2016年3月31日木曜日

絶妙なフィードバックのテイストとタイミングってわかる?

メンバーの態度に問題が生じた時、ちゃんとフィードバックをしているか。

今日、MTGでその話題が出ました。

フィードバックを行うタイミングは、リアルタイムが良いとされていますが、現実的には困難が伴います。

E.シャインは、支援における7つの原則を掲げていますが、その一番目は、「与える側も受け入れる側も用意ができているとき」というタイミングについて言及したものです。

いくら本人のためと思っても、受け入れる用意が出来ていないとき、支援は有効に働きません。

例えば、支援を受ける側が感情的になっているときや、優位的な立場を欲しているとき(上から目線)などが「用意が出来ていないとき」です。

一方で、何か失敗をして謙虚になっているときは、受け入れる用意が出来ています。

つまり感情的になりやすい人がこれからの物事に取り組む際に間違ったイニシアティブを発揮している場合、フィードバックを通じてそれを修正することはかなり困難なのです。

また、南風のようなやさしいフィードバックもあれば、北風のような骨身にしみるフィードバックなど、テイストもあります。

テイストによっては、受け入れる用意を困難にしてしまいます。

もちろん、フィードバックを行う人との相性や信頼なども大きく関わってきますから、テイストやタイミングは十人十色でなく、十人百色であるようです。

大切なことは、組み合わせによって、支援はテイストもタイミングも変わるものである、ということでしょう。


ステキなタイミング


2016年3月30日水曜日

オポチュニティを最大限に活用する 活躍のしかたにみる信条の役割

働く上でどのようなディシプリン(信条)を持っているのか。

ある上場企業で、事業に関連する海外子会社を3社立ち上げた人の話を聞きました。(その上場企業ではその3社が実績の全てだそうです)

その方は、そもそもスタッフ志望で、経営には興味が無かったそうですが、シリコンバレーで会社を立ち上げ経営に携わるなど経営者としての実績が豊富です。

では、なぜ、経営者として活躍出来たのかというと、その方がお持ちになっているディシプリンが「オポチュニティを最大限に活用する」であることと大いに関わっているようです。

クレディセゾン社の林野社長は、仕事に夢中になるには好きなことを仕事にするか、目の前のことに夢中になるかどちらかだ、と仰っているそうですが、目の前のことがまさに「オポチュニティ」であると言えるでしょう。

このようなディシプリンがどこから生まれるのかとても興味がありますが、活躍や成長にディシプリンが大きく関わっていることは間違いないでしょう。


信条が活躍を生む

2016年3月29日火曜日

師とは従うもの?憧れるもの?越えるもの?それとも・・・

先日、落語家立川晴の輔師匠に、弟子は師匠の芸に憧れ芸を真似るが、あるとき師匠の芸を超えられないことを悟り、ずらして自分の芸を築くというという話を聞かせてもらったとがとても印象に残っています。

落語において「師とは弟子が自らの世界を築く礎となるもの」です。

まったくの私見ですが、宗教的な世界観において師とは、その教えに従う存在であるように思います。要するの師の世界観を侵さず、「三尺下がって師の影を踏まず」的な関係です。

言葉を選ばなければ、「師とは従うもの」です。

さて、昨日、ギタリスト渡辺香津美さんのライブを見に行ったのですが、共演していたベースの井上陽介さんが、学生時代に渡辺香津美さんに憧れ、曲をコピーしたけど出来なかったこと、そして時が経ち、一緒にステージで共演できることが驚きであり幸せであると話していました。

音楽の世界では、「師とは協働し創発を生むもの」です。

この3つの師弟関係の開放性という観点から見ると、一番開放的なのが「音楽における師弟関係」で次が「落語における師弟関係」一番閉鎖的なのが「宗教的な師弟関係」と言えるかもしれません。


井上陽介さん、渡辺香津美さんと一緒に




2016年3月28日月曜日

別れの春 ハイパフォーマーの異動や退職は組織のピンチ?チャンス?

今年の春はいつにも増して、異動や転職が目につきます。

というのも、「え?あの人が?」と思うような組織でハイパフォーマンスを上げている人に異動や転職が続いたからです。

もちろん、組織にも当人にもいろいろな事情やキャリアプランがあるのでとても健全な状況だと思います。

さて、ハイパフォーマーが抜けた後の組織はどうなるのでしょうか。

一番良くないのは、仕事が組織力ではなく、個力によって支えられており、組織パフォーマンスが落ちてしまう状況でしょう。

逆に、良い状況は、新たなやり方や次の担い手が出てきて組織が活性化することです。

組織は経験を通じて学び続ける過程で、学習棄却を行いますが組織の中の人で考えれば、継ぐ人には、仕事の継承だけでなく、どのようにパフォーマンスを発揮するのかが問われる瞬間でもあるわけです。

特に注目したいのは、コミュニティを活性化するのが、内部で活躍する人でなく、外との繋がりを持っている人であるというビッグデータ分析の知見です。

「前の人と変わらず仕事は出来るのだけど、どうも組織が盛り上がらなくなった・・・」こんな状況が見られたら、チェックしたいことです。


薬?刺激?

2016年3月27日日曜日

ランキングにまつわる企業の戦略と社会の変革

世の中には様々なランキングを提供する企業があります。

「世界の高評価企業」1位にロレックス VW社が123位に転落

この記事にも”企業向けにレピュテーション(評価)向上のための戦略を提供している”と書かれていますが、ランキングを実施している会社が「評価」と「評価を上げるためのサービス提供」をセットにしているケースは少なくありません。

顕著なものだとその会社のサービスを利用すると「評価」、ひいていはランキングが上がるといったものまであります。

もちろん、サービスの利用やランキングの上昇が企業の戦略にとってメリットがあると判断されてのことですから、良し悪しの話ではありませんが、ランキングは見る人の判断基準に関わってきます。

一番わかりやすいのは、よいランキングは企業の好感度を高める効果があることでしょう。BtoCビジネスを行う会社にとって、好感度は業績に大きな影響を与えますから戦略的にも外せません。

