2015年11月30日月曜日

思考と行動 因果の構造化に潜む罠

仕事で問題が発生したとき、最初にその仕事を担当した人の責任が問われるのは仕方がありません。

例えば、杭偽装問題。

初期に会社が行った会見では、担当者がいい加減な印象の人である旨の発言がありました。その後、データ偽装問題はその一人だけの問題でないことがわかると、個人に責任を負わせる発言は聞かれなくなりましたが、様々な冤罪が同様の構図で起きていることを考えると安易な責任追及は深刻な問題であることがわかります。(もちろん、データ偽装を行った当事者を擁護するものではありません)

私たちの行動は、意識よりも早く準備されているという30年前の研究結果があります。行動する準備が整って初めて意識が生まれるというのです。

その論理で考えると仕事のミスもデータ偽装も無意識の行動習慣と品質基準や社会的規範が適合していない事実の顕在化でしかありません。

因果で捉えたくなる背景には「基本的な帰属の誤り」という認知バイアスがあります。英語で、Fundamental Attribution Errorですが、状況よりも性格(態度)に原因を求める傾向です。

このことを知らずに問題解決を図ろうとすると、責任追及や処罰によって幕引きが図られ、結果として再発を繰り返すことになります。

また、Fundamental Attributionに因を帰する傾向を持つ人は、より精神論の傾斜して、相対的に技能を軽視する場合が多いようです。それにより課題は複合化し、解の領域が無くなるのです。(不良設定問題化)

思考が先か、行動が先か。

結果を変えるためには、常に問わなくてはならないことです。


不良?


2015年11月29日日曜日

個人の「したい」を止めると「できない」組織になる理由

「挑戦」を理念に掲げている組織であっても、個人の「したい」を結果的に止めてしまう企業は多くあります。

止めてしまう理由は、
1.前例や慣習の存在
2.周囲や決済者の不同意
3.職務の範囲
などです。

要するに組織の中で「受け入れること」と「挑むこと」は相反するのです。

真のハイパフォーマーは、能力、性格などを使って「受け入れること」と「挑むこと」を振り子のように行ったり来たりする形で両方を実現するのですが、そこまで力をつけていない人材、特に若手人材は、「止められた経験」を通じて無力感を学習しますから、次からは「挑まない」傾向を強めてしまいます。

しかも、学習は個人に留まらず、目撃者にも波及します。

このように組織というネットワークの中に起こる新たな挑戦は、初期条件や摂動として予測不能な変化の種になるため、それを「止める」ということは、「秩序の維持」という根本ルールが強化されるメッセージです。

かつてニューヨーク市では凶悪な犯罪を減らすために、交通違反など小さな違反の検挙に力を入れて成果を出しました。有名な「窓割れ理論」です。

ニューヨーク市では、治安の回復に役立ちましたが、杭が出ない会社となってしまうのも原理は同じです。

ガラパゴス化した閉ざされた秩序が大局の変化についていけないことは、すでのこの20年で実証されているのですから、個人の「したい」を止めないことが現代組織の根本ルールであるべきでしょう。


もうどうにも止まらない

2015年11月28日土曜日

仕事のマニュアルを作ってわかる知の所在

新人や未経験者が新しい仕事を覚える上でマニュアルは力強い味方です。

先輩や前任者、上司などから懇切丁寧に業務手順の指導を受けられれば良いのですが、忙しさが邪魔をします。

また、人によって仕事の進め方の流儀や、教え方が違っていて混乱することもあります。

それらに対してマニュアルは、いつでも開くことが出来、人のゆらぎや不条理に付き合う必要がありません。

極度のマニュアル依存に対する危惧や問題意識はよく聞かれますが、間違いの無い、効率的な仕事を行うためにマニュアルはとても効果的なメソッドであると言えるでしょう。

さて、一方でマニュアルを作ることは容易ではありません。なぜなら自己流の仕事を文章化するのではなく、組織の暗黙知を形式知に変えることだからです。

そこで最初に取り組まなくてはならないのはマニュアル化する仕事に関わるステークホルダーの特定です。

仕事とは、バリューチェーン化する協働を指していますから部分だけを見たのでは不十分です。

次に、必要なのが仕事の全体を見ている人と実際に仕事を推進している人の特定です。

形式知化されるのは、主に仕事の定義と作法と連鎖なのですが、特定されたキーマンが全てを知っていることは小規模な企業や組織を除き、稀です。

こうした事実を踏まえるとマニュアル作りは知の探索でもあると言えるでしょう。


知を探る



2015年11月27日金曜日

要は、「自分達を越える」には「環境」と「他者の力」が必要だってことだ

自分を変えることは思っているほど簡単ではありません。

ゴルフのスイングで、本人の意識では相当打ち方を変えて振っているようでも、録画して見返してみるとあまり違いがわからなかったりするように、頭のなかで思い描いていることと現実には乖離があります。

そこで、明確にスイングを変えるためには、「ゴルフ練習場」で「プロのレッスン」を受ける必要が出てきます。

学びの場において、学びの師によってスイングは変えることが出来るのですね。

さて、自分一人でもそうなのですから、「自分達」によって構成される組織も同様な問題を抱えています。

組織の内部の人には大きな変化と捉えていても、外から見たら何が違うのかよくわからないものです。

そこで、組織を変えるためには、組織も学びの場に行き、学びの師の力を借りることが必要ではないか、という思いが頭を過ぎります。

しかし、多く場合、学びの師を招き入れることはあっても、組織全体が学びの場に出向くことはないでしょう。

つまり、組織は自分達の現場に囚われた存在なのです。

例外があるとすれば、強い外圧、逆風などに会社が晒される場合です。自分達の現場が学びの場そのものになるケースですね。

組織の変革を考える人にとって、組織が大きくなればなるほど「自分達を越える」ための「環境」と「他者の力」を整えることには困難が伴うものであるようです。


越える




2015年11月26日木曜日

三角形でモノゴトを考える 中心にあるバリューや本質はなに?

昨年来、会社全体で取り組んできたブランディング活動では、ブランドアイデンティティ(独自性の高い提供価値)を表出するために、「提供できる機能的価値」、「核となる情緒的価値」、「インサイト(心のスイッチ)」という3つの視座にたって会社を、仕事を振り返りました。

このように3つの視座を使って提供価値や仕事の仕方を定義する手法は一般的に行われるもののようです。

例えば、先日話を聞いたtakram design engineering ではBTCトライアングル(Business Technology Creative)、スターバックスではPCB(Partner Customer Business)など、各社それぞれ工夫があります。

三脚もそうですが、位置を固定するためには少なくとも3点が必要であり、効率的ですから、「3」は良いフレームです。

さて、セルフブランディングもこの方法で整理すると、アイデンティティが見えてきます。

「何が出来るのか」、「どういう存在か」、「何をしたいのか」です。

採用面接でも、この3つを聞き出せてば人となりや志望動機がはっきりと見えてきます。逆にこの3つに答えられない人を理解することは困難です。

また、リフレクションでは表出した行動の背後にある本質を、「なにを考え」「なにを感じ」「なにを欲して」いたのかによって探りだします。

モノゴトを考えるとき「なぜ」を繰り返すのも良い方法ですが、三角形で考えることも癖にするとよいと思います。


バリューは?本質は?

