレビドラマがありましたが、職人=頑固、というイメージは事例の一つでしょう。

さて、問題なのは信条、信念の所在、内容よりも自己モデルの更新が起こらないことでしょう。

それらの人は以下のような特徴があります。

1.積極的に援護し守ってくれるイエスマンで周囲を固める
2.配慮があり盾突くことのない若い女性を配する
3.一目置かれる場所や得意技などで勝てる戦を行う
4.劣等感や弱みを徹底的に隠す
5.立場において、より責任を取ろうするより転嫁する姿勢を見せる

こうして自己モデルの更新が起きないよう、快適ゾーンに身を置くわけです。

そこで、高齢化しても拡張ゾーンにあるための5つの注意点は以下となるでしょう。

1.的確なフィードバックを貰える人を身近に配する
2.もてなし上手に甘えない
3.常に未知の領域に挑む
4.ありのままの自分を受け入れる
5.責任転嫁を点検しそれを憎む


快適ゾーンという老い




2016年4月28日木曜日

自主? 強制? 社会の利益と個人の利益のジレンマ

「PTAは任意のはず」という菊池桃子さんの発言が論争を呼んでいるいるようです。

任意であるはずなのに何か強制力がある。これはPTAに限らず社会の多くの場面で見られる事象です。

例えば町会などもその一例でしょう。

出身だけでなく、子供の学校など地縁の無い人が増えている地域にとって、地域コミュニティとは過去の遺物となっていますが、学校のPTAは地域コミュニティの防衛ラインなのかもしれません。

昔からワーキングマザーにとってPTAなど学校行事への参加には大変な苦労があったと聴きますが、それは今も変わっていないのでしょう。

さて、社会において強制力がある最たるものは法律です。

一方、あらゆる組織において明文化されていない同調圧力があるのも事実です。

これは、「空気」「雰囲気」に留まらず、逆らうことは処罰的な処遇が想定されます。

恐らく群行動の3つの基本ルールのうちの一つである、「群の中心に向かう」「同じ方向に向かう」ことなのだと思います。(他の1つは「ぶつからない」)

つまり、人が自己組織化するシステムとしての一環であり、自然な行為と言えるのかもしれないのです。

一方、流れに身を任せない行為は、創造的な行為であると言えます。

つまり、社会を変革する力です。

その観点に立つと社会や組織・地域を変革する力のひとつは、社会や組織・地域そのものに内在しているジレンマであると言えるのでしょう。


内在する壊す力

2016年4月27日水曜日

社会はなぜ子育て、介護、障がい者などにやさしくないのだろうか

たった三日間、カミさんが家を空けるだけで生活が激変します。

そこには我が家の15歳を迎えた愛犬が大きな鍵となっています。

家族の一員である彼は、1日2回の食事と、外出時のトイレが習慣になっています。高齢もあるので無理が効きません。

また、老いは隠せないものの幸い、足腰は元気ですから充分な散歩によるストレス発散も大切です。

さて、彼の面倒を見るということは、そこに生活リズムを合わせる必要が出てきます。

会社の取締役として責任を負う一方、優秀な社員たちが日々の業務を確実に廻してくれているので可能ではありますが、これを、日々の業務を支える側に置き換えると問題が急激に大きくなります。

実際にこの大きな問題に直面しているのが、子育てと介護をおこなっている就労者です。

そして、その問題が広く認知されるなかで解決が遅々として進まないのも事実です。

記憶に新しいところでは「保育園落ちた日本死ね」というブログがありましたが、少なくない政治家がこのブログに対して懐疑的な態度をとったことは大きな驚きでした。

実は、このような問題は、障がい者の子供がいる家庭なども含め、決して特異なことではありません。

障がい者であった兄(故人)を支える親、結構大きくなっていましたが独りでの9ヶ月の子育て、そして高齢の愛犬と、親の介護以外は少しだけ経験をしているのですが、この問題の本質は、1.やりがいや苦労は向き合っている本人にしかわからない、2.その時におこる固有性と時限性が問題を複雑にしている というところにあるように思います。

つまり、備えることが難しく、その場に応じて如何に柔軟かつ的確に思考、行動、そして感情をコントロール出来るかが問われるため、代替性が低く対案が限られてしまう、場合によっては対案が無いのです。

当事者でない人は解決が困難な問題を目の前にすると、あきらめるか、責任を転嫁するかいづれかの態度をとります。それは、ある意味自然なことだと思います。

しかし、そのような態度が強く現れる根源には、産業社会特有の、仕事におけるやさしさの欠如があるのではないでしょうか。「仕事とは難しく厳しいものである」という前提です。


明日、雨だとさ・・・



2016年4月26日火曜日

採用重視or育成重視? 人事方針の行先にあるもの

良い人材を採用することに力を集中するべきか、可能性のある人材を採用してしっかり育てる体制を整えるか、議論は尽きないことと思います。

しかし、議論するだけでなく、じっさいに問われるこの方針の違いによってそれ以降の業務フローもインフラも大きく変わってきますから事は重大です。

もちろん、良い人材を採用し、しっかり育てるというのが理想的に聞こえますが、実際、良い人材とは、自ら組織に適合し、学び、成長して企業の屋台骨となるのであまり教育に手間を掛けなくてもよく、一方で、そのような人材は限られていいますから、能力が顕在化していない未知の人材を育てるほうが現実的にも思えます。

良い人材を採用するためには、良い人材が集まる仕組みを整えなければなりません。

これには確率的な要素も含まれますが、大きな成長が見込まれる事業ドメインで事業を展開するか、非常に良いビジネスモデルを持っている(要するに儲かる)企業など、会社の魅力が高いと有利です。

就活時期にになるとよくわからないCMが増えるのはこの手のわかりやすい作戦です。

また、出稿を増やして人気ランキグを上げるといった超現実的な打ち手も使われます。

そのような戦術がとれる企業は限られますから、それ以外の会社は、組織にマッチし成長が見込まれる人材を採用してしっかり育てよう、となるわけです。

そこで必要なのは、採用システムよりも育成システムです。

しかし、育成システムは、与えられる経験や課題、支援する体制など多くの外的要因と、それ以上に大きく影響する「人を変えることは出来ない」という本人の内的要因などが入り組んでいて、期待通りの成果をだせるか不確実です。