一方、BtoBビジネスを行う会社で好感度が大きく影響するのが採用戦略です。企業のよい認知は、学生やその家族にとって就職動機を高めるものです。

サルはヒエラルキーを持つ動物ですが、社会性は序列によって作り上げられています。

そこには「強さ」というシンプルな基準があるのですが、人間は、新たな基準を作り出し、序列を操作することで社会を変えている、と言えるでしょう。


好感度


2016年3月26日土曜日

長時間労働で考えるべきこととは 楽しい時間の使いかた

Time flies when you’re having fun.
楽しい時間はあっという間に過ぎます。

一方、嫌なことをする時間は、たとえちょっとの間であってもとても苦痛に感じられるものです。

一昨日、以下のようなニュースが流れました。
”安倍総理大臣は一億総活躍社会の実現に向け、長時間労働を是正する具体策を検討するよう関係閣僚に指示しました。政府は、労働基準監督署が事業所に対して指導などを行う時間外労働の基準を80時間に引き下げるとともに、総労働時間を抑制する新たな対策を検討することにしています。” NHK NEWS WEB より転載

長時間労働を当然のこととする「ブラック企業」は別として、長時間労働を是正することは企業にとって重要性、緊急性がともに高いにも関わらず改善が進んでいない問題です。

新卒採用の面接を行うと、多くの学生は、「仕事だから当然」と建前では言いつつも、本音ではとても気になっていることが伝わってくる問題です。

多くの職場では人が減って仕事量は変わらない、もしくは仕事量が増えている、企業間競争競争が激化している、グローバル化により仕事の切れ目が無くなった、業務が非定型化し一人がマルチタスクを行っているなど労働時間がなかなか減らない要因があります。

「こうすれば速く終わるよ」というハウツーの伝授では解決できない問題がそこに横たわってます。

さて、先日話を聞いた面白法人カヤックでは、夢中になって好きな仕事をしている人が集まっており、社員、法律とどう向き合うのかが課題であるようでした。

「嫌な仕事を無くす」ことも大切ですが、企業の社会的責任と競争力の獲得を両立させるうえにおいて、「楽しい仕事はあっという間に終わる」状況を作り出すことがそれ以上に重要になっているのかもしれません。


睨みます







2016年3月25日金曜日

役職者は何のパフォーマンスが高いのか 7つの行動原則

組織をマネジメントする人たちにはどのような行動が求められているのでしょうか。

活躍する役職者たちから以下の7つの行動原則が見えてきます。

1.経営視点を持ち、的確なタイミングに正しく判断する
2.経験を通して学び続ける
3.発生した問題を迅速な対応によって解決する
4.困難な事象に接したら自発的に行動を起こす
5.明確な指示と良いコミュニケーションによって組織を運営する
6.常に安定した精神状態で他者を攻撃しない
7.自分の言動に責任を持ち他者からの信頼を得る

経営視点には、理念、事業目的、事業環境、ビジョン、組織、財務、顧客、人材、プロセスなど、一式が含まれます。

また、組織の運営においては、達成可能で具体的な目標の設定、KGI(重要目標達成指標),KPI(重要業績評価指標)、CSF(重要成功要因)、戦略策定、計画立案など、論理性、合理性も求められます。

たったそれだけです。


今週もおつかれさま



2016年3月24日木曜日

学びの生まれる場所 違和感を拒むか楽しむか

心地よさ、わかりやすさを選ぶ。

快適ゾーンの考えでいけば、それは捕らわれている話なのですが、これを自覚してもらうことは困難です。

例えば、思った通りにならないから場を外そうとする。

冷静に語ると、それが快適ゾーンの話しであり、逃避なのですが、それに気づき、学べるかは本人の問題であったりします。

要するに、気づかなければ始まらない世界です。


気づいた?

2016年3月23日水曜日

当然の100%、ありたい姿は150%? 七割で良しとしてほめるココロとは

仕事をするうえで「目標」を持つことはとても大事です。

しかし、「目標」は人によって意味が異なります。

例えば、「目標」とは必達するものと捉える人もいれば、時間を掛けて達成に向け努力するものと考える人もいます。

また、人事評価でも使われる目標管理制度、Management by objectives(略称MBO)は「目標による管理」と訳されますが、導入企業によっては「目標の管理」として管理職による全体観を失ったマイクロマネジメントに陥る問題も指摘されなど、「目標」をどう扱うかは実は繊細な問題なのです。

必達目標は100%の達成が当たり前と考えられる「目標」ですが、より高いレベルとしてありたい姿を「目標」とした場合、それは必達よりも高いレベルの目標設定となります。


さて、星野リゾートの星野佳路社長は大学時代、アイスホッケーに打ち込みリーダーとしてチームを引っ張ったがチームは強くならなかったそうです。

その時、監督に
お前が考える七割で良しとして、ほめてやれ
と言われ、その後実践し、徐々に強くなったチームはついにリーグ優勝も果たしたそうです。

100%の必達目標において七割で良しとした場合、目標の70%までしか届きません。
七割で良としたときに100%を越えるためには、計算上は目標が150%くらいでなくてはならない(正確には143%)ことになります。

つまり、リーダーのありたい姿がやって当然の5割増し以上であることが前提となるのです。

もちろん、その場合も「目標の管理」ではなく、組織マネジメント上の「目標」であることは言うまでもありません。


「目標」の使い方



2016年3月22日火曜日

学び舎の窓に煌めく桜かな 別れと出会い、桜はどちらのメタファー?

日本において桜の季節は別れと出会いの季節でもあります。

多くの場合、この時期の別れは「卒業」を意味し、一方、出会いは「入学」「入社」です。

特に大きな意味を持つ別れは、新社会人となるために学生を「卒業」することでしょう。

学生から社会人へのトランジション(転換期)は研究も盛んに行われていますが、桜の花は、これまでいくつのトランジションを見てきたのでしょうか。

これからの新社会人にとっては不安な時期かもしれませんが、はるか昔にトランジションを終えた身としては、煌めく出会いが楽しみな桜の季節です。









桜には学校が似合う 

2016年3月21日月曜日

「顧客は何を求めているのか」という問いは最初?最後?