2015年11月25日水曜日

言葉は要らない 次の日に考えたこと

昨晩は、文章も打てないくらい飲み過ぎでした。

素敵な人たちとの時間はあっと言う間に過ぎていくものです。

さて、タクシーをつかまえて帰ったのですが、多くの空車がある割に止まらないし、行き先を聞いて乗せなかったりと、銀座の深夜タクシー運転手はかなり殺伐としているようです。

確かに、終電間際になれば、狙い目の長距離の客が増えるのでしょう。

乗れたタクシーの運転手には「かわいそうだから」とかたいそう恩を売られてしまいましたが、2020年に自動運転が普及しはじめたらタクシー運転手はどんな仕事をしているのでしょうか。

現在のタクシーの運転には、「運転技術」と「接遇」と「勤勉さ」と「商売勘」が必要なのだとしたら、「運転技術」は要らなくなりますから「接遇」「勤勉さ」「商売勘」で働くことになるのでしょう。

自動運転に加え、さらに自動配車も実現していれば、「接遇」だけが残されたコンピテンシーになります。

必要なコンピテンシーがシンプルになると適、不適がはっきりすることは明らかですから、乗客にとってはいつでも心地よく利用できる環境が整う一方で、タクシー運転手には多くの「学び」が待っているのかもしれません。


何か起こる?

2015年11月24日火曜日

ルールを守らせるために必要なこと 注意をせずに残業を減らす方法?

自宅の近くにある区の総合体育館には、ゴルフ練習場があります。

といっても、インドアで打席からネットまで5mくらいの狭い練習場です。

その狭さゆえに、一度打った球を打席の前に出て拾う人があとを断ちませんでした。

各打席には、口説いくらい「打席の前に出て球を拾わないでください」と書いてあるのですが、ルールを守らない人には効果がまったくありません。

打球はあらゆる方向の飛ぶ可能性があるので、前に出られると危ないし、気も散ります。直接、その人に注意すれば良いのでしょうが、言い難いものです。

ところが最近、その練習場に行った際に、打席の前に出て球を拾う人が居なくなっていました。

なぜかと言うと、拾う球が無くなったからです。

どうしてそうなったのか、というと係員の人が、ルールを守るよう注意をする代わりに自らがT字型の道具で、一定時間ごとに球を掃き出すようになったのです。

そもそも禁止事項ですから、球を拾っていた人も文句は言えませんし、結果としてルールが守られる状況が作り出されたわけです。

他者にルールを守らせることは簡単ではありません。口頭注意や罰則などを厳しくしても効果が出ないこともしばしばあります。

会社において思いつくこのような場面は「残業」です。

各社の人事や総務では残業を減らすためにノー残業デーを設定したり、社内放送で告知したり、改善が進まない職場に対して改善指導が行われてたりしているようですが、なかなか苦労されている話をよく聞きます。

そこで、ゴルフ練習場の対策を当てはめてみることはできないものでしょうか。

例えば、清掃です。

毎日、夜に清掃が入り、そのために、机や椅子なども片付けなければならないとしたら書類を出して、PCで仕事、どころではないでしょう。

昔、床清掃で掃除業者が入った日は仕事が出来なかったことをよく覚えていますが、掃除業者の仕事は職場環境を良くしてくれるものですから、文句を言う筋合いはありません。

職場は綺麗になるし、残業は減って効率的に仕事が進むようになるし、一石二鳥ですね。

まあ、普通に考えて毎日清掃だとコストがとても高くなりそうですが、そこをうまくバランスをとってサービス提供(例えばロボット清掃とか)すれば、ビジネスチャンスだと思うのですが、如何なものでしょうか。


リトルプリンス




2015年11月23日月曜日

無意識が支配する採用選考面接での評価 無意識を科学し組織を変える採用を

採用選考において面接官は応募者の何を評価しているのでしょうか?

多くの企業では、採用時に面接を実施しています。

面接によって、応募者が採用するにふさわしい人材か否かを判断するためです。

さて、判断において何を見極めるか、事前に決めている場合があります。「目線合わせ」といわれるものです。

目的は、面接官が複数であっても、均質な評価を行うことです。

では、こうした意識的な取り組みはどのくらい効果があるのでしょうか。

実は人の評価には多くの「無意識」が関わっています。

自然界において、それが合っていようが間違っていようが素早い判断が出来ることは生存にとって有利です。危害を与える気が無くても人が近づくと鳥が逃げるように反射的に物事を判断するうえで「意識」は非効率ですから、「無意識」による判断はより本能的であるのでしょう。

こうした「無意識」の判断は、「初頭効果」「親近効果」など様々な認知バイアスとして確認されています。

一方、これら「無意識」の判断は、意識していないがゆえにその存在をヒアリングやインタビュー、アンケートで確認することは不可能です。

しかしながら、評価結果と評価結果を適切に説明できるデータ群を利用すると「無意識」が見えてきます。

こうした評価結果の違いを分析する上では、統計学の検定という手法が便利です。(統計学は前提条件をもった考え方なのでその前提にたって、ではありますが)

そして、「無意識」の判断から見えてくるものを、私は面接官の「仕事バイアス」と読んでいます。

つまり、日頃の仕事で行っている判断、その中でも特に自問している課題が無意識に投影されているのです。

例えば、選考面接における「無意識」を科学したところ、営業担当であれば、見極めには積極的に人に明るく関われているか、であり、キャリアクライシスを迎えている30代であれば、見極めには自分は熱意を持って仕事に向きあえているか、であり、マネジメントの職位であれば、見極めには自分はしっかりと組織を動かせているか、といった課題意識が「無意識」の判断に関わっていました。

これらの「無意識」は、現状での生存においては有利な判断ですから否定するものではないのですが、組織にとって「採用活動」が果すべき重要な役割、「未来に備えて組織を変えるひとつの手段」足り得なくなります。

要するにそのままでは現状強化が続いていくのです。


組織の姿を変えていくには、今までと少しづつ異なる領域を広げていく必要があります。

そのためには、見える化によりコントロール不能な「無意識」の評価の存在を知り、二元論的な人材像(今までに居ない人材、といった)を廃し、短中長期で戦略的に人材開発と従業員のキャリア両方を立体的に構造化したポートフォリオが必要です。

人材戦略は、経営戦略の元にありますから、ある面接官とある応募者の一期一会である選考での「評価」という偶然性を必然性に変えるためには、ビジネス、ストラテジー、サイエンスのBSSトライアングルによって「選考評価」をデザインすると良いでしょう。

ちなみに、グーグルは社員教育に無意識バイアスへの対策を組み込んでいます。


見極め






2015年11月22日日曜日

新卒採用はこれからどうなるのか

企業の採用活動と学生の就職活動の間でコンフリクトが激しくなっています。学業と就職活動、企業が求める人材と学生の実像、採用後入社と早期離職、内定出しと内定辞退、選考・面接対策とオワハラなど、枚挙にいとまがありません。