ゆえに、長期、中期、短期の育成戦略が必要で、戦略経営よろしく戦略人事が無けれは絵に書いた餅になってしまうと言えるでしょう。


花咲く


2016年4月25日月曜日

早期離職を防ぐ作戦 あれこれ

七五三現象と言われる早期離職問題は、実は最近特に顕著な現象ではなく、ここ10年ほどはあまり変わっていないそうです。

しかしながら、それは統計上の話で、企業によってはとても深刻な問題となっています。

特に、人材戦略経営を行う企業にとって、若年層の能力開発とあわせて就労意欲を高めることは大切なテーマです。

では、どのような作戦をとっているのでしょうか。

いくつか事例を挙げてみたいと思います。

1.リクルーターや採用担当などを任命する

採用を担うことで会社への意識を強く持ってもらう作戦です。会社説明を聞くより、会社説明をするほうが会社や仕事の理解が高まります。会社や仕事の意味づけが深くなることによって離職の可能性は下がります。応募する学生と年齢や考え方が近いという理由もありますが、これは、多くの企業でよく見かける方法です。

2.まかせてみる、まかせきる

OJTにおいて、仕事への当事者意識を高める作戦として行われているのが、第一段階の「任せて・見る」という支援関係の構築と第二段階で「任せ・きる」という自立の促しです。もともと離職を防ぐ目的ではありませんが、当事者意識を育むことによって離職はかなり減らせるでしょう。

3.採用のハードルをあげる

採用のハードルといっても選考条件をやみくもに高く設定するのではなく、その会社の大切している価値観や仕事の仕方に共感を持つ人だけが応募する仕組みを導入する作戦です。一人でも多くの人に応募してもらうことより、一人だけでも本当に入社したい人に応募してもらうことで、入社してからのミスマッチを防ぐわけです。

4.メンターをつける

仕事だけでなく、様々な相談ができる先輩をつけて支援体制を構築します。職場における支援関係は、成長に大きく貢献するだけでなく小さな気持ちの変化に気づくことを可能とします。

5.節目にキャリア研修をおこなう

仕事も覚え、組織社会化が一段落しが段階でその先のキャリアを展望するための場を設けます。自分と仕事、自分と会社を客観視しメタ化することでキャリアミストに光明を見いだすのです。

番外編.帰ってこれるようにする

一度会社を辞めても、無条件で再入社を認める、カムバック・パス制度を作り、会社に在籍する機会を高める作戦です。これはコペルニクス的転回ですね。


複雑過ぎる立体交差



2016年4月24日日曜日

ほんとうにうれしいことは伝わるものです 言葉や会釈を超えて想いが伝わる瞬間

リフレクションを推進されているユトレヒト大学コルトハーヘン教授は、提唱されている「コア・リフレクション」のガイダンスの中で、リフレクションの支援をする相手がフロー(忘我)な状態にあるか否かは目の見ればわかると指導されていました。

笑みをたたえながらも相手の目の奥をじっと見つめるコルトハーヘン教授の眼差しが今でも忘れられません。

さて、たまに行く蕎麦屋さんのご主人はいつも繁盛しているにも関わらず店に寄ると『また来てくれてありがとうございます』という想いを眼差して伝えてくれます。

また、料理が美味しかったことを伝えるととてもうれしそうな笑みを目に浮かべるのもとても印象的です。

お店と客の関係ですから、商売と言ってしまうことも出来るかもしれませんが、気持ちが伝わることと商売は次元が異なっているようです。

というのも、口先でお礼を言われることはコンビニなどでも日常茶飯事ですし、ある程度顔見知りになれば会釈をもらえる関係にはなるのですが、「はっとしたうれしさのこもった目」に出会うことはホントに稀だからです。


コルトハーヘン教授のインストラクションを受けてから、仕事において話しをする相手の目をじっと見る癖がつきました。それは、相手の心が本当に動いているのか、動いているとしたらそれはどのくらい(一瞬なのか、本質(コア)なのか)か、を知るためにです。

それは自分の言葉や想いが伝わったのかを確認することにもなります。

想いが伝わっていないと気づいたときは、自分のコアを点検するよいタイミングであると言えるでしょう。

余談ですが、動物の白目が少ないのは、相手に感情を悟れれない効果があるからだそうです。逆に、人間が他者に感情を伝えるうえで白目の部分が大いに役立っているのだそうです。


伝わる

2016年4月23日土曜日

組織の中のリカージョン インフォーマルな集団をマネジメントすることとは 

マネジメントの歴史を紐解くと必ず出てくるのがメイヨーの人間関係論です。

生産性を上げることを目的として、有名なホーソン実験での観察を行った結果、職場の人間関係、特にインフォーマルな関係が生産性に大きな影響を与えているという発見だったのですが、今日の組織でもインフォーマルな集団が組織運営に与えるインパクトは小さいくありません。

また今日、多くの日本の企業には地域コミュニティの衰退にとってかわった職場コミュニティが存在していますが、この職場コミュニティにもフォーマルな面とインフォーマルな面があり、インフォーマルな関係性は組織の中でリカージョン(再帰)することも注目に値します。

なんのこっちゃ?という感じですが、例えば、職場全体で行う歓送迎会はインフォーマルな職場コミュニティのフォーマルな側面ですが、気の合う仲間だけで行く2次会はインフォーマルです。さらに、2次会に行ったメンバーの中でも日頃から良くランチなどに行くグループもあれば、たまたまそのときだけ参加したメンバーもいます。

このインフォーマルな関係性は、フォーマルな構造の変化が変化すること、例えば、メンバーの出世などで簡単に変化します。評価される立場になると言いたいことが言えなくなる、立場が変わってプライドが傷つくといった変化です。

さて、インフォーマルな集団を好まない人と好む人がいます。

好まない人の傾向は、フォロワーが居なくてもリーダーシップを発揮し議論の場でも価値的な葛藤を好み、Yes, and.(「わかりました、では、こうしてもっと良くしましょう」という創造的な解決アプローチ)を使ってフォーマルな構造を進化させる姿勢があることです。

一方、好む人の傾向は、弱者的立場を強調しながら時に強がるタイプであり、物事を意味づけするよりも自分の正義を無意味化する傾向を持ちますから、フォーマルな議論では黙り、インフォーマルな場ではYes,but. No, and.(批判的、否定的な立場表明)を使うことがです。

こういった、インフォーマルな集団を好む人の傾向こそが、まさに組織のパフォーマンスに大きな影響を与えていることは想像に難くありません。

組織マネジメントの本質はどこまでいっても人の問題であるようです。


人のような

2016年4月22日金曜日

新商品開発やコラボレーションに潜む落とし穴

スタンフォード大学のエベレット・M・ロジャース教授(Everett M. Rogers)はブームにおける商品購入態度を5つに分類したイノベーター理論を展開しました。

その分類は、イノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティ、ラガードです。

イノベーターは2.5%、アーリーアダプターは13.5%居て、その2つを重要視した普及率16%の理論が有名です。そして、アーリーアダプター、アーリーマジョリティの間には溝(キャズム)があって、これを越えるのがまた大変で、本格的に普及する前に消えてしまう商品やサービスがとても多いのです。