直接的であれ間接的であれ顧客のいない仕事はありません。

従って仕事に向き合う時、顧客が何を考えるのか、どうしたいのかをイメージすることは大切です。

そこで、「私の顧客は何を求めているのか」という問いが起きます。

さて、多くの職場では、この問いが上司から部下に投げかけられます。または、部下から上司に悩みとして打ち明けられるかもしれません。

そして、それは多くの場合、顧客と上手く行っていない時やもっと関係性を強めたい時です。

また、「顧客が何を求めているのか」が、「顧客の言いなりになること」を差しているのではありません。問いが、「顧客にとっての価値をどう提供するのか」という意味を持つからです。

提供できる価値と顧客にとっての価値。

このギャップを乗り越えるためには、ギャップを課題ととらえる思考とそれを乗り越える姿勢が必要です。

さらに課題を乗り越えるためには、ビジョンと効力感とマインドセットが必要です。

このように考えると、「顧客は何を求めているのか」の前に、問うべきことが沢山あることがわかります。


最初ではなく最後










2016年3月20日日曜日

ライブ! ライブ! ライブ?

先日、参加した経営学習研究所のラーニングイベントで、立川春の輔師匠が生の高座とテレビはまったく違うと述べていました。

実際に、高座に上がった春の輔師匠は、とても丁寧に空気づくりをされていました。

その後、故立川談志師匠の高座の模様をテレビで見たのですが、演目よりも長い時間を掛けて空気作りをしていました。

ところが、テレビではそれが伝わりません。

「なんだか演目が始まるまでが長いなぁ〜・・・」

演目は素晴らしかったですが、正直、そんな印象を持ってしまいます。

空気が伝わらないのです。

今日は家族で食事に行ったのですが、フラメンコの観ながらのとても楽しい時間を過ごせました。

こちらもライブです。

眼の前で情熱を込めて踊るフラメンコダンサーが踏み鳴らす振動が直に伝わるとそこには視覚、聴覚だけでない触覚、さらには空気の匂いである嗅覚までもが伝わってきました。


私たちは、日々多くのことを知覚し、学んでいます。

それは、五感であり時には直感も含め六感で知覚し学んでいるのです。

経験からの学びが注目されていますが、その本質は、身体性という「人」の事実であり、AI(人工知能)と人間の根本的な違いであるのかもしれません。


伝わるパッション





2016年3月19日土曜日

「それでも考える。出来ることを」 8000kmの大海をシーカヤックで渡ることの学びとは?

クレイジージャーニーというテレビ番組でシーカヤックで8000kmも海を渡り歩いた八幡暁さんの話を見る機会がありました。番組を録画し、シェアしてくれた奥さんに感謝です。

さて、なぜシーカヤックなのか?という問いに対し、八幡さんの答えは「これしかないんだからこれで移動していく」という極めてシンプルなものです。

もっと上手く、楽に出来るはずだしなぜそれをしないのか?という問いの背後にある本音を一瞬で木っ端微塵に粉砕する答えです。

しかも、彼が行ったことは「誰でもできる。人間であれば。」となります。つまり、特別な人が特別なことを行った訳ではないという気づきです。

例えば、インドネシア一帯をシーカヤックで渡りながら八幡さんが気づいたことは

「現場で一人暮らしをしている人はいない」
「みな寄り添って生きている」
「ひとりでは行きられない」

「自然への感謝って謙虚な人が言うわけじゃない」
「(自然と向き合って生きていると)みんな謙虚になっちゃう」
「地球にへばりついて生きている人はみんなそうしている」

ことです。

また、クジラに飛び乗ってクジラを捕る人達を見れば、日本人も昔は同じやり方をしていたんだと気づき、それらは「すごくないんだ」ってことが分かるのです。

「環境が求めるからみんなやるようになる」
「特殊な才能じゃなくて誰でも出来る」

この発言を聞いて、まさに目ウロコ、ハッとさせられました。

私達は、日頃の仕事のなかで「特殊な才能」に答えを求め、「自分にしかない強み」を磨こうと努力しています。つまり、誰にもできない希少性に価値を感じ、それを目的や目標に置いているのです。

MCのダウンタウン松本さんが「これだけクレイジーな体験をして得た答えが「すこくないんだ」っていうのがすごい」と発言しましたが、数多くのハイパフォーマーの体験を紐解くに、傍目からはすごいと感じることを当人は普通に受け止めていることと同じだと感じました。

番組の最後の方で「恐怖に打ち勝つメンタル」に話が展開するのですが、

「荒れている海のほうがすごい集中している」

「怖いと考えても解決しないからそういう考え方はやめよう というふうになる」
「恐怖はなにも解決しない どんどん怖くなるだけ」

「どういう状態になったら死ぬというのが具体的になってくる」
「今の自分の能力でどういう状況になったら耐えられないだからそこに踏み込まない段取りをしていこう」
「段取りで踏み込まない段取りをするが絶望したら終わってしまう」

「そこで想定外が起きても考えよう って考えるようにしたんですよ」

例え絶望的な状況になったらどうすのか?と言う問いに対して
「それでも考える 出来ることを」

「怖いし能力も無いから考える」

「死にたくないから 本気で考える」

と核心に触れる展開を経験をもとに自然に聞かせて貰えました。


逃げ出せない環境のもとで人は、謙虚になり、傍目にはすごいことを当たり前のように行い、死にたくないから本気で考える。

それは、だれでもできること。

見事に腑に落ちる話です。

逆に、いつでも逃げ出せると思っているから、謙虚さを失い、普通のことも出来なくなり、しかも、まともに考えないようになる、と言われているように思いました。

とても良い学びと気づきがありました。


誰でもできる

2016年3月18日金曜日

日本むかし話 三人の店長

それは、むかし、むかしのお話です。

とある支店で、3年間で3人の店長が変わりました。

一人目は店長は、部下にこう伝えました。

「俺が来客中であっても、外回りは必ず俺に挨拶してから出掛けろ。帰ってきたときも!」

軍隊方式が好きで「俺が絶対」なその店長は、理不尽であっても部下に服従することを強制したのです。しかし、店舗の業績は思わしくありませんでした。

そんなある日、一人の部下が行方不明になってしまいます。

もちろん、その店長が嫌だったのです。

その店長はクビになり、新しい店長が来ました。

二人目の店長は部下にこう伝えました。

「君は口だけで全然成果を上げないね。信じられないよ」

成果を上げることに強い執念と自負を持っていたその店長は、成果の上がらない部下に対してストレートにその無能ぶりを公言しました。また、成果だけに興味があったため、店舗の業績は急上昇しましたが、裏方の仕事は軽んじられ、店舗は荒廃しました。