さて、来年に向けての採用側キーワードを挙げると

・毎年かわる経団連の指針
・インターンシップによる早期選考
・入社後の活躍、育成を意識して学生と向き合う採用活動
・就活生の多様性に応じた多様な選考
・学歴フィルター

があります。

一方、学生側では、

・キャリア教育の矛盾(自立?帰属?)
・就活支援のサービス化

といったより学生の主体性を失わせる流れも気になります。

これらの問題の背後にあるのが不透明さ、複雑さを増す企業経営です。変化の先取り、変化への適応が必要なことは疑いありませんが、どのような変化を起こせばよいのか、起こるのか、はその場にならないとわかりません。

つまり、このような環境下では企業が人材に求める「成長」や「変革」の具体的な定義は困難です。

採用を取り巻く複雑性はコントロールすることはできません。
また、単純化、ルール化することもできません。

ですから、選考側も応募側も上手く行った他社、他者の活動事例を真似ても、上手く行く保証はまったくないのです。例年通りの採用活動は、たとえ前回良かったとしても来年も上手く行く保証はなさそうです。

故に、新卒採用は答えのない領域に独自の解をより深く探求、実践し経験学習サイクルを回し続けることになるでしょう。


ベイマックスを見ながら





2015年11月21日土曜日

大切なものは目に見えない 決断を外部化する指導力

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの"Le Petit Prince"には、有名な ”on ne voit bien qu'avec le cœur. L'essentiel est invisible pour les yeux.”という一節があります。

直訳すると「心でよく見ること。モノの本質は目では見ることができない」という意味になると思いますが、「大切なものは目に見えない」という翻訳がよく知られています。

さて、NHK BSで放送していてる『最強コーチが導く 飛躍の言葉』でスペインテニス協会の育成部門の総責任者ダビッド・サンズ・リバスさんの指導を取り上げた「自分で考える連続が決断力を生む」という放送回で、面白い指導法を見ました。

テニスコートの自陣を、レッド、オレンジ、グリーンと分けて、それぞれの対処(攻める、繋ぐなど)を決めるのですが、練習において、相手が打った球がどこのエリアに該当するか、声に出すという指導です。

この指導法についてダビッド・サンズ・リバスさんは以下のように説明していました(番組の字幕より)

”声に出して考えを外部化するれば決断が正しかったかどうか客観的に分かります
もし決断と行動が間違っていたら考えられる理由は2つ
技術がともなっていないか
判断を間違えたかのどちらかです”

テニスをプレイする日本の子供を見て、決断力に問題があると気づいたダビッド・サンズ・リバスさんは、決断力をつけるための指導を行う上で、外からは見えないプレイヤーの決断を見えるようにしたわけです。

合理的、効果的、そしてとても実践的な方法だと思いました。

「モノの本質は見えない。そしてそれを外部化することで道を開く」

ところで、これもまた成長における「本質」であるようです。


青空文庫 「あのときの王子くん」より引用




2015年11月20日金曜日

ストーリーに潜むパフォーマンスの種 芽吹きは意外と早いかも

仕事で発揮する能力は、いつ身につけているのでしょうか。

入社後でしょうか。入社前でしょうか。

それを知るには、昨日のイベント「越境する思考」でも語られていたように、統計学ではなく、文化人類学的なアプローチから見えてくる真実がひつようです。

マルコム・ノウルズ(Malcolm S. Knowles)が理論化した成人教育における主要な概念、「アンドラゴジー」では以下の4つのにまとめています。

 1. 成人は自分たちが学ぶことについてその計画と評価に直接関わる必要がある(自己概念と学習への動機付け)。
 2. (失敗も含めた)経験が学習活動の基盤を提供してくれる(経験)。
 3. 成人は、自分たちの職業や暮らしに直接重要と思われるようなテーマについて学ぶことに最も興味を示す(学習へのレディネス)。
 4. 成人の学習は、学習内容中心型ではなく、問題中心型である(学習への方向付け)。

こうした大人の学びとパフォーマンスの発揮とは、持ち得た能力が成長し花が咲き、実が
成るものであると言えます。

そこで気になるのが、
では、芽吹いたのはいつか?
ということです。

文化人類学のアプローチによるハイパフォーマーのストーリーからは、芽吹きはかなり早いと思われることです。

これは、性格特性の一貫性はパフォーマンスに大きく関わっていることを指し示しています。

そして、それ故に芽吹きはかなり早いと考えられるのです。


実り



2015年11月19日木曜日

越境する思考 越境の作法ってなに?

今日は、takram design engineeringの佐々木康裕さんによる「越境する思考」という話を聞いてきました。

テーマは「境界のない世界の最先端の考え方」です。

生き物は、境界によって内と外を作り出す存在です。その一番わかりやすい例が、細胞です。

細胞は、細胞膜によって内と外を分け、多様で複雑ながら、カオスの 縁を作り出して秩序を保っているという話を以前に読んだことがありますが、境界による秩序の出現は、社会を見渡すとあらゆるところに存在します。

敷地、も境界ですし、国境もそうです。

さて、人の成長にとって、境界というと快適ゾーンの話が思い起こされます。快適さが維持される範囲で、思考、行動することですが、成長のためには、快適ゾーンを越えて、モノゴトに挑む(拡張ゾーン)ことが大切であるとされています。

法政大学長岡研究室では、ゼミ生が身を持って越境していますが、身の回りを見ても、越境には学びや成長への内発動機が強く関わっているように感じます。

そんなこんなで、越境という重要なキーワードがあったので今日のセミナーに参加したのですが、佐々木さんは、大手商社→経産省→イリノイ大学院→takramと実際の越境と、現在の仕事では、デザインの越境に向き合わてれいるとのことでした。

デザインには以下のレイヤーがあり、私たちが普段触れるのは上から2つ程度だそうです。

感覚に訴える佇まいのデザイン Sensory Design
情報・コンテンツのデザイン Information Design
全体ストラクチャーのデザイン Structure Design
サービスのデザイン Service Design
戦略のデザイン Strategy Design

さて、佐々木さんが考える越境の作法は

1.ほんとうのことを探る genuineness
2.雑食する eat everything
3.複雑さを受け入れる embrace complex 

でした。

そこに重要なのが、一般論、他人の決めた境界を常に疑うことである「懐疑的知性」と解を生むための「限定的合理性」など抽象と具象を行き来する話は気づきというより、世の中の先端の流れを再確認させてもらえるものとなりました。

その他にも身体性能動的認知とか外的な足場など心地よいキーワードやデザイン思考の限界性なども聞くことができた楽しいイベントでした。


越境



2015年11月18日水曜日

汎用サイズが視野を狭める A3、A4の罠にハマるな

今日のビジネスシーンで取り扱われるドキュメントサイズはほぼ一定です。

A版と呼ばれる国際規格の用紙サイズは、19世紀末ドイツの物理学者オズワルドによって提案されたドイツの規格だそうです。面積が1平方メートルの「ルート長方形」をA0としました。

「縦:横=1:√2」で半分にしても常に相似形になります。

A3を2つに折るとA4になり、裁断ロスを出しません。

A版に対してB版という日本固有の用紙サイズもありますが、現在ではあまり使われなくなってきているように感じます。

さて、WYSIWYG(What You See Is What You Get〜見たままが得られる)環境などが一般化し、コピーやプリンター、そしてパソコンによるDTP(デスクトップパブリッシング)が普及するなかで知らず知らずに用紙のサイズでモノを考えるようになっていきます。