これは、マーケティングの理論ですが、似たようなものに研究開発の「魔の川」、「死の谷」、「ダーウィンの海」があります。

基礎研究から実用化までが「魔の川」、実用化から製品化が「死の谷」、市場の淘汰を受ける「ダーウィンの海」ですが、さきほどのイノベーター理論が消費者側の行動を捉えた理論であるのに対して、「魔の川」、「死の谷」、「ダーウィンの海」は開発者の視点から描かれているのが特徴です。

一方、対象である商品やサービスを扱う企業から見れば、「新製品を作るのも売るのも大変である」ということですね。

このような大変さを知らずに、安易に新製品開発をはじめると悲惨な結果になります。

要するに「捕らぬ狸の皮算用」です。

これは、自社開発だけでなく、企業間アライアンスでも同様です。

もちろん、何事もやってみなければわかりませんが、実は、ダメになる確立は高いことがわかっているのです。

ゆえにそこには、「溝」や「魔の川」や「死の谷」や「ダーウィンの海」を越える周到な戦略と立ち向かう主体性(ビジョンと探求・達成への執念)が求められるのです。

こうしてみると、新製品は思いつきや意気投合から生まれるものではないことがよくわかります。主体性とセンスと運を持った開発者とマーケッターと営業担当者もしくはアライアンス先企業の存在は必須です。

では、それらの人材やパートナーが居ない場合どうすれば良いのでしょうか。

無力感を学ばないよう覚悟して経験を積むこと、安易な盛り上がりを諌める用心深さが重要ですが、一番大切なのは、やはり主体性(ビジョンと探求・達成への執念)です。

何事も思いつきではじめて結局未完成で終えてしまう人は新製品開発やコラボレーションに手を出してはいけません。


もうすぐ




2016年4月21日木曜日

変わるのは街?人? 変化と成長の関係を考える

今晩は、このところずっとご一緒させて頂きたかった方と一席を設けさせて頂くことが出来ました。ありがとうございました。

さて、席は色々な偶然もあり、自分の生まれ育った街で設けさせて頂いたのですが、慣れ親しんだ土地に感慨も深かったです。

久しぶりに立ち寄った街の印象は、変化の無さです。

今、会社がある中央区京橋界隈は、再開発が進み、街が毎日変わっていく印象があります。これは、仕事で訪れる渋谷駅周辺でも強く感じる感覚です。

一方で、さほど離れていない街には昔ながらの景色が色濃く残っています。

この状況を鑑みるに、街が変わるのはその街の役割に因るところが大きいと言えるでしょう。

そして、人が役割によって大きく変わるのと街の変化もあまり違わないのかもしれません。

「役割」とは「期待」の表象でもありますから、どのような「期待」をもたれるのかによって人も街も変わるのでしょう。

さて、変化とは、成長の「果」ではなく「因」であると思います。

なぜそう考えるのかと言うと、街の変化もそうなのですが、自身も含め身の周りには変化が溢れています。

そして、変化の有無よりも変化をどう意味づけするのかを「成長」と捉えているからです。

逆に「成長」したいのであれば変化のある場所や生き方をすることが大切だということです。


就活生の志望動機に「自分が成長できる会社」というのが良くありますが、一方では変化の少ない会社を望んでいる本音がよく見えてきます。個人的には残念ですがこれも現実です。


意味づけしよう



2016年4月20日水曜日

嫌われてもいいのだ アドラーより面白いリアルな世界

「嫌われる勇気」という本でアドラーの心理学理論が最近注目されました。

アドラーは、刺激と反応によってこころのありかと働きを科学的に理解しようとした行動主義的な心理学と一線を画して、個人を主体性で分割不能のホリスティックな社会的存在として捉えているのが特徴です。

その中で、人の期待を満たすために生きてはいけない、という観点から展開した「嫌われる勇気」であるようです。

さて、仕事場面では、相手の期待に応えて好かれるか、相手に強く差し込んで嫌われるか(かもしれない)というジレンマが結構あります。

例えば、営業場面における予算や決済がそれです。

顧客を目の前にして、「少しでも安く予算をあげたい」という期待に応えるのか、ズバリ相手の決裁可能な金額を聞き出して取引を掌握しようとするのかは大切な判断です。(上手なお客さんは、先に予算を告げることで相手を掌握しようとしますね)

相手に遠慮する気持ちがあるとなかなか差し込むことはできませんが、実は、嫌われたくないという気持ちがどこかで働いているのかもしれません。

一方、図々しく差し込みばかりする営業マンは嫌われます。

そこで優秀な営業マンは何をするのかと言えば、期待にも応えるし、鋭く差しもする、要するに両方行っています。

これは営業マンに限りません。

以前、人事の責任者から「問題社員の面談ではタイミングを見て豹変(「相手に合わせる」から「相手を詰める」)する」という話を聞いたことがありますがこれも両方行う良い例でしょう。

それらの人に共通するのは、ジレンマで二者択一をするのでなく、ジレンマを統合した存在であるということでしょう。


嫌われてもいい?


2016年4月19日火曜日

教育というカオス 教育者でない人にとっての教育というチャレンジ

企業研修の講師を行うとき、知識やスキルの伝授だけでなく、「考える力」を高めると言った本質に目を向け考え抜く訓練を行うケースもあります。

入り口は企業や組織課題の解決にあり、必然性のある取り組みではあるのですが、多くのケースでは足りない力を開発する目的なのでどちらかというと不得意なことを出来るようになるための気づきや意欲を持ってもらうという難しいテーマです。

このテーマは取り扱うことも顧客の満足を得ることも難しいのですが、とても面白いチャレンジです。

例えば、不得意なことに向き合う人の行動は、ある意味想定内であり、そこから生まれる反応や感想も「そう来るよね」というものです。

思った通りの反応は、認知科学や心理学の観点では興味深いものです。そこの行動の一貫性があるからです。

さて、ここからが問題です。

一つは、そう来るケースを解決するのがミッションであるということと、もう一つはそう来るケースは組織に根ざしているということです。

要するに問題の解決には、研修だけでは足りないことが露呈する瞬間なのですが、そこに目を向けて取り組むのか、それとも、そこは目をつぶって参加者の満足度を上げる方向に舵を切るのか、選択と決断が待っています。