そんなある日、無能と公言された部下が政治力を使った反撃に出て、その店長は左遷されてしまいました。

そしてまた新しい店長が来ました。

新しい店長は、とても理解があり、情深い店長でした。

三人目の店長は部下にこう伝えました。

「そうか、わかった。上手いことやってよ」

部下を信じ、仕事を任せた結果、店は見事に立ち直りよい職場となりました。

が、店舗は元の冴えない業績に戻ってしまったとさ・・・。



当たり前ですが、組織のリーダーは組織にとってとても大きな影響力を持っています。その人次第で組織は別物になってしまうのです。

一方で、多くの組織ではリーダーが変わっても存続し続けることができます。リーダーは、実はその程度の存在でもあります。

要するに、リーダーがその影響力を発揮するのは、リーダーの力よりも、リーダーを支える力にである、といえるのかもしれません。


俺、オレ!





2016年3月17日木曜日

人と仕事のセマンティックギャップを埋める人材要件と行動様式

コンピュータを動かす言語に、セマンティックギャップと呼ばれる隔たりがあります。

これは、人が理解することは難しいコンピュータを動作させる機械語と、抽象度が高く、人の命令に近い高水準言語との間にある意味上のギャップ(隔り)を指すものです。

このギャップを、コンパイラというプログラムが翻訳しているのですが、人と組織の間にも同じようなギャップがあります。

例えば、組織における仕事は役割(職位)によって果たすべき責務(職務)が定められています。しかし、今日の多くの仕事は複雑な問題を取り扱っていますから、抽象度の高い定義を人がスムーズに理解できるよう具体化する必要が出てきます。

この、役割と人の間にあるのがセマンティックギャップです。

コンピュータではコンパイラがその間を仲介してくれますが、役割と人の溝を仲介するのは、「人となり」と「仕事における特性」をブリッジする 人材要件であり、ビジネス場面における全般的な行動因子職種や階層、職位で整理した行動様式です。

あるポジションで、その仕事において力を発揮することに適した特性を保有し、役割を果すためにどう行動すれば良いのか、という段階を経て、ある人材が役割における責務を高いレベルで達成する構造が生み出されるのです。

人はこのような段階的翻訳が無くてもなめらかに特性と能力を使って仕事を行うのですが、仕事が不連続で予測困難な複雑性を増す状況で、なめらかに力を発揮して成果をあげるには、ギャップを埋める仕組みが必須となります。

スキルも一見すると、ギャップを埋める仕組みに見えますが、スキルが仕事を構成する要素の分解(時計がいくつもの歯車によって動いているようなイメージ)であるのに対して、人材要件と行動様式は仕事を人に翻訳するものです。


Defense!




2016年3月16日水曜日

あなたは採用面接で自分が何者かを伝えられていますか?

心理学では、性格5因子(five factor model)呼ばれ、広く支持されているパーソナリティ特性論があります。

英語では、Openness,Conscientiousness,Extraversion,Agreeableness,Neuroticismですが、日本語では、経験への開放性、勤勉性、外向性、協調性、情緒不安定性となりますが、要するに、「学び成長のしかた」「頭の使いかた」「人との関わりかた」「心のありかた」における個性であるようです。

このように整理される理由は、外から観察できる人の特徴がこの4つの「しかた」にまとめられるからでしょう。

採用面接に限らず、部下との面談、その人を理解するためのインタビューなども、究極はこの4つを通じて「人となり」や「変化・成長」を見ています。

逆に、「自分」を他者に的確に伝えるためには、「どう学び成長したのか」「どう頭を使うのか」「どう人と関わるのか」「どう物事を感じるのか」が整理されていれば良いことになります。

それは「どういう場面でどうだったのか」を他者に想像させることです。

逆に、「自分の強みはこれ」「こんな成果を出した」「こんなことをしたい」「私の会社選びの軸はこれ」など、「私のこれ話」である自己世界の提示は、聞く側の想像に迷いを生じさせます。

それって何だっけ?となるわけです。

人の思考や行動は置かれた環境と切り離すことはできません。

総合職採用など、ジョブディスクリプション(スキルや専門性が明示された仕事)が明確ではないポテンシャル採用においては、将来、置かれ得る状況下でどのように考え行動するかの見極めが主となりますから、環境や状況から切り離された「私のこれ話」は限られた面接時間の価値的な使い方とは言えないのです。


私は春になると咲く








2016年3月15日火曜日

社会脳仮説は我慢が主役です 「賢さ」の因はどこにある?

”人は、集団の規模を大きくするうちに、知性を発達させないとどうしようもない大きなプレッシャーにさらされ、社会脳を発達させたのではないか、それによって人は賢くなったのではないか、これが一般的に「社会脳仮説と呼ばれている仮説です。” 「拡張する脳」藤井直敬著 P.137より

また本の中では、「ずっと我慢しながらチャンスが来た瞬間を逃さない、それが本当の賢さである」とも論述されています。

つまり、社会脳の本質である賢さは「我慢」から生まれるということであるようです。

さて、「我慢」は生育状況とも大きく関連してくるパーソナリティ特性です。

例えば、中国では一人っ子政策によってそれ以前の世代と大きくパーソナリティ特性が異なることが知られていますが、兄弟が多くなると必然的に「我慢」が強いられ、その力が高まるのでしょう。

さて、「我慢」とはコンフォートゾーン(快適空間)との闘いであるとも言えます。

つまり、自分の不快さや居心地の悪さと向きあう力を言い換えたものが「我慢」です。

このコンフォートゾーンと対峙するエキスパートになることが、自分のコアにあるバリュー(価値)に気づくコア・リフレクションのゴールであると、リフレクションの大家、コルトハーヘン教授は語っていました。