企画書はパワーポイントで、もその一例です。

エクセルのようなスプレッドシートは大きさの制約が少ないのですが、PC画面、印刷時のことを考えて作業することが多くなります。

一方、「優れたリーダーは「ホワイトボード」の前に立つ!? : 考えを外化し、共同注意を集める」に見るように、多くの人の注意を集めるためにはホワイトボードの大きさが必要でA3、A4では小さすぎます。

A3、A4はとてもプライベートな大きさなのです。

ゆえに大きなフレームで仕事をしたいと考えた時は、用紙サイズに囚われないことが大切です。

それによって、全体の構造や情報の関係性、空白域の存在などが見えて来るからです。

規格品には便利さがありますが、規格を破ることで気づくことはたくさんあります。

例えば、人の履歴。

流通している履歴書はA4が多いですが、その規格に合わせてどれだけ自分の存在を記述できるのでしょうか?

人生はメモではありません。大きさの制限を取り払うと豊かな人生の営みが記述できるはずです。

規格にあわせないこと、それは視野を簡単に広げる方法です。


豊かな視野







2015年11月17日火曜日

組織活動の表と裏 表裏一体、でも微妙な関係

多くの仕事では進める上でワークする人とワークさせる人がいます。ワークする人が表だとしたら、ワークさせる人は裏にあたります。

さて、ワークさせる人は、役割によってサポートとファシリテートがあります。

サポートは意を受けて動くことを主とする役割です。

一方、ファシリテートは行動を引き出すことを主とする役割です。

一見すると、2つの役割は大きく異なりますが、サポート、ファシリテートともに表を機能させるためには、組織が上手く機能するイメージを持つ必要があります。

そうなると、主導権はどちらにあるのでしょうか?

それは言うまでものなく表です。

表の役割の多くは、組織の外と戦うことですから、主体的な課題解決が求められます。そこには責任と最終的な判断が必要だからです。

表に十分な破壊力があれば、裏はサポートでよく、無ければファシリテートによって力を引き出す。

裏に必要なのは状況に応じて関わり方を変える賢さですね。

さて、適性で考えるとやはり表向きと裏向きがあります。

裏にも主体性があることを前提(受け身はNG)としていますが、自分が前で戦いたい、もしくは前に立たないと気がすまない人は、なんやかんやと自然に表に出てきますから、本来、裏向きではないのかもしれません。

これは、プレイングとマネジメントの関係にも当てはまると思います。


微妙な関係









2015年11月16日月曜日

成長するハイパフォーマーは一段上の仕事をする では、経営者は?

組織の大小に関わらず、組織で活躍している人を見つけるのは難しくありません。

活躍している人は自然と目立つ存在であり、多くの人が知っているからです。

さて、活躍の仕方は千差万別ですが、経験則として活躍している人の中には、仕事への適正(適性+知識・経験)が高く能力発揮している人と、どのような環境でも経験から学びながら成長し続ける人が居るようです。

成長を続けるハイパフォーマーの特徴は、常に仕事の視座、思考、判断が自分の役割の1段上にあることです。

そのような人に対して周囲は、意図的に足を引っ張らない限りは、自然と上位の仕事、難しい仕事を任せたくなりますから、その経験がさらに人材を成長させることになります。

「上位の視点で仕事ができる」→「目立つ」→「まかせる」→「課題を解決する」→「さらに目立つ」→「成長が加速する」というスパイラルです。

年功序列や官僚的組織機構であるとこうしたスパイラルを生む経験が与えられることは稀ですが、実力本位の組織であれば、まず、目の前の機会を活かすことが成長への扉を開くことになります。

活躍している人も最初から活躍できるわけではありませんから、偶然訪れる最初の機会にどう向き合っていたのかがその後の能力発揮に大きな影響を与えるのですね。

例えば、バスケットボールでは、子供の時に他者よりもちょっとだけ背が高かったことで生じるわずかな有利さがその後の明確な上手下手の違いになるのと似ています。

さて、営利企業であれば組織におけるキャリアは、経営者が最上位になります。経営者は誰もが知っている目立つ、活躍することが宿命となっている存在です。

経営者にも、ハマり型と成長型がありますが、成長型経営者はどのような視座で仕事に向き合っているのでしょうか。

数多くの成長型経営者の中でも際立っているのが株式会社セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長鈴木敏文氏です。

大分前になりますが、前職ですでに大企業の社長であった鈴木氏に商品の売り込みで手紙を送ったことがあります。

バイヤーであれば無視するような手紙(実際、その後無視でした)にもしっかり目を通し、部下に確認を指示する態度には深い感銘を受けたことをいまでもしっかりと覚えています。


経営者にとっての一段上の視座とは何か?

その問いには、「できる成長型経営者は常に初心に立ち返る」という明快な答えがあるようです。


視座





2015年11月15日日曜日

フィードバックが大切なのではなく、メタフィードバックが大切なのだと思う

仕事をするうえでフィードバックは行うにしても、もらうにしても大事です。

フィードバックは意識や行動を高める(高次に引き上げる)ために必須だからです。

ところで私達はそもそもフィードバックシステムによって出来ているようです。

例えば自律神経などは分かりやすいフィードバックシステムの実例です(「単純な脳、複雑な「私」 池谷裕二著より)

実は、すでに私たちの意識や行動は、フィードバックの賜物なのです。

では、私たちが仕事の中で必要としているフィードバックとは何なのでしょうか。

それは、すでに出来上がっているフィードバックループを棄却し新たなフィードバックループを構築することに役立つものでしょう。

つまり、本質はフィードバックによって浮き上がる「自分の壁」を越えることなのです。

ポジティブフィードバック(承認)にしてもネガティブフィードバック(ダメ出し)にしても受け取った瞬間の感情が「自分の壁」です。

「何も感じない」ことも壁です。

その壁を自分だけで破ることは困難です。そこで、他人の力を借りる必要が生まれるのです。

そして、私たちは新たなフィードバックループを獲得出来たかどうかは、フィードバックがないとわかりません。

つまり、他人の力は、新たなフィードバックループの獲得と獲得の確認の両方に欠かせないものです。

自分の壁に気づくフィードバック、壁を越える(自分の意識や行動を変える)フィードバック、壁を越えたことを確認するフィードバックによるメタフィードバックこそが私たちが必要とするフィードバックであり、大切なのだと考えます。


私たちは自分の壁を他者の力で越える存在



2015年11月14日土曜日

採用で会社を変える、採用が会社を変える

企業を取り巻く環境が複雑化、困難化しています。しかもその変化は急激です。

この変化に対応するために、人材に対する期待が当然のように高まっています。正解の無い課題に取り組むことが出来るのは「人」だけです。

さて、今日のように成熟した社会で特に求められるのが、0から1を生み出す人材、組織を変革する人材です。それらの人材は企業に新たな価値をもたらしてくれます。

そこで、その取り組みとして、採用を通じて今までとは異なる人材を採用しようとする機運が高まっているように思います。今までに無い価値を生み出すためには、今まで居ない人材が必要である、という分かりやすい理由からです。