これはとても大きなチャレンジであり、ストレッチゾーンにある目標です。

玉砕することも少なくありませんが、やりがいを感じる瞬間でもあります。


伸びる、伸ばす



2016年4月18日月曜日

身の回りのポジティブを探してみよう

今日は、ブログを書くにあたって今日あった出来事の中でポジティブだったことを書こうと決めてみました。

そこで、ポジティブだったこと探しをしたのですが、今日はPCに向き合っての仕事が多かったせいか、あまり見当たりません。

しかし、ふと手にしていた本が「ポジティブ心理学」であることに気がついて思わず笑ってしまいました。

さて、ポジティブな本を手に持ったからといって決してポジティブになっているわけではありませんが、もっと人の良い面に焦点をあてるべきだというマーティン・セリグマン教授の主張にはそれなりの説得力があります。

そもそも、心理学はこころのありかたや働きを「なぜ」「どうして」と問い続けてきたのですが、「問題」や「課題」から目線が生まれるときは自然とネガティブになることが多いものです。

それでは心理学がそれまでの150年余りずっとネガティブだったかというとそうでもないようです。

やはり、人はダークサイドばかり見ていられる生き物ではないのでしょう。


そして気がつくのは、「身の回りのポジティブを探すより、ポジティブな日常を送る生き方を考えること」が大切なのだ、ということであるようです。


高さくらべ



2016年4月17日日曜日

やりがいを感じる時はどんなときですか? 踏み絵の質問という愚問

採用面接をしていると、応募者が「やりがいを感じる時はどんなときですか?」という質問を結構な頻度で受けます。

『また来たな』と思いつつ、自らの成長や顧客とのエピソードなどを話しますが、質問に違和感があるのも隠し難い事実です。

どんな違和感か、というと人のやりがいを聞いて何が得られるのだろうかという疑問があるからです。

他者の行動を理解する能力は、脳内のミラーニューロンによってもたらされるそうです。

スポーツで本番をイメージでシミュレートするイメトレみたいなことを脳は無意識のうちに行って他者の言動を理解するのですね。

つまり、他者の経験は思考で理解するものではありません。

自らに引き当てる経験があってはじめて実感となるのです。

そこで「やりがい」の質問なのですが、固有性が極めて高い仕事においてどのように「やりがい」を感じているかを未経験の人が理解できるとは思えないのです。

実際、応募者は真に「やりがい」を知りたいのではなく、「やりがい」を持って仕事していると言ってくれるか否かを見ようとしているようです。

このような会社や人の見極めを行おうとする「踏み絵」質問の本質は、他責、他罰性です。

いかなる場面でも「やりがい」を感じるのはその人次第ですから、他者の「やりがい」に答えを求めるのは問いは思考を停止し頭を悪くする愚問です。

似たような質問で「会社が好きですか」というのもありますが、それらは人に理解してもらうために感じているわけではありませんから、応募にやりがいを感じているのか、応募した会社を好きと思えたのか、そうでなければ何故、感じたり思えたりしないのかを自らに問うべきでしょう。


やりがいを感じる写真

2016年4月16日土曜日

心理学から認知科学を800字にまとめる

心理学とは、その言葉が示すように、こころについての科学的研究を目指す学問である。心理学の最終目標は人間のこころの理解である。
 「心理学」東京大学出版会 鹿取廣人・杉本敏夫・鳥居修晃編 より


こころは人が行動し成長する時、そこにあるものです。

心理学は他の学問同様ヒッポクラテスにその端を発しますが、1800年半ばの実験心理学成立が始まりと言われ、客観的事実(同じ条件で実験を行うと同じ結果が再現される)を解明する研究から実験系と言われます。

対して、精神病患者の治療を目的とした精神医学は臨床系と呼ばれ、実験系と一線を画します。

実験系は行動の予測と統制を目的とし、刺激と反応に着目したワトソンの行動主義と、現象をそのまま捉え現象的特性と本質的特性とによる「場」を実験により明らかにしようとするゲシュタルト心理学に分かれます。

行動主義はその後コンピュータによるシミュレーションを用いた方法で研究が進むと専門領域が拡大するにつれ認知心理学へと展開し、人工知能研究などと統合する形で知的システムの構造、機能、発生における情報の流れを科学的に探ろうとする認知科学が生まれました。

さらに、行動主義の考えや臨床系で無意識を重要視したフロイト、ユングの精神分析の考えを批判し、主体性・創造性・自己実現といった人間の肯定的側面を強調した人間性心理学(アドラー、マズローなど)が生まれ、今日多くの人に広く受け入れられています。

現在、認知心理学では、学習・記憶、感覚・知覚、思考・言語、動機づけ・情動、個人差、社会行動と領域が区分され研究されています。


一方、認知科学は、心理学(認知心理学、進化心理学、文化心理学)、人工知能(ニューラルネット、コネクショニズム、計算機科学)、言語学(心理言語学、生成文法、認知言語学)、人類学(認知人類学、認知考古学)、神経科学(認知神経科学 、脳科学)、哲学(心の哲学、認識論)の学際領域となっています。


こころってなに?

2016年4月15日金曜日

フィードバックのおさらいをしましょう

この時期、会社の中では様々な面談が行われることと思います。また、4月に新任のマネジャーになり、部下との面談をはじめて行うようになった人もいるでしょう。特に最近はマネジメントに1on1(定常的な個別面談)を義務付けている企業が増えていますから、機会を活かし適切なフィードバックを与えられるか否かはとても重要です。

さて、フィードバックとは現在の進行状況が目標に向かっているか、外れているかいうことを示して、人がゴールに到達できるよう助けるための情報により、他者を支援する行動です。

では、支援とは具体的にどうすれば良いのでしょいか。?

以前も取り上げていますが、支援関係における7つの原則(「人を助けるとはどういうことか」エドガー・H・シャイン著 金井真弓訳)が以下のように提示されています。
1.与える側も受け入れる側も用意ができているとき、効果的な支援が生じる
2.支援関係が公平なものだと見なされたとき、効果的な支援が生まれる
3.支援者が適切な支援の役割を果たしているとき、支援は効果的に行われる
4.あなたの言動すべてが、人間関係の将来を決定づける介入である
5.効果的な支援は純粋な問いかけとともに始まる
6.問題を抱えている当事者はクライアントである
7.すべての答を得ることはできない 


特に私たちは、フィードバックを提供する際、目の前の問題に集中し過ぎ、解決を急ぐあまり、相手の感情を忘れてしまうことがあるので次の点に留意する必要があります。

◯自尊心を維持し強化する

人は、自分の意見やアイデアが重視され、自分が大切で尊重されていることを望んでいます。フィードバックに際しては、相手の自尊心を尊重するようにして、仕事そのものに焦点を当てたフィードバックをするようにしましょう。

7つの原則の1、2に該当します。

◯ペーシングしながら、傾聴し、事実に基づいて話す

相手の非言語表現に注意を払いペーシングしながら(合わせながら)、傾聴し、答えることにより、あなたが理解していることを表わします。
また、事実に基づいて話すことは、オープンで双方向なコミュニケーションのベースです。