文脈を結ぶと、「チャンスを逃さない賢さは自らの心地よさに向き合う我慢から生まれる」ということであるようです。

さて、先程は中国の一人っ子政策を取り上げましたが、「我慢」は兄弟姉妹の環境だけに生じる状況ではありません。

例えば、家庭の貧しさや幼少期における海外での居住歴なども「我慢」を強いる環境です。

かつて「おしん」というドラマで「我慢強さ」が国内外で大きく注目されましたがどのような「我慢」をしてきたかが「賢さ」の因であるのではないでしょうか。


前述の本には、「人の賢さは目に宿る」という表現があります。

一方、コルトハーヘン教授は、目を見ることでその人のコア・バリューに届いているかフィードバックを得ることができる、と説明されました。

どうやら「賢さ」とは、その人のコア・バリューであるとも言えそうです。


賢さは目に宿る




 

2016年3月14日月曜日

転覆しない船はないという現実

あの超有名企業も「即死」リスク大
〜ニッポン経済はすでに「新型不況」に突入している

今日、FBでシェア頂いた記事が目に止まりました。

記事の詳細には触れませんが、売れていたものが一気に売れなくなる現象は決して珍しくありません。

こういった現象がなぜ起きるのか、様々な分析が行われていることと思いますが、私が思い出すのはカタストロフィー理論です。

カタストロフィーとは、簡単に言ってしまえば、ある瞬間に起きる不連続な変化のことですが、社会学的に捉えれば、それまで上手くいっていたビジネスが何だかおかしくなって急速に回復不能な状態に陥る社会現象もカタストロフィー的であると言えるでしょう。

もっともそれは、「諸行無常の響きあり」として世の常でもあるのですが、今日のように科学が進歩し、企業経営が情報化、戦略化するなかで、予測不要な不連続が名だたる企業で起きていることは奇妙にすら感じられます。

複雑系の理論において、ネットワークを構成するノード間で、データ入出力に関わる疎通数が増えるとネットワーク全体がカオス状態に陥ることが知られていますが、不連続な変化に社会の高度情報化が深く関わっていることは間違いないと思います。

さて、企業を船に例えるとしたら、企業の「即死」とは、波を受けても復元していた船の振幅が突然大きくなり一気に転覆する状態に似ているかもしれません。

ではその船に乗っている企業の従業員はどうすれば良いのでしょうか。

答えはわかりません。そもそも正解などないのかもしれません。

しかし、敗戦を経験した日本のみならず、あわや転覆、沈没の状況から立ち直った企業のその後の骨太さを垣間見るに、「転覆しない船はない」という原理原則が腹落ちし、修羅場で戦う覚悟と熱意を持った社員は企業にとって宝物と言えるのではないか、そんな風に感じるのです。


波をかき分ける舳先


2016年3月13日日曜日

なぜ巷の管理職はピープルマネジメントが低評価なのだろうか

多くの企業で優秀と評価される管理職の人も360度観察などでアセスメントをすると業績面に比べ、人材活用、チームビルディングや人材育成などのピープルマネジメントの評価は高くありません。

リーダーシップに関するPM理論(三隅 1966)では、成果や生産性を高める能力 Performance functionと集団をまとめチームワークを強化、維持する能力 Maintenance function がリーダーシップにあると説明していますが、この整理を使うとPerformanceが高く(大文字のP)、Maintenanceが低い(小文字のm)Pm型が多く、両方共高いPM型は割りと少ない、ということにまります。

また実際、各社の管理職への面談においても、ピープルマネジメントがあまり出来いないと反省する人が多いです。

さて、人材育成に関する仕事で組織に関わると、やはり現場管理職のピープルマネジメントが課題としてよく取り上げらます。

例えば、メンバーにテーマ別の集合研修を行っても、上司が率先して取り組まず、研修を受けた人がその内容を現場の仕事に活かす(転移)ことができていないようなケースもその一つです。

現場管理職のピープルマネジメントが業績に比べて低評価になる理由は、
パーソナリティ特性・・・「人に関わり活かす育てる強み」よりも「私が背負ってやり切る強み」の方が強い
意識・・・仕事なのだから自発的にやって当たり前・私には関係ない
知識・・・「私の時はこうだった」的な古いやり方しか知らない、「オレにはよくわからない」
といった要因が複合しているものであるようです。

そして、根にあるのは、ピープルマネジメントは、学習により自己モデルを更新し続けるセルフマネジメントとセットである、ということだと考えます。

要するに、部下に研鑽や成長を求める上司自身に、「そういう自分はどうなんだ?」という問い返しがあるか、ないかです。

人事の世界ですら、採用で使うツールなどでも、これからを真剣に考えて仕組みを変革しようとしている部下に対して、「俺は昔から使っているアレが使いやすい」と言って、新たな学びを避け、数十年続いたものを使うよう指示する上司がチラホラいて、管理職のピープルマネジメントの実態を痛感します。

結論的には、今日の社会における管理職には、ピープルマネジメントにおいて「経験からの学び」、「挑戦と失敗からの学び」、「先端の知識からの学び」と3つの学びが必要です。

そして、学ぶ環境があるにも関わらず学びが進まないのは、効力感の高さが災いする自信過剰と興味の持ち方が悪いことと腹の括り方がたりないこと(自腹がない)、つまり自分自身に問題があることを気づかなければならないのでしょう。


ミスト


2016年3月12日土曜日

成長し強みと好みを使い分ける

大学時代の友人と会った時、昔からグループの脱線を戻す傾向があったと教えてもらい、はっとしました。

実は、会社で行う360度アセスメントで貰うコメントも客観、冷静というものが多いのです。

さらに、脳MRIでの測定結果からは、「制御」に関する領域が発達しているらしいこともわかりました。

どうやら、これは私のパーソナリティ特性であるようです。

一方、創造性に富むことが大好きで、新しいものや考え方などにとてもワクワクします。

創造性に富んだ人は、既存の知識を監獄のようなものと例えるなら、監獄から逃げようと模索し、ルーティン化を避け、他人からの指図を嫌い自ら立案し、曖昧さへの耐性が高く、障害を避けたり、理解したりせず、問題そのものを再定義して障害が存在しないように、新しい現象、別の形での理解をしたい欲求を持っています。