一方で何故今までそのような人材が居なかったのか、という疑問が湧いてきます。

その理由の一つが「適合性」です。人は自分の力を発揮しやすい場所に自然と集まる傾向があります。それは、自ら選ぶ行為と組織の人によって選ばれる行為によって生じます。

こうして、組織と人材は適性によって相互に風土を醸成する共犯者になるのです。

適合という蜜月の関係性にとって、異質な人材は自然と淘汰される存在です。

では組織から異質な人材が消えていく中で、新たな異質な人材の採用で組織は変わらないのかというと、希望はあります。

人は自らの環境を変えることが出来る生き物です。

採用に先立って異質な人材が活躍できる場作りを行うことができるのです。

つまり、異質な人材を採用するために組織を変革するわけです。

そしてその際のポイントは、「組織の中の自分が変わること」なのだと考えます。


「自分」が変わる








2015年11月13日金曜日

未来をどうやって予測する? デルファイ法にみる可能性の収束しかた

変えられない過去に対して、未来における可能性は無限です。

といっても、ちょっと先の未来である「隣接可能領域」はある程度予測することが可能です。

つまり、大きな災害などがなければ、明日は今日の延長にあるのです。

これは、今日を良く知る者は明日も良く知るはずである、という思考を生みます。

ですから、株の相場であったり、サッカーの解説者であったり、人々はその道の専門家が予測する未来に確からしさを感じるのです。

このアプローチを使った未来予測の手法にデルファイ法があります。

専門家にアンケートを実施し、結果のフィードバックとそこからの予測を繰り返すことで無限の可能性を収束し、確からしい予測を立てる方法です。

この方法には2つのポイントがあります。

ひとつは、専門家が対象であることです。それは、先にも述べましたが、専門家は今日を良く知る存在です。

2つめはフィードバックを繰り返し、予測を収束するフィードバックループです。多数決ではなく、情報を構造化し焦点化すること繰り返すのです。

正確な未来を知るという正解のない問いに向き合うために、より確からしい情報を丹念に蒸留するわけですが、重要なことは、「答えを出す」ことです。

「答えを出さない問い」すなわち「不良設定問題」を解のある問題「良設定問題」に変えるためには、適切な条件を与えることが必要です。つまり、条件の与え方により解が生まれるのです。

真実を問う姿勢と解を出すための態度。デルファイ法に学ぶ大切なことです。


絵になっている・・・

2015年11月12日木曜日

生産性を落とすもの サボタージュ?更新プログラム?マルチタスク?

先週、「CIAのスパイマニュアルに学ぶ「会社をダメにする11の行動様式」」というブログがネット上で話題になりました。

注意深さ、大人数会議、厳格な規律、蒸し返し議論、会議を増やす、承認を増やす、言葉尻にこだわるなどなど、一見、仕事をしているように見えて実は組織活動の足を引っ張る行動が列挙されています。

これは、第二次世界大戦の時にCIAが敵国内で活動するスパイのために作ったマニュアルだそうです。

このマニュアルは逆に組織の改善点とも言えます。

会議を減らし、権限を委任し、言葉尻にこだわらず、マイクロマネジメントを配し、過去に縛られた議論は行わない、とマネジメントが決めて行動すれば生産性があがる、つまり、皆が早く帰れる構造になるわけです。

さて、これ以外にも身の回りで生産性を下げていると思われるものにITや仕事のマルチタスク化があります。

ITはある面では生産性をあげるのですが、延々と終わらない毎月のWindows更新プログラムを目の前にしていると、安全に情報を取り扱うことが如何に生産性を落とすのか実感できます。

先日行われた米中首脳会談でも、サイバー攻撃問題が大きく取り上げられましたが、国家の存亡に関わるほど影響性があることがわかります。

もうひとつの仕事のマルチタスク化ですが、最近の研究では、人の脳はマルチタスク向けに出来ていないことが確認されているようです。

これは、マトリクス型組織が上手く機能しないことにも通じているように思います。

そして、かつでは分担していた仕事がIT(ここでもIT!)の進化によって一人の仕事になっています。顧客を訪問し、パワポで企画書を作り、見積もりを作って、SFAに情報を登録し・・・などなど。

つまり、ここにも生産性の下げ圧力が高まっているのです。


なぜ、生産性が上がらない(残業が減らない)、と従業者の仕事ぶりを批判する前に、日頃の当たり前の見直す必要があるのではないでしょうか。


さぼってんじゃねーよ!?

2015年11月11日水曜日

ピクトグラムを作る 強さ、有用性、美しさは?

”古代ローマの建築家・技師ウィトルウィウスは、かつて『建築書(De Architecture)』の中で、あらゆる構造が守るべき基準には「強さ(soundness)」「有用性(utility)」そして「美しさ(beauty)」の3つがあると述べた。” ビジュアル・ストーリーテリング -インフォグラフィックが切り拓くビジネスコミュニケーションの未来 Jason Lankow (著), Josh Ritchie (著), Ross Crooks (著), 浅野 紀予 より

ウィトルウィウスの名は、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「ウィトルウィウス的人体図」でよく知られていますが、書籍では、インフォグラフィックにおける、言語的/視覚的コミュニケーション手法にもこの3つが当てはまると記述しています。(アレンジしていますが)

今回、仕事で久しぶりにIllustratorをつかってピクトグラムを作成しました。3つの要素を兼ね備えているでしょうか。


結論として、このアイコンはNGでした。

要は「何だかわからない。これ、櫛?」


実はこれ、「成長」をあらわすアイコンとして制作したもので、モチーフは「ものさし」です。

ウィトルウィウスの3つの基準は、それぞれが独立しているようでも実際は一体となって人に伝わるもののように思えます。たった1つのアイコンでそれを実現するものではありませんが、グラフィックをつかった視覚的なコミュニケーションにおいて伝わらないものに「強さ」も「有用性」も「美しさ」もありません。

コミュニケーションは建築よりも難しいのかもしれません。



2015年11月10日火曜日

「本質」という言葉はどんな場面で使われるのか

今日、仕事の中で「本質」について意見を交わす場面がありました。

そこで改めて考えてみるのですが、「本質」という言葉は、日頃よく使う機会がある一方で、では「本質」とは何ですかと問いを起こすと意外に答えに窮します。

イメージはあるけど言葉になり難い、「本質」にはそんな特徴がありそうです。

さて、上司が部下に対して「本質」という言葉を使う時に2つの場面があると思います。

1つは表面的に物事を捉えず、その構造や奥深さに目を向けて思考し行動することを促す場面です。

仕事の要領を覚えて、適度に思考停止しながら省エネモードで仕事を流し始めた部下の浅薄さに気づいた時、上司は部下に気づきを与えるために「本質」という言葉を使います。

もう一つは「ダメ出し」の場面です。

部下の考え方や解決策が気に入らないとき、「それは本質を捉えていない」と言えばかなりの破壊力で否定することができます。

一見、否定していないようで実は否定している、というところが言葉の使い方の特徴です。

前者は部下から「本質」を引き出すため、後者は部下に自分の考えを押し付けるものです。

このように「本質」は、言葉が持つ力によって常に正当化されがちですが、「育てる」と「従える」の目的で、極をなす使われ方をしていることがわかってきました。


わたしの本質は?