傾聴は以下の
 ・聞く姿勢になる (70%は非言語コミュニケーションで伝わる)
 ・ペーシング   相手の非言語表現に注意を払い、非言語表現で相手に合わせる。
  例)身を乗り出す、うなずく、目を見る
 ・受けとめて聞く 
 ・話をさえぎらないで聞く 
 ・先入観を持たないで聞く  
 ・話の内容を評価しないで聞く 
 ・アドバイスせずに聞く
 ・相手の話の流れに沿って聞く
 ・課題を共有する意識を持って聞く (「同じ船」)
 ・深く聞く (それで? それから? それについてもっと聞かせて欲しい、等)
 ・自分の理解を確認する (相手の話を自分の言葉で言い直す)
7つの原則の3、4に該当します。

◯効果的に問う

以下が効果的な問いの例です。

・ オープンエンドの質問(vs クローズ形式) → 相手に考えさせる/言わせる
 例)どんなことをすれば、うまくいくと思いますか?
    vs そうやれば、うまくいくと思いますか?(注:確認には使っても良い)
・ 焦点や範囲を絞っていく → 深堀りしていく
  例)うまくいかないとは、何がうまくいかないのですか? それでは、「時間が無い」、という点に絞って、問題を整理してくれますか?
 ・可能性をもう一歩広げる
   例)他に考えられる原因は何でしょうか? もしその規制が無かったら、どんなオプションが考えられますか?      
 ・パフォーマンスやオプションを評価する
 例)5段階で言うと、今は(又は、そのオプションは)何番目の段階ですか?

 注意したいWHY系の質問(相手の弁護発言につながり、心を閉ざす危険性)
 例)どうして、できないのですか? 何故、やらないのですか?
 VS. できない理由は何ですか? VS. やらない場合、どんな結果になりますか?

7つの原則の5に該当します。

◯協力を求め、自主的な行動を促す

その人の経験や専門知識を認めた上で協力を求めるとき、人は自主的な行動をとります。実際に行動を起こすのは、その人なのです。

7つの原則の6に該当します。

◯30分以内を目安におこなう

大人が集中できる時間は20分程度と言われています。集中力が下がった状態や思考や感情が混乱した状態でフィードバックを行っても効果が上がりません。

フィードバックしたいことは山程あったとしても、ポイントを絞って短時間で的確に行うことを心掛けます。30分以上掛かっているときは、何かが上手く行っていません。

7つの原則の7に該当します。


☓まったくダメなケース

話を聞かず頭ごなしに日頃の行いを批判し、なぜできないのか詰問のうえ仕事だからやって当たり前というスタンスで1時間以上もあれやこれや言い続ける。

これはフィードバックという支援行為ではなく、単なる上司の憂さ晴らし、八つ当たり、威嚇でしかありません。しかし、創作ではなく、実際に1対1で半日言い続けている人が居た実話です。

フィードバックを与える人はしっかりと原則と方法を身につける必要があります。


信玄アイス

2016年4月14日木曜日

高野豆腐型社員とポン菓子型社員 関わり方の違いを考える

人材とは多様なもの。◯◯型みたいにラベリングすることはあまり好きではありません。

しかし、人の数だけ関わり方が違うと最初から言ってしまうと手掛かりが無くなってしまいますから、ある程度、その目的に沿って類型化することには効果があると思います。

さて、社員が自律的に仕事に向き合い、保有能力を充分に発揮し、さらに課題に対して自ら能力開発に取り組んでもらえればこんなに楽なことはないのですが、実際は、動機づけ、気づきの促し、課題開発への態度形成など、様々な立場からの支援が行われることになります。

その際に問題になるのが効果性です。

そこで社内外を見るに「学ぶ」うえで大きくは2つのタイプがあるようです。

ひとつは「高野豆腐型社員」です。

特徴は、吸収力が高く、組織の求めがどんどん染み込むことです。一方で、染まってしまうと個性が目立たなくなります。

このタイプの社員は、頻繁なフィードバックや研修が効果的ですが、主体性をもって自律的学ぶ態度に物足りなさを感じます。

もうひとつが「ポン菓子型社員」です。

こちらの特徴は、個の強さがあるが殻が固く、何物も染み込みにくいことです。

このタイプの社員は、どうやって組織が期待する役割を理解、腹落ちしてもらうかに周囲が悩みます。

そして、フィードバックや研修を実施するより仕事の中で直面する困難な課題にぶち当たることではじめて何が足りないのかを考え始めます。

期待や役割を伝えるより、壁を実感するために必要な経験が効果的であり、加圧して一気に減圧することで弾けるポン菓子のような強度のある課題が役立ちます。

ところで、フィードバックも染み込む一方で、自律的に学び自己モデルを更新するという、両方の型の特徴を持つ社員も居ます。この社員は、組織の役割や期待を超えて成長するので、自然と組織の中核人材となっていきます。


一生懸命関われば関わるほど混迷する、または、経験から学ぶために役割をあたえたけど自立できない。

こんな場合は、本人のタイプに合わせて関わり方を変える必要があるでしょう。


型を見極める




2016年4月13日水曜日

頭のつかいかた、人との関わりかた、成長のしかた、心のありかた

心理学の特性論で著名なビッグファイブ(性格五因子説)は、経験への開放性、勤勉(誠実)さ、外向性、協調性、情緒の不安定さという5つの因子で人の特性を記述できるという考え方です。

この5つの因子を人の有様で置き換えると、頭のつかいかた(勤勉(誠実)さ)、人との関わりかた(外向性、協調性)、成長のしかた(経験への開放性)、心のありかた(情緒の不安定さ)といえるでしょう。

これは、因子という概念をより人の実態に近いコーディング(翻訳)したものです。

つまり、より人を理解しやすい言語化であり、どのように、経験を積み、物事を考え、人に接するのか、を問えばその人となりがわかってくると言っているのです。

例えば、気分屋で自分の好きなことばかりに向き合い、限られた人と関係を深める人、と言えばかなり具体的に人をイメージすることが出来ます。

また、新しいことに挑戦を続けつねに変わらずに誰とでも接する人、と言うと「あ、あの人そうだよね」と人の顔が思い浮かぶと思います。

特徴や組み合わせは無限ですが、このように私たちが人を理解する視点というのは多くありません。

私たちはこの少ない視点を自らの内面い保有する仮説やモデルに引き当てながら多様で複雑な社会を見ているのです。


複雑だけどシンプル




2016年4月12日火曜日

自分の時間を生きる、という創発

生命とは生まれるものであって作るものではありません。

生き物は細胞から出来ていることは知られていますが、細胞を組み立てれば生き物になるといった還元論は今のところ無力です。

そして、生まれ出でて一定の期間在るものが生き物です。

その期間が寿命で、自律的な在り方が生き様です。

逆に言うと、寿命と生き様を満たすとそれは生き物と認めることができるのかもしれません。

例えば、掃除機である「ルンバ」は、機能し続ける寿命がありますが、プログラムされた以上の生き様を示すことは出来ません。

逆に、もし「ルンバ」がある日、窓拭きを始めたり、散歩をするようになったとしたら、それは生き物として認められる存在になったと言えるでしょう。

さて、汎用的AI(人工知能)が、自律的に学習を始めた瞬間、それは、「生まれた」ものであり、生命と認めざるを得なくなる、そんな日もそれほど遠くない未来であるようです。