さて、組織や集団での活動においてここに都合の悪い問題が発生します。

例えば、これまでのやり方から逃げ出し、新しい仕事の仕方を考えることは好きなのですが、他者の仕事の仕方が脱線することが看過できません。

革新と統制の振り子は、他者にとってみれば一貫性が欠け、時に自分勝手に映るものでしょう。

自分は好きをしているのに、他者に厳しく振る舞っているように見えるからです。

このパーソナリティ特性と志向の二面性を解決するには、素のままの自分から成長することが必要です、

自分のパーソナリティ特性と保持しながら自分自身の創造的態度を制御し、一方で、他者の立場にたって新しい考えを積極的に理解する態度を獲得することです。

具体的には自分を客観的に見つめ、思いついたことは一旦点検することと、他者のアイデアを「なるほど」と受け入れ「では、さらにこうしてみよう」とYes, and で広げる行動です。

そこには、成長によって乗り越えねばならない、価値信念と感情における葛藤があります。


パーソナリティ特性による態度と新たに獲得する態度を使い分けることができるようになると、強みと好みが相反してもどちらも高次に活かせるようになりますから、日々、葛藤と向き合っていきたいと思います。


成長



2016年3月11日金曜日

寒さが身にしみる3.11 身体の記憶を考える

今年も3月11日が来ました。

あの震災から5年です。


私が3.11の記憶として、身体の感覚として強く残っているのは「寒さ」です。

しかし、2012年3月11日にその身体の記憶はないので、震災という大きな出来事によって「寒さ」という感覚まで記憶に焼きついたものだと考えられます。

昔、親から子供の頃や戦時中、終戦のときの話を聞いたとき、そのときの暑さや寒さなどもいっしょに聞いていたことを思い出すに、人は出来事を単に記述として記憶しているわけではないことを気づきます。

痛そうな怪我の写真を見るとき、見ている人の脳は、ほんとうに痛みを感じているような反応をするそうですが、親は昔話をしながら、その時リアルに暑さ、寒さを感じていたのだと思います。


さて、5年前、女子サッカー、なでしこジャパンはW杯を初制覇し、日本を元気にしてくれました。

そのなでしこが、3.11を前にして残念ながら、オリンピック予選を勝ち抜くことが出来ませんでした。

これも何かの巡り会わせかもしれませんが、「うまくいかないのが人生だ」という落語の世界観がふと頭に浮かびました。成功や栄冠が一際強く輝くのは、苦難や失敗があるからこそとわかっていても「うまくいかない」ものです。


強い記憶が身体に焼きつくものであるならば、焼きついているのは良きにつけ悪しきにつけ、「うまくいかない人生」の中でも際立った瞬間であるようです。

しかし、記憶に対する評価は徐々に書き換えられていきます。

辛かった思い出も、場合によってはやがて良い教訓、経験へと意味づけされていきます。

身体に焼き付いている記憶と、その意味づけの変化に向き合うことから自分の変化、成長が見えてくるのかもしれません。


ミモザの季節




2016年3月10日木曜日

才能アリ 瞬間の輝きを知る方法とは

何事でも取り組んでいる人の表情が輝く瞬間を、周囲の人は見逃さないものです。

例えば、仕事の打合せをしていて気づきを得たときなどですが、残念なことに、当人は自分の顔を見ることが出来ません。

気づきが「アハ体験」まで成長すれば、本人にも自覚できるのでしょうが、小さな気づきであった場合、意外とそのまま終わってしまいます。

「いま、目がキラッとしましたね」

そう言われて、「え?」と感じる時は、自分の輝きを自覚できていない時です。

一方、周囲でその様子を見ている人にとって、表情が輝いた瞬間は人を理解する絶好機であり、より深い理解に向けた大きな手がかりとなります。

この瞬間を上手く使うのがヒアリングやインタビューなのですが、逆に、言葉遣いや応対が丁寧でも表情が輝かない時は相手の心が動いていないことが明白です。

さて、何につけ、心が動くということは、動いたことに対して能力を発揮したり高められるので、その瞬間をフィードバックして貰えれると大きなメリットがあります。

「いま、いい表情したね」

モデルの撮影をする写真家は、意識的にこういった言葉を掛けますが、それによってモデルの魅力が引き出されることは間違いありません。

同様に、一緒に仕事をする人に対して、表情が輝いた瞬間をフィードバック出来る人は他者の力を引き出したり育てたりすることが上手であると言えるでしょう。

自分の表情の瞬間の輝きを知るには、そういう人と一緒に仕事をすることが一番です。


輝いてる



2016年3月9日水曜日

抽象的に言う? 具体的に言う? それとも直ぐに言う?

「もっと当事者意識を持って・・・」
「・・・普段のコミュニケーションが足りないから」

上司と部下の面談で上司にありがちな会話です。

これに部下が問い返します。

「例えばどういうことでしょうか?」

上司は、なんだ、そんなこともわからないのか、と心のなかで思いつつ、

「◯◯のとき、こうだったよね?でも、△△するべきたったんではないか?」

部下「はぁ・・・」(何だかよくわからない)

この会話の問題点は、抽象的であることと、指摘にタイムラグがあることです。

上司が部下の間違いや問題点を指摘する場合は、部下の行為に関して具体的かつ、出来るだけ間を置かずに行うのが良いとされていますから、前述したような面談時の会話は「やってはいけない例」であると言えます。

さて、落語家の師匠が弟子に伝えることはとても抽象的であると昨日聞きました。

それを理解するためには想像力を働かせなければならないそうですが、常に師匠の側に弟子が居るためやり取りにタイムラグはありませんでした。

つまり、「抽象的だけどリアルタイム」な状態です。

ここで問題の本質が見えてきます。

会話においては伝え方の「具体性」「抽象性」よりも「即時性」のほうが重要である、ということです。Lineを使っている人には実感があると思います。

裏を返せば、「即時性」が成り立つ距離において会話は一番、効果的に伝わるということですが、一方でそれは、結果的に相手を拘束することでもあるのでしょう。


リアルタイム

2016年3月8日火曜日

採用募集がない企業にどう入社する? 落語の世界で熱意と覚悟が自然に感じられるのはなぜだろう

今日は、経営学習研究所、MALLのシアターモールで「落語から人材育成のヒントをもらいませんか?」という学びイベントに参加させてもらいました。

噺家に見る人材育成というテーマで、落語家、立川晴の輔師匠と公認会計士、田中靖浩さんが巧妙な掛け合いから立川流の人材育成話(噺?)を聞くことができました。

例えば入門。就活のようにエントリーシートも面談も、そもそも募集もありません。

真打に弟子入りすることしかないのですが、どうやって入門できるか全くルールはないそうです。そこで、晴の輔師匠は必死で考え、4年間独演会に行き、自宅を探しあて、自宅の前で土下座したそうです。