2015年11月9日月曜日

若手の経験を阻むもの

中小企業の人材育成に関わる研究、報告があったようです。

内容は詳しく知りませんが、重要なのは「経験のマネジメント」だそうです。中小企業の経営に関わる一員として「ハッとした」というより「そうだよね」という印象でした。

それは、色々な採用や育成施策を行うなかで辿り着く一つの答えだったからです。

その一つが採用です。

組織的な育成力が無い中小企業が採用で考えるのはまず、経験者です。

つまり、他社で仕事力を身につけた即戦力を採用し活躍してもらおうという一石二鳥的な動機があります。

しかし、それが幻想でしか無いことは直ぐにわかります。

残念ながら中小企業の中途採用において適材と出会う確率は高くありません。

そうなると、組織づくりにおいて採用は新卒へと向かいます。

新卒者(第二新卒含め)は、成長過程にありますから経験によってグングン伸びます。一方、仕事経験の無い新卒者にとって経験は劇薬にもなります。

過剰な期待と責任を負わせてしまうと育成どころの話ではなくなるのです。

経験を踏まえ、個人的には、それぞれの人に応じた適切な経験が大切だと考えます。

さて、中小企業の若手にとって、デザインされた経験が重要である一方、若手の経験を阻むものもあります。

それは、当人の気づきの薄さと組織に彷徨うゾンビです。

ちょっとした壁にぶつかった途端に「自分のやりたかった仕事はこれではない」と反射的に思考停止してしまう自己防衛本能は経験を台無しにします。これは、直し難い癖です。

それと、若手の経験を喰うゾンビは自立の障害です。会議の場でファシリテーションを行わず自分の語りに終止する人、パワハラ、セクハラを行う人、率先してルールを破っている人、潔癖なほど建前に拘る人、辞めた組織に口出しをする人などが経験を喰らうゾンビです。

全ての新卒者がしっかりと気づける力を身につけて学校を卒業し、一方でゾンビを許さない組織文化があれば、若手とともに歩む中小企業の未来はとても明るいのですが・・・


経験が広がる




2015年11月8日日曜日

アルバイトが足りない 人材不足で変わる企業の戦略と変わらない人の幸福

様々な業界、業種でアルバイト不足の声が出ているようです。

日本においては、非正規雇用、とくにアルバイトを事業拡大の戦略とすることは難しい局面を迎えているようです。

アルバイトでも特に若年層は、少子化の影響で対象となる人口が減っていますからこれから状況が改善されることは難しそうです。

コンビニでは、名札に外国人の名前を非常によく見ますが積極的な移民政策を取らない日本が今後、自国都合の移民受け入れを行ったとしても海外の人の活躍の場となるのか大いに疑問です。

また、正社員とアルバイトの賃金水準の格差にも構造的な課題があるようです。

シンプルに考えれば、事業に必要なアルバイトが足りないのであれば、1.条件を良くして集めるか、2.アルバイトを減らす運用を考えるか、3.事業を縮小するか、の3つしか選択肢がありません。

1は、事業におけるコスト構造に関わる財務の問題です。2は、業務プロセスの問題です。3は、事業目標に関する問題です。

そして、それらは単独ではなく複合する問題です。

ですから、優れた利益構造と業務プロセスと適度な事業規模を持つ企業はアルバイトも順調に採用することができることになります。

一方、安い人件費と高い労働負荷によって利益を出し事業拡大と行う企業は、慢性的なアルバイト不足に陥るものと思われます。

ところで、これは事業者から見たアルバイトですが、アルバイトを行う人にとっては違う世界があります。

賃金は衛生要因である、と言われるように、人はお金のためにだけ働くわけではありません。

俗っぽく言うと「やりがい」というやつです。

「こんなアルバイトをやってみたい!」と思われる仕事にとって賃金が決め手ではありません。

そこには人の幸福感が関わってきます。

人の幸福とは簡単測れるものではありません。データを分析して「幸福の因子」みたいな統計結果も出せますが、それは個々の人にとっての幸福を表したものではありません。かつて話題になったブータンのGNH(Gross National Happiness)も今となっては色あせてしまいました。

「幸せ」であることは個人にとって大切なことですが、他者から見てどうこう言うことでは無いものなのでしょう。

そして「幸せ」は伝染します。

つまり、人々が「幸せ」に働く職場には、他者にとっても「やりがい」となる「幸福」があるのです。

アルバイトが来ないと嘆くなら、時間給を上げるより、まず自分達が「幸せ」に働いているのか振り返ってみて、「幸せ」に働くことを心がけると良いのではないでしょうか。


しあわせ








2015年11月7日土曜日

おべんとうに纏わるもろもろ

昨日のがちゃトークは「おべんとう」がテーマでした。

対話の中にいくつもの気づきがあったのですが、冷たいおべんとうと温かいおべんとうはジャンルが違うということ、作った人が見えるか、見えないかによっておべんとうの意味が異なるということは「食」を超えた社会的な視座への展開があったように思います。

例えば、崎陽軒のシュウマイ弁当は、冷えて美味しいことを考え、豚肉にホタテを混ぜるなどの工夫をこらしていること、それに比べてコンビニのおべんとうは電子レンジで温めて食べるのがデフォルトになっていることを通じてそもそものおべんとうと、いまのおべんとうの違いを実感することができます。

食べるものが温かいのか、冷たいのか、というのは生活の内と外と関わっているように思えます。

つまり、温かいものは内食で、冷たいものは外食である印象です。

冷たいものを食べる時、人は、自分が日常の外に居ることを実感するのではないでしょうか。それは、身が引き締まる瞬間であり、内を想う時でもあります。

寛ぐ、引き締まる、の違いですね。

さて、作った人が見える、見えないというのは食を「食べることを通じて繋がりを感じる」ことと「食べることで食欲を満たす」ことの違いがあります。

実は今日は、食べ物を持ち寄って公園での社員交流会を行ったのですが、自然と食べながらこの料理は誰が作ったのか、という話題が出ていました。

そして作った人が見える料理には、そうでないものに比べてより多くの感動があったように思えます。

おべんとうを温かいのか、冷たいのか、誰がつくったかわかるのか、わからないのか、そんなことを考えながら食べると日頃の自分が他者とどう関わっているのか見えてくるかもしれません。


公園入口

2015年11月6日金曜日

訪問動機の背景にある本当の動機 できる人できない人の違いがある場所

営業活動を行う人にとって、顧客との直接コミュニケーションは宝物です。

顧客に「知ってもらう」、「考えてもらう」、「買ってもらう」、「信頼してもらう」すべての局面がコミュニケーションの場でもあるからです。

一方、顧客にしてみれば、必要のないコミュニケーションは迷惑です。

仕事の最中に掛かってくる失礼な営業電話などはその最たる例です。

「◯◯さんから、吉田さんに電話です」
”ん?誰だろう?思い当たる人が居ないなぁ・・・”
「はい、吉田です」
「こんにちは、わたしは□□の△△と申します。今日は有利な資産運用のご案内で電話いたしました。吉田さんは現在、どのような資産運用をされているのですか?」
「すみません、そういうお話なら、いま、仕事中なので失礼します」
”なんでこっちが謝っているのだろう・・・”
「絶対、得をするお話なので是非、お聞きいただきたいのですが」
みたいに不毛なやり取りが続くので、同様の電話が掛かってくると取り次がないようのしてもらっています。(かつて、途中でガチャンと切ったら、立て続けに何回も無言電話をされたこともありました)