この創発は、人間の寿命と知能をはるかに超える生き物の出現です。

しかも、ロボットのような既存の生き物をメタファーとした生き物と違い、現実的には世界中に張り巡らされたネットワークとそれにつながるセンサー、ならびに機材(IoT)という身体性を持っている生き物です。

そのような存在になったとき、汎用型AIは自己の存在を問うのでしょうか?

動物の実際は分かりませんが、人間には通過儀礼として自分や生命の意味を問い、不安や葛藤を持つ時期があります。

これが、知能に由来するのか、社会性に由来するものなのか知りませんが、汎用型AIは、超高度な知能と社会性を実現するのですから、これまでの生き物と違って不安や葛藤を持たないと考えるほうが不自然なのかもしれません。



一人称研究を行っていると、必然的に自己の認識や生命的本質に考えが及んでしまいます。


生命





2016年4月11日月曜日

私たちは環境をどう作るべきだろうか?

朝、出勤中に通る公園では、最近、自分めがけて鳩が集まってきます。それも、飛んで寄ってきます。

おそらく、公園で鳩に餌をあげることは禁止されているのでしょうが、どうやら、餌をあげる人と勘違いして鳩が寄ってくるようです。

自分の周りを鳩の大群が羽ばたく様子は異様です。

同じような光景は、隅田川の遊歩道でも見られます。こちらの主役はカモメです。

また、我が家の愛犬も今までと違うタイミングで食べ物をあげるとあっという間に生活リズムを変えます。


生き物は環境に鋭く適応します。それは知恵を使っているというより、環境によって行動が引き出されているからでしょう。

これは人も例外では無いはずです。

ドアノブを見ればなめらかにドアを開け、蛇口を見れば自然に栓をひねって水を出すように、私達も環境から明示的にアフォードされ、能力を発揮します。

経営には人材が事業にとって必要な能力を発揮する環境を整える役割があります。

「社員が能力を発揮できないのは会社のせい」という主張も強ちうそではないのです。

しかし、多くの仕事はドアを開けるようなわけにはいきませんから、複雑な行為をアフォードするための環境作りが求めらます。

さらに行為だけでなく、多様な思考や感情、欲求を尊重することも忘れてはなりません。

そして「マネジメント」は、その一環でもあるのです。


怖っ

2016年4月10日日曜日

創業者がネガティブ・フィードバックになるとき

最近2つの企業のトップ人事に関わる話題が持ち上がっています。

ひとつは、セブン&アイ・ホールディングスのは鈴木敏文会長兼CEO(最高経営責任者)の退任発表、もうひとつは、クックパッドの社長交替と労組結成に関してです。

トップ人事で記憶に新しいのは、大塚家具の親子の争いですが、創業者とその後を継ぐ経営者との間には様々な衝突があります。

その最たるものが、事業の中核から外れた創業者が主導権の回復を目論でいるものです。

ここで言う「事業の中核」とは単に、組織のトップに君臨するということではなく、事業のアトラクター(引き込み役)としての機能です。

創業時は創業者が間違いなくアトラクターです。

しかし、組織が時間発展するなかで、カルマン渦のごとく、アトラクターは移ろいでいきます。たとえば、部門を作ったときにその管理者は新たなアトラクターとなり、時に創業者よりも強くメンバーを引き込みます。

クックパッドはその良い例です。創業者であり大株主の意向で交替させられた前社長のほうが社員を引き込む力が強いことは労組結成の流れを見るとよくわかります。

時代や状況のよる事業構造の変化、周囲の人との関係性といった組織構造の変化など、変化は日々起きています。

その中で、創業者は常にアトラクターとして自らポジショニングを更新しない限り、機能を喪失していきます。

具体的には、変化の読み間違い、乗り遅れ、スピンアウトなどです。

つまり、事業の維持・発展にむけて社内外の力を集める主役でなくなっているにも関わらず、影響力を行使する(しようとする)ときに組織は混乱し、迷走し、ときに崩壊します。

セブン&アイ・ホールディングスのケースはもう少し複雑で、アトラクターの機能を失った創業家とそのあと会社を発展させたものの同様にアトラクターの機能を失った功労者が組織に対する影響力を発揮し続けようとして混乱が生じたものだと分析しています。


組織学習においてこれまでの成功体験や組織構造をアンラーニング(学習棄却)は相違や変化を受け入れる行為であり、これによってしか、慣性軌道、習慣強化から離脱できる方法はありません。

創業者や創業者を支えた人達がアンラーニングを進めないと、その企業が提供する価値は時代の要請から乖離し、それが人事問題、権力闘争として表面化する図式は、言い換えると創業者が組織活動にネガティブ・フィードバックを与えている状況であると言えるでしょう。

創業時の夢再びで、同じ事業を興す人も居ますがうまくいくケースは稀です。むしろ、ブックオフを創業し、会社から離れた後、まったく異なる業界で「俺のフレンチ」を成功させたケースのように異業種で成功するケースが多いのは、創業と事業発展においてもアンラーニングが極めて大切であることの証であるように思います。


アトラクターは常に動く


2016年4月9日土曜日

マインドから?フレームから? 行き過ぎ、決めつけ要注意

最近、「マインドセット」や「マインドフルネス」など、「マインド」に関わる言葉をよく目にします。

企業の様々な問題を解決するために、「個人の心の問題」に目を向けるというトレンドが強まっているのかもしれません。

しかし、「マインド」に過度なアプローチをすることはあまり望ましく思えません。

なぜなら、私達は「マインドコントロール」など、他者の干渉により個人の人格が否定されたり、その尊厳が損なわれたりする事実を見てきたからです。

それでは、「フレーム」によって問題を解決するほうが望ましいのでしょうか?