落語立川流の教え・名言集として挙げられていた「そこらへんにいろ」は、まさに入門を許された直後に言われた言葉で、そうは言われても、と、師匠のそばにいると「うっとおしい」と言われ、じゃあ、と、近くにいないと「お前はなんのためにいるんだ」と言われる。

また、「俺が飲みたい時にお茶をだせ」(つまり、じっと見ていなければならない)、それが出来るようになってくると「俺が飲みたい量で出せ」と、それを含めて「そこらへんて、どこらへん?」というぐらい、常に指示は抽象的だそうです。

そういった抽象的な指示も想像力を高め失敗を繰り返すと不思議とわかるようになってくるし、プライドを捨てて(「風になれ」)給与もないひどい(と思えるような)仕打ちの生活を続けていると、失敗を挽回しようとする姿の面白さを伝える落語の本質や、江戸時代の貧乏さが骨身で経験できるので、7年後には骨が太くなり、それがお金になるようになるといった話は、意図して行なっているのであれば、まさに人材育成のための「育成計画・研修計画作り」ではない経験から学ぶための「経験のデザイン」であるように思えます。

落語の熱演と合わせ、これ以外にも軽妙な語り口で、企業における人材育成とは異次元の世界をたっぷり堪能させて頂きましたが、席のレイアウトに厳しく拘る一面も持ち合わせるなど、晴の輔師匠の「自分が心底惚れて選んだ師匠と落語の話」と「とても冷静、客観的に物事を見ている」対照的な姿が話の端々で強く印象に残りました。

熱い思いと冷静な覚悟。

この振り子が人も芸も成長させるのではないでしょうか。


サービスタイム





2016年3月7日月曜日

素粒子とブラックホール 人材開発と組織開発

量子力学でミクロの世界を支配する法則と宇宙におけるブラックホールは同じ原理だそうです。

ミクロを扱っていたのに気がついたらマクロになっている。

逆にマクロで議論していたのに問題はミクロにあることがわかる。

人と組織のテーマでも良くあることです。

多くの場合は、問題や課題を解決するために起きますが、原因はどこにあるのか、効果的な施策は何かを人なのか組織なのか行ったり来たりするのです。

また、「人と組織」と言っても、現場レベルもあれば理論の上での場合もあります。

さらには、概念が多層であったり重層になっていたりするため議論をしていても迷子になりがちです。

これは、仕事とは能力を複雑に組み合わせて行うものだからでしょう。

では、「人と組織」の問題にどういう姿勢で向き合えば良いのでしょうか。

人と組織の共通原理を解明しようとすることでしょうか。人と組織の幸福を追求することでしょうか。

私が考えるに、全体感を失わずに真因を探求すること、人材開発と組織開発を切り分けないこと、人と組織を分けて考えないこと、つまりホリスティックであることだと思います。


隔てない





2016年3月6日日曜日

共通言語化するために必要なこと

特定の言語によって文脈が共有されたとき、その言語は「共通言語」となります。

たとえば、生産農家からバリスタまでコーヒーの味を定義する「共通言語」があります。

最近、この言語が20年ぶりに更新されたそうです。

企業における「ウエイ」も共通言語です。

さて、共通言語はゼロから生み出されることは少ないようです。

基本的には、特定の関係者内で流通している言語が記号としてオーソライズされる形で固定化していきますが、その言語の発生源は、経営トップであったり、現場の不特定者であったりと多様です。

問題があるとすると、言語は背景にある文脈から切り離されて流通するものなので、そもそも言語が流通していた現場から切り離されるとそれまでと異なる解釈や理解不足な状況が生じることでしょう。

実は、「共通言語」において重要なことは、定義を作成し記述することよりも、ステイクホルダーの利害関係にあると思います。

例えば「採用人材像」なども良い例でしょう。

「採用人材像」は、人材を採用する企業内はもとより、応募する学生にも開示されます。

しかし、見極めを主とした企業側と、内定獲得を目指す学生の利害は選考段階で異なっていますから、「言語」が共通化しているとは言えません。

同様なことは、採用担当者と現場の間でも起きている可能性があります。

新入社員の配属後に現場から出る不満の声などは良い例でしょう。

共通言語化をする際には、冒頭のコーヒーの味に関する「共通言語」のように、関わる全ての人にとってハッピーな状態を作り出すことを目標としたいものです。


全世界共通の価値





2016年3月5日土曜日

やる気とメンタリティ 空回りするスキルと感性

個人的に贔屓にしている天ぷら屋さんがあります。

正確には、そのお店の職人さんがお気に入りです。

日頃繊細な揚げ物を出してくれる職人さんですが、今日は、事前にお店に行くことを告げていたため、日頃と違う印象でした。

要するに、気合が入りすぎている様子です。シャイな職人さんにとって、主役であることはプレッシャーとなっていたのかもしれません。

それは、揚げてくれる天ぷらにも如実に映し出されていました。

これは、やる気の高さが結果としてベストではないことの顕れです。自分をコントロールできるモチベーションレベルこそが、ベストクオリティを達成するのです。

気負いない状態でベストクオリティを出すことと気負ったときのクオリティの違いを知ることはとても大切だと思います。

自分を知る自分を如何に確立できるか。

セルフ・マネジメントの本質を垣間見た気がします。


春の天ぷらは香り立つ



2016年3月4日金曜日

差し向かう、差しで飲む? 「差し」を対話する金曜の夜

今日は、3月の第一金曜日。自画持参「がちゃトーク」の日でした。

初めて参加する方2名を含め全員で11名と賑やかな夜の対話の肴は「差し」。

「サシ」と聞くとお肉やら魚やら食べ物も思い浮かびますが、テーマ検討で出てきた面接、面談を広げ、決めたものです。

「差し」から生まれたスピーチのお題は、「差しで話をしたい人」「差しで飲みたい人」「差しのコミュニケーションの取り方」そして「密室での会話」など、ストレートなものあり、広がりのあるものあり、深みのあるものなど、スピーチとそのあとの対話が充実するものとなりました。