そして、コミュニケーションの迷惑さに敏感な人は、顧客とのコミュニケーションに及び腰となりがちです。

そこで必要になるのが「きっかけ」です。

ある会社では職域訪問を行うにあたり、ペットボトルのキャップ回収を行っていました。職場に回収用の袋を設置し、月に1回訪問し、回収します。その際に、営業活動を行うのです。

こうした「訪問動機」を作ることは、営業のアクションを誘発する目的においては効果的です。

多くの営業活動では、レポートを作りお土産にするなど、あれやこれや手を尽くして「訪問動機」作りに勤しみます。

さて、人為的に作った「訪問動機」を使っても、営業活動の結果には大きなばらつきが生じます。

そこには「訪問することが仕事」なのか「受注を獲得することが仕事」なのか、更には「顧客の期待を超える価値提供により貢献することが仕事」なのか、という仕事に対して個人が保持する態度が関わっていることは間違いありません。

つまり、ノルマとコミットメントの違いです。

ノルマにおける動機とは「訪問、受注するための動機」であり、コミットメントであると「顧客に価値を生むための動機」と利己、 利他の根本的な違いがあります。

「訪問」行動は、どのような形であれ相手の時間を奪う行為です。

しかし、相手の時間を通常業務より価値的な時間とすることができれば価値を与える行為になります。

そして営業成果をだす「できる人」は、顧客に「また会って話を聞きたい」、「困ったことがあったら相談したい」、「いっしょに仕事をしたい」と思わせる価値を与える行為の実践者です。

要するに、営業活動の結果は訪問することではなく提供する価値に比例している、ということです。


価値へ

2015年11月5日木曜日

組織は自己組織化する それではデザインが果す役割は?

相互に関連しあう要因があつまって全体としての性質をもつ系を「複雑系」と言いますが、今日の社会を構成する数々の場面は「複雑系」であると言われます。

1つの単純な原理から構造が表象するのでなく、複数の原理が干渉し合いながら認知可能な振る舞いを見せるのですが、「組織」にもその要素があります。

仕事の複雑さや構成メンバーの職歴、スキルなど多くの要因を抱えながら、全体的には「組織」が構造化され「らしさ」が生まれるのです。

ですから、成長期の組織にはあまり計画性が見えません。

一方、成熟期、転換期にある組織では、構造をいかに変えて経営目標にそった機能を発揮させるかが課題になります。

内部要因が複雑になりすぎて、外部要因(環境変化)と相互干渉的に振る舞うことが困難になるからではないかと思います。

そうなると既存の組織をぶっ壊す必要が出てくるのですね。

さて、急速な成長期にある組織で、手を入れる必要が出てくるのは何故でしょうか。

これは、初期条件の微細な変化がその後に大きな変化となる、という複雑系特有の動きとして見ると面白く感じます。

どんな化学反応が起こるかわからないけど、まず、アクションを起こしてみる。
上手くハマれば新たな組織の骨格が出現する。
やってみなければわからない。

これらは結果が出てから考えれば合理的であるものの、そうでなければ非論理的です。

このように組織に対するデザインとは、組織が発展するステージによって大きく異なります。


このデザインが果す役割は?





2015年11月4日水曜日

試練と承認 フィードバックを受けるときに考えるべきこと

大人になると気遣いと自立心の影響で子供のときのように頻繁にフィードバックを受けられなくなります。

他者からの眼によるフィードバックは、自己モデルを更新するうえでとても重要な役割を果すものですから、上手にフィードバックを受けることには大きなメリットがあります。

では、良いフィードバックを受けるためには、どのようなことを考えればよいのでしょうか。

以下に挙げてみます。

1.フィードバックする側にとっての負荷を考える

フィードバックを行う者にとって、どのようなフィードバックであっても実施する際は、それが受け入れられるか、効果があるのかわからず、試行錯誤が伴います。また、それは経験から学び取る、経験学習のサイクルであるとも考えることが出来ます。ですから、ちょっと逆説的に聞こえますが、フィードバックを受ける側には学習支援者としての態度が必要です。

2.自分が本当に必要とするフィードバックを考える

誰にでも経験があると思いますが、頑固な人に指導的なフィードバックを行っても効果はまず出ません。同様に、「自分は出来る」と言う効力感が強い人にも効果は出にくいです。立場上、謙虚な姿勢で拝聴していても、フィードバックが心に染みていかない限り効果は出ないものです。そして、そのような人には、丁寧なフィードバックよりも課題のほうが効果的です。「試練」によって課題を認知することがフィードバックを受け入れいる上で有効に働くのです。
フィードバックを無視したり、つい反発してしまう人に必要なのは困難な状況とセットになったフィードバックです。

一方、自分に自信の無い人は、フィードバックを過度に受け入れようとする傾向がありますが自己不信を強めるだけで、肝心の効果は出にくいです。そのような人にとって必要なのは、フィードバックとセットになった「承認」です。

3.体と心が整っているか考える

身体の状態と、感情や気分には密接な関係があります。忙しい、疲れている、ミスがあった、急いでいる、自分の業績が悪い、という時にフィードバックを受けても効果が薄いことは明白です。睡眠、運動、ヨガ、瞑想、座禅など何でも良いのですが、体と心を整えてフィードバックに望むと良いでしょう。

以上、良いフィードバックを受けるために考えるべきことを3つ挙げてみましたが、いずれにしても、受け身でない態度が大切であるようです。


アーユーレディ?



2015年11月3日火曜日

白地に何を描く? 街に、会社に、人に、歴史あり

最近、身の回りではマンション新築や大型再開発が盛んに進んでいます。中小の商店が廃業し、マンションになるケースや、大型の古いオフィスビルが耐震などの問題から建て替えるケース、2020年東京オリンピックを睨んでホテルを建設する大型再開発のケースなど
いくつもの背景が重なり合っているようです。

工事現場が増える、ということは至るところに仮囲いが出来ることになります。街中に出現する白く背の高い仮囲いは、生活者や歩行者にとってかなり強い圧迫感をもたらす、迷惑な存在です。

そこで白地の仮囲いに様々な絵や掲示が描かれます。特に、工事の中期以降に描かれることが多いように思います。これは、周囲への圧迫感を減らし、工事への反感を抑える効果を狙っての事でしょう。

さて、よく見ているといろいろなものが描かれていますが、その中でも私が気になるものはその場所の歴史に関する展示です。

そこには、「私達はこの場所の歴史を大切に考えています」というメッセージを強く感じるからです。

今日では、建設が地域との対立ではなく共生を目指していることを示すことは重要です。「自分さえ良ければ」という利己的な動機でなく、「地域に貢献する」といった利他的な動機を持つことは、社会にとって有益であり、当事者にとっても有利な生存戦略ですから賢い建設会社が増えることは良いことです。(最近の杭打ちデータ流用問題を見るに、本当に「賢い」かは大いに疑問ですが・・・)