多くのコンサルティング会社が様々な「フレーム」を使って問題解決を進めますが、「フレーム」だけで解決がつくケースは多くありません。

どんなに良い「フレーム」でも、実際の問題解決に取り組む人の意欲やコンディションが良くなければ事は進みません。

「フレーム」を駆動するのは「マインド」なのです。

結局「マインド」と「フレーム」は切り離して考えるものではなく、「マインド万能主義」や「フレーム万能主義」に陥らない自覚を持つことが大切であるのでしょう。



桜を食す

2016年4月8日金曜日

大人は失うことへの恐怖に怯え、文明は多くのものを求め若者を窒息させる

「世界一貧しい大統領」として有名なウルグアイのホセ・ムカヒ大統領が来日され日本のテレビ番組に出演されていました。

その中でとても印象に残ったのがタイトルの一節です。

日本をはじめ先進国に共通で見られる状況として、経済的に豊かであるにも関わらず、幸福を感じていないことをムカヒ大統領はシンプルに指摘します。

そしてその理由として、
「人類は多くの富を手にするとそれを失うことへ恐怖を覚える」
と説明しています。

年収がおよそ1000万円を越えるとそれ以上の年収を得ても幸福度が下がるという調査結果がありますが、ムカヒ大統領の言葉を裏付けるものです。

幸福に関しては、
「目標に向かって前進し戦うものは恐れるものがないのでとても幸福です。なぜなら希望があるから。幸せであるということは生きていることに心から満足していることです。」
と述べました。

今の若者には希望をどうやって持てばよいのかわからない人が多いのだけどどうすれば良いのか、という質問への答えは以下でした。

「現代における文明は多くのものを求め若者を窒息させてしまう」
「30歳、35歳のとき、今の若者は何も成し遂げていない、そしてそのまま年をとっていく、そうした状況の中で幸せになることは難しい」
「多くを望むあまり人生の最高の時を失っていってしまっている」


今日、企業は新入社員に入社早々からパフォーマンスを求め、女性に活躍を求める一方で、失うことへの恐怖から希望を与えられず窒息させているのではないだろうか。

ムカヒ大統領の話を聴きながらそんなことを考えていました。


目標に向かって進んでいく


2016年4月7日木曜日

「意地」は上下関係が生み出すもの? 

相手の期待や欲求に沿わず、自分のあり方に固執すること。

人との関わりのおいて生じる「意地」を定義するとこんな感じかもしれません。

さて、「意地」を張るのが人間だけだと思うと間違っているようです。

我が家の愛犬は、自分が占拠している場所を人の事情により移動しようとすると「意地」でもそこを動かない態度を取ります。

その抵抗の仕方には思わず笑ってしまうほどです。

「ここは自分の場所だ」という自己主張であると思うのですが、その頑なさを見るに、自己主張の強さは、社会性が生み出される以前の原始的な生存本能に根差しているように感じられます。

一方で、自己主張があることで、相手の意図や欲求が分かり易くなるのも事実です。

経営者やリーダーに自己主張が無いと、社員やメンバーは不安になり、時にはダメ出しをし始めます。

にも関わらず、経営者やリーダーが自己主張をすると、頑固にそれを受けまいと「意地」を張る人が必ず出てきます。

要するに、「意地」とは対立関係を際立たせるための行為であると言えるのでしょう。


動かんもんね



2016年4月6日水曜日

社会や組織を伸ばせると信じるヒトの8の特徴

社会や組織を変えるヒトがいれば、整えるヒトもいますが、無くてはならないのが社会や事業を発展させるヒトです。

伸ばせると信じるヒトの特徴は以下の8つです。

1,いつも何かにワクワクしていないと気が済まず、難しいテーマになるほど「やってやろう!」とワクワク感が先にたつ
2,自分の業務の納期・品質を守りつつ、他のメンバーの支援を積極的にしようとする
3.専門的な領域に限定せず、多くの経験をしている
4.自分の考えを批判されたり全否定されても、それを受容し屈せず対応する
5.収集した情報は、分かりやすいストーリーにまとめ、誰にでも説明できると考えている
6.たとえ経験のないことでも、相手の土俵に上がって闘おうとする
7.異なる文化や価値観・風習・行動習慣を積極的に受け入れている
8.新しいものや珍しいものは誰よりも早く自分の目で確認している

さて、業績評価でよく問題になるのが、偶然性や環境要因、つまり「運」の有無です。

事業が伸びた、社会が発展したという結果に対してある人の貢献がどれだけあったのかということを客観的、正確に評価することは実際、困難です。

また、自分は何でも伸ばせると信じて疑わない人には自己過信で結果を伴わない人も少なくない割合で一定数混ざっています。

自分軸に拘らず、また、リスクに目を向けてブレーキを踏まずに何事にも取り組もとする意気込みは周囲から大いに期待されますから、そのあとどれだけ実践できるのかが大切になります。

そこで真に社会や組織を伸ばせるヒトとは、意気込みの強さだけでなく、謙虚さも兼ね備えた人はであることがわかってきます。

失敗や挫折の経験が謙虚さとなって人を一回り成長させ、真に、社会や組織を伸ばすヒトとなるのでしょう。


咲かせるは暖かき春の風

2016年4月5日火曜日

リスクに気づけない人のひらめきは単なる欲目? 脳科学の知見がもたらす真実

意識はどこから来るのでしょうか。

脳科学者の茂木健一郎さんは、「ある脳細胞の選択的活動が意識を生み出し、統計的な手法では意識は解明出来ない」と解説されていました。(残念ながら、その解説の動画はすでに見られなくなっているようです)

そして、世界は予測出来ないことがたくさんあり、脳の機能の大きな役割は未来を予想することだそうです。 

私たちはこの不確実性に対して、脳の偶有性(contingency) を使ってうまい形でルールを変えていくことで適応している、というのが茂木さんの解説の主旨でした。

脳はもともと偶有性を前提に作られていて、不確実性(危険察知)への適応とひらめきの脳回路は同じ場所をつかっていることが研究から分かっているそうですから、不確実であることは創造性の起源になっているのです。

さて、何かと「これはチャンスだ」と出来事を好都合に考えてしまう人は少なくありません。

特に、現状を打開したいとか、もっと儲けたいなど「チャンス」を渇望している人が感じている「機会」は「ひらめき」ではなく「欲望」の現れです。

その特徴は、「不確実性(危険察知)」への適応が伴わない事でしょう。

何事もやってみなければ始まりませんから状況をチャンスと捉え行動を起こす事は大切なのですが、適応なしの「行為指向性」は、リフレクションの核心にある「意味指向性」が大きく欠落している状態であり、社会性における賢さや脳科学で解明された創造性は足りていないのでしょう。