そして、座禅における「自分との差し」、「自分との差し飲み」や、「気楽な差し」「重い差し」など、自分が思い浮かべる「差し」とは異なるステキな視座にたくさん出会えるのが、がちゃトークの対話の醍醐味です。

さて、自分ごととして「差し」の状況を思い返すに、何某かのプレッシャーやストレスが一方、もしくは相互に掛かっている状態でした。

それは、「差し」の目的に相手はもちろん場所や権威など複合的な要因が混ざりながら作り出される空間的、時間的状況であり、一期一会の場です。

では、どのくらい「差し」から学びがあったのか、と問われると「差し」よりも少人数で化学反応が起きたときのほうが「学び」があったように感じます。

例えば、今日のがちゃトークなどは良い例です。

では、「差し」について「差し」で向かいあったらどうなるのか。

今度、誰かを誘って試してみようと思います。


胸に手を当てて

2016年3月3日木曜日

あとはやるだけ? やればできる、やる気スイッチ

新学期を前にして、最近よく学習塾のCMを見かけます。

「やればできる」「やる気スイッチ」といった言葉が使われる宣伝なのですが、モチベーションは、勉強に向き合う子供だけの問題ではありません。

マネジメントやリーダーの役目にはメンバーのモチベーションを高めることが含まれています。

もちろん仕事でも勉強でも、モチベーションを上げることが目的ではなく、モチベーションを高めて仕事や勉強に取り組み、成果・結果を出すことが目的です。

ところで、「成果は能力ではなく習慣がもたらす」とドラッガーが言うように、成果を出すためには高いモチベーションを維持した良い習慣を形成することが重要であることは言うまでもありません。

瞬間的にモチベーションが高まってもすぐに飽きてしまっては成果・結果は出せません。

要は、目的から問えば、「動機」「行動力」「継続力」が最低限必要なのです。

これを言い換えれば、「やればできる」「だからまずやる」「そしてできるまでやりつづける」は、ワンセットなわけです。

スイッチも同じですね。

ですからその導入部分だけ切り出すのは何だか腑に落ちないのです。

CMを見るたびにそう思うのは私だけでしょうか・・・。


じゃあ、やれば? となる



2016年3月2日水曜日

今年の新入社員が最初に学びたいこと、かつての新入社員が学びたかったことは何ですか? 

3月1日から、来年度に向けた就職活動が大々的に始まりました。これから、内定獲得、そして入社まで、長い1年1ヶ月の始まりです。

さて、現在の内定者は4月1日に入社式を迎え、社会人生活をスタートします。

多くの会社では新入社員を迎えるにあたって研修を用意してますが、新入社員が一番最初に学ぶべきことは何なのでしょうか?

社会人の心得でしょうか。
社会人としてもマナーでしょうか。
仕事の基礎知識でしょうか。
それとも、会社の理念やウエイ、しきたりなどでしょうか。

これらに共通するのは、念を押して、ということもあるかもしれませんが、基本的に知らない、もしくは足りないという前提があるように思えます。

まずは社会人として一人前に、という考え方はある意味、正当であると思いますが、一方で、それでいいのかなとも感じます。

なぜなら、社員にとって、初めて会社に出社する体験とはまさしく、「クリティカル・インシデント」だからです。

希望に溢れる者にとっても、不安に怯える者にとっても、これから未来永劫、延々と意味づけし続けなければならない出来事です。

それが、「社会人としても未熟さを思い知る」のではもったいない気がします。

かと言って、サプライズな演出による思い出作りのような迎え方にも正直、違和感があります。

自分の入社時の思い出としては、季節外れの寒さと事務的な手続きと仕事の意義を習った集合研修であり、知らないことがたくさんあるよね、という当たり前の話です。

では、どのようなことを学びたかった、自らに問うと、足りないことよりもその場における自分自身への期待であったように思います。

なぜならば、現実に接するうえで足りないことはその後いくらでも知らされるものであり、頑張って適応する努力より、目標に向かう良いマインドセットを持っていることのほうが

そもそも入社時のキャリアにおける主体性の問題なのかもしれません。

今年4月入社の新入社員は何を学びたいのでしょうか。かつて新入社員だった人達は振り返って何を学びたかったのでしょうか。

今年もその時期がすぐそこに来ています。


はばたけ!




2016年3月1日火曜日

あしたのために その7 自分を信じるためにすること

誰もが無理だと思っていたことを成し遂げる。

このようなサクセスストーリーに共通しているのが「自分を信じる」ことです。

160cmの元NBAプレイヤー、マグジー・ボーグスさんは、大学の頃、皆にNBA選手になることは無理だと言われたそうです。しかし、自分だけは自分を信じ、そしてNBAで活躍する選手になりました。

イタリア セリエAの名門、ACミランで戦っている本田圭佑選手も「自分を信じる」ことを大切にしているそうです。それは「希望だ」とも言っています。

あしたの(自分を信じる)ために その7

他人から見えない努力をする

かつて、何度も大怪我に見舞われその度に復活した琴風(尾車親方)は、「自分自身に嘘はつけない」という言い方をしました。稽古しっかりとした時は例え、場所で負けた日があったとしても、「あれだけ稽古したのだから明日は勝てる」と思えたそうです。

「自分を信じる」ことが出来るのは、見えない大きな努力があるからです。

マグジーさんも、本田選手も同じではないでしょうか。

誰も信じない自分の目標をもつべし
誰も気にも留めない努力を続けるべし
自分への嘘を厳に戒めるべし

打つべし、打つべし、打つべし・・・

自分を信じる道への第一歩はここからはじまるなり


大陸へ渡る目標 水面下で漕ぐ努力