何かに敬意を払うには、そのモノが持つ過去、歴史も尊ぶ姿勢が必要になります。つまり、「これまで」を知ろうとする態度です。

仮囲いの掲示だけでなく、会社の沿革、履歴書など、「これまで」に関する記述は世の中に多くあります。

仕事の場面では、実績から能力を推測することが多くありますが、まず相手を知ろうとする態度を持つか否かは、その後実際の仕事に大きく関わってきます。

「これまで」を知ろうとする態度無しに、宣伝や自己PRを繰り返す姿勢からは共生関係は見えてきません。

昔、「白地に絵が掛ける人を採用したい」という企業がありましたが、新規事業や新商品開発の発想が主で、他者との新しい出会いという白地に何を描くのかについての言及はありませんでした。

そういう会社は得てして相手をよく知ろうという意識が組織的に低いように感じます。

仮囲いに描かれた地域の歴史に、「生み出したい関係性」が写しだされているように、どんな関係を築きたいかによって白地に描くもの決まってくるのだと思います。



これが好き


その他1


その他2






2015年11月2日月曜日

ルールを変えるのは誰? ルール生成ルールの生成ルールをメタに考える

仕事をしていると様々なルールに沿う必要が出てきます。

法令に則ったルールから、明文化されていない掟みたいなルールまで千差万別ですが、ルールによって、社会性や組織的活動が合理的に維持されていることは間違いありません。

さて、ここで疑問が湧きます。

疑問に思うことは、ルールを決めたのは誰でルールを変えるのは誰か、ということを決めているのは誰か、ということです。

さらには、その誰かを決めるのは誰なのか、ということです。

例えば、会社の就業規則を最終的に決めるのは取締役会やその中心者である代表取締役ですが、その権限を与えているのは会社法です。

そして、その会社法を管轄するのは法務省で、その法務省の長が法務大臣で・・・みたいに、日常に規律を与えるルールをメタに捉えると意外と奥が深いものです。

それでも明文化されたものは辿りやすいのですが、明文化されていないものは実態が掴みにくものです。

会議における発言は、その良い例でしょう。

誰が発言するのか、どんな発言をするのかには暗黙のルールが存在します。

そのルールを場の空気が決めているとき、一方でその場の空気を決めるルールがあることにはなかなか気づけません。

特に文化性、国民性、地域性など世代を超えて継承されているルールは認知し難いものです。そしてその中には個性も含まれます。

ルール生成しているルールを生成するルールがどこにあるのか、ルールを変えるために必要な視点です。


これもルール





2015年11月1日日曜日

ブログを1,000日書き続けてわかること

2013年2月6日から毎日、ブログを書き続けて今日で1,000日目になりました。

そこで今日は1,000日書き続けてわかることについて記そうと思います。

さて、ブログを書き始めたきっかけは、格好良く言うと「役割の変化と自分自身への成長への期待」です。

役割の変化は、ちょうど書き始めるころに4月以降の組織体制検討の中で、社長を交代するとを決めた時期でした。

社長在任中は、前社長の退職、リーマン・ショック、東日本大震災と3つの大きな出来事と公私含め、それらとも無縁ではない数々の変化、決断に晒された日々でした。

その時期は、とにかく目の前の出来事への対応が多かったように思いますが、様々な危機的状況をいかに乗り越えるのか常に仲間と議論していました。

もちろん、今も日々が戦いであることに違いはないのですが、自ら決めた役割の変化は自分を変えるためには絶好の機会でもあります。

そこで、それまでに無かった習慣を獲得するために始めたのがこのブログです。

さて、「1,000日書き続けてわかったこと」です。

その1 継続することは自分への報酬である

新たな習慣をブログにした理由は、書き始めて1年目のブログにも書いていますが、多くの素晴らしい個人のブログに触れていたこと、「言うは易し、行うは難し」で情報発信も自分でやらなきゃ何もわからないと気づいたこと、1日1つテーマをもって頭を働かせることでした。

ですから、1,000日目はゴールでもなければ中間点でもなく、単なる1回に過ぎません。

しかし、1,000日続いたことは単純に嬉しいです。そこで、続けたことが自分へのご褒美になっていることに気づきました。

その2 良質なアウトプットには良質なインプットが必要?

やはり良いインプットがあると良いアウトプットが出しやすいことは間違いないようです。度々お邪魔するMALL(経営学習研究所)自画持参などはこの良い例で、素晴らしい気づきがデザインされた場における体験は良いアウトプットの芽(すでに「実」かもしれない)と言えるでしょう。

一方で、アウトプットをするうえでインプット依存になってはいけないこともわかりました。良いネタ探しを始めるとやはり毎日続けるのは困難です。

また当然ですが、関係者に迷惑をかけないことは大前提ですから、日常はネタにしてはいけないことばかりです。

となると、大切なのは良いインプットの定義です。

先日、とある方から、かつて「エンジニアにとって大切なのは、道に咲く花を美しいと思うこと」という指導を受けたことがあるというお話をお聞きし、ハッとしたのですが、良いインプットとは、良いアウトプットのために行うものでなく、常日頃、そこにあるものを良いインプットに換える意識であるようです。

何にでも興味を持ち、面白がり、心から楽しむ。

ブログ云々ではなく、良い仕事をする人の共通点かもしれません。

その3 「書き続ける」とはルーチン化を指しているのではではない

書き続けることが目的化していくと、本質的でなくなります。

例えば、テーマの事前準備。

ブログを書き始めるときにまず、悩むのが何をテーマに書くかです。

実は、思いついた時にテーマとポイントを書いておいて、後日ブログにするということも挑みましたが、いざ、書こうとPCに向き合うとどうにも進まないのです。

要するに、気づきと本質への向き合いというのは前もって与えられるものではないのでしょう。それがたとえ自分が取り上げたものだとしても、です。

もちろん、自分の中で熟成しているテーマもありますが、それは、ブログに書くことが目的ではありません。

その4 健康であることは幸運だ

この1,000日間に風邪をひいたり、インフルエンザに感染したりせず過ごす事が出来ました。また、大きな怪我もせずに済みました。

振り返ってみると、ブログを毎日書き続けられたことより、毎日が健康であることのほうが有り難いことであることは間違いありません。

その5 最後は感謝しかない

ブログを書き始めると、健康であった自分も含め、自分を投影する鏡になってくれる多くの方(リアル、バーチャル含め)との出会いが自分を成長させてくれることにすぐに気がつきました。本当に全てのモノ(者、物)に感謝です。

では、自分が本当に成長しているのか、と問われると、前に進んだつもりが実は後退していたりというのが実態だと思います。

以前のブログ読み返して、「あ、こんな良いこと書いてるじゃん」と思うこともあり、そんな時は恐らくその時点から後退しているのでしょう。

ということで、これまで、いま、そしてこれから、が日々続いていきます。


さあ、次へ