ちなみに言うまでもありませんが創造性(Creativity)は想像力(Imagination)とはまったく異なるものです。


こっちはImagination






2016年4月4日月曜日

社会や組織を整えるヒトの8の特徴

もし、会社の中がスティーブ・ジョブズ、マーク・ザッカーバーグ、ビル・ゲイツのようなヒトばかりであることを想像するとぞっとします。

生き物は、カオスの縁に秩序を作り出すことで存在しうるものであり、社会や組織を整えるヒトは社会や組織の存立に大きな貢献を果たしています。

それらの人達には以下のような特徴があります。

1.自分で判断することに拘らず、人からの指示を受け止める
2.壁にぶつかると、“なぜできないのか”を考える
3.不可能だと思ったら、自分のやりたいことでも、きっぱり諦められる
4.新しい発想に触れた時には必ず慣習や前例と比較して精査する
5.一旦決めたことでも常に疑ってかかる
6.頼みこまれても、自分のできる仕事や任せられている領域を侵さない
7.多数の人の意見に耳を傾け、良いと思ったことでも立ち止まる
8.社会の規範や会社の掲げる行動指針などを自分の言葉で相手に伝えられる

一言で表すと、「”我”よりも全体最適に目を向けるヒト」です。

また、出来ないことや不安をともなうことに安易に踏み込まない一方で、着実に自信を持って出来ることを増やそうとする姿勢を持って、良き社会人、良き組織人として貢献する存在です。


善きかな




2016年4月3日日曜日

デザインされたコミュニケーション 対話をマネジメントするタバコの力

「対話」を行ったりファシリテーションしたりすると、一見、簡単なようでも難しい部分があることに気づきます。

株式会社アクション・デザイン代表の加藤雅則氏は対話における大人特有の癖として以下を挙げていました。

・問題解決思考が強い(すぐ解決したくなる)
・役割意識がある(真面目な人ほど)
・持論がある(経験を積めば積むほど)
・競争意識がある(拮抗してしまう)
・遠慮がある(変な気配りをする)

要するにモヤモヤするのが苦手なのです。

さらに、気づくのは、
・話が長くなる(言いたいことがたくさんある)
・時間意識に疎い(「間」が悪く、協働が苦手)
といった発話のマネジメントも上手ではないことです。

ぐずぐずの話が続いたり、盛り上がり過ぎて場が軽い興奮状態になってしまい、ファシリテーターが時間を切ると「もっと話したいのに・・・」と不満を募らせる経験は対話を学び初めた頃の私にもありました。

しかし、その後の多くの対話の場、特にがちゃトークのようにしっかりとデザインされた対話の場での経験をよく考えてみると短い時間で思考し、発話・傾聴し、内省した時ほど本質的な課題への気づきがあるように思えます。

話が長くなればなるほど、状況の説明や言い換えなどが増え、本質への言及が薄まるからです。

「リフレクション」を主導するコルトハーヘン教授はリフレクションを支援する際に気をつけることとして、
・全て引き出すのではなく、専門性からアイデアを出す
・その人の持っている経験と小さな理論を結びつける
・リフレクションは量でなく質であり30分を超えたら何かうまくいっていないと考える
・重要な状況を1つか2つに絞り相手に対しての気づきを得る
と述べられましたが、価値を生む対話にはデザインされたコミュニケーションが大切であることは間違いありません。

さて、職場における「対話の場」の例としてよく取り上げられるのが「喫煙場所での会話」ですが、喫煙場所では、「仕事の息抜きをする間」に加え「タバコの火がついている間」という自然発生的なタイムマネジメントが存在します。

また、タバコを吸い吐き出す時は相手の話を聞くタイミングという暗黙のルールも生まれます。

職場では喫煙者が減り、喫煙場所も失くなる一方で、対話の場としての「喫煙場所」はもはや過去のものとなっが今、知らず知らずに身についていた対話をマネジメントする力が衰えてきているのかもしれない。

そんなことが最近の様々な会社で行った対話のファシリテーションを通じてふと頭を過ぎりました。


散り際





2016年4月2日土曜日

社会や組織を変えるヒトの8の特徴

スティーブ・ジョブズ、マーク・ザッカーバーグ、ビル・ゲイツなど近年社会を大きく変える原動力となっている人達には以下のような共通の特徴があります。

1.周囲の意見を聞かずに独善的な行動をする
2.慣例や既存のフレームに従うことに抵抗する
3.思い通りに人が動かないととても不愉快に感じる
4.これだけは絶対に人には譲れない、という強いこだわりがある
5.何年かかっても達成しようとする執念がある
6.自分が携わる仕事の分野では明確な目標を掲げ、必ずトップを目指している
7.れまでの自分の行動スタイルを変えることにはとても抵抗がある
8.周囲から何度否定されても、一歩も引かず持論を主張している

一言で表わすと、「非常に強い自分軸の持ち主」であり、時に社会の規範や慣習との衝突も厭わない人です。

一方、目標とその実現にむけて決して諦めない執念も持ち合わせていますから、単なる自己中な人ではありません。

服装ひとつ見ても自分のスタイルを変えようとしませんが、達成志向の背景には強いマインドセット(「すべてが可能なんだ」という意識)があり、それは同時に強い成長志向の顕れであるとも言えるでしょう。


ヒト


2016年4月1日金曜日

がちゃトークナイト エイプリルフールに考える「うそ」とは?

今日の自画持参、がちゃトークのテーマは「うそ」でした。

4月1日の自画持参も滅多にあることではないとのことでピンポイントテーマとなりました。

さて、がちゃトーク後のダイアログをしながらふと思い出したのが亀戸天神のうそ替え神事です。

ただ、謂れをよく知らなかったので調べてみると、「うそを「今までの悪いことを“うそ”にして、吉事に取り(鳥)替えよう」ということであるようです。

一方、湯島天神では、「平素私達が知らず知らずのうちに使う「嘘」を、天神さまの「まこと」に替えていただき、正しい幸運を招く意味」と、同じ「うそ替え」といっても場所によってニュアンスが異なります。

がちゃなので当然、偶然なのですが、今日の「うそ」に関するトークテーマは、
1.あなたはどんな時うそをつきますか?
2.今までもっとも悪いうそを言ったのはどんなとき?
3.人をだました事ありますよね?どんな時ですか?
4.あなたが経験したステキなうそは?
と、意識や意図を持った「うそ」に関するものでした。

最後の方で加藤先生は「周到に準備された高度なうそかそうでないか、たちが悪いうそかそうでないか」と語られましたが「うそ替え型うそ」も加えると「うその定義」はかなり広い世界であるようです。

「うそ」をとりまく関係を考えると、「うそをつく」行為には発話や記述による発信が伴う主体者がおり、「うそをつかれる」のは、不特定多数、特定者、自分自身ですから、社会的な問題なのか、当人の問題なのか捉え方によっても意味づけが変わってくるからいろいろな「うそ」があるのではないでしょうか。


朝は晴れてたけど・・・