2015年9月30日水曜日

人工知能を事業に活かすためにまず取り組まなければならないこと

昨日参加したWIRED A.I. 2015カンファレンスで、登壇した経産省の井上博雄氏は日本の国際競争力の低下と少子高齢化という課題の解決に人工知能の活用を推進したいと言っていました。

一方、PEZY Computingの齊藤元章氏は、今後のハードウエア開発に関して強い信念と予測を展開し、今のスーパーコンピュータ(京)の100倍の性能を持ったスーパーコンピュータを2021年頃に開発すると宣言していました。
これは汎用人工知能(AGI)の実現にとって必須なことである一方で、今後、武力などは無力化し、保有するスーパーコンピュータの能力=国力となるという説も展開されています。

さて、どうなるのでしょうか。


ところで、社会的課題解決の困難さ、重要性と急速な技術的進化の狭間において一番遅れているのが産業界の取り組みかもしれません。

人工知能を使ってどのように儲かる仕組みを作るのかを真剣に考えているのか、ということです。

IT系企業では、人工知能に対する意識がやや高いように思いますが、非IT系企業においては、良くて興味があるといったレベルです。
そして、まだまだ、イノベーションやクリエイティビティは「人固有の能力」として先鋭化する人材開発に力を入れているのが実態だと思います。

さて、今描かれているような人工知能が本当に実現するかといえばそれはわかりません。

過去にも人工知能はブームがあって、結局モノにならなかった実績もあります。

しかし、人工知能を実現しようとする技術が複合的に進化している実情を目の当たりにすると、何某かの変化が社会に到来することは間違いないでしょう。

ポイントは、神戸大学の松田卓也名誉教授が述べていた、「乗り遅れた国は発展途上国に転落する」ということです。

これを企業の文脈に変えると「乗り遅れた企業は消滅する」ことを意味します。

5年後、10年後、そして20〜30年後の話ですからそれほど先のことではありません。

となると、人工知能を取り巻く領域にネットワークを持ちアクセスできる人材を企業内に確保することは、重要性、緊急性の高い課題と言えます。

大切なのは乗り遅れないことですが、そこに必要な知識や関心は、人工知能だけではなく、業界ナレッジ・自社のノウハウ+認知科学(心理学、人工知能、言語学、人類学、神経科学、哲学)の幅広い視野とそれらを結びつける力です。

そして、それらを保有する人材を新たに確保することは極めて困難であると言えるでしょう。

とは言え、出来ることはあります。

出来ることは、自組織内に該当する人材が居るかどうか確認することからはじめ、同時に自己革新できる自律人材には成長の場を与えることです。

しかし、最初に取り組まなければならないのは、「経営陣の意識変革」というのがありがちな今日のオチです。


次はどこ? そうやって知らないうちにあなたの事業が狙われている



2015年9月29日火曜日

人工知能研究における日本人と外国人の違いを考える

今日の午後は、雑誌WIREDと経産省が主催するA.I. 2015というカンファレンスに参加していました。

有料(結構、いい値段。もちろん、「学びは自腹」です)なのに、500席があっという間に完売するという非常に注目度の高いカンファレンスです。

広い会場も満員で、静かな熱気に包まれていました。

肝心のA.I.(人工知能)に関しては、様々な気づきがあり、まだまとめきれていませんが、大きなテーマは「汎用人工知能」に関するものでした。

この「汎用人工知能」は、ビッグデータを集めて「専門性を設計」する「特化人工知能」に対して、「専門性を学習」するという違いがあるそうです。

また、特化人工知能が「大人の人工知能」であるのに対して汎用人工知能は「子供の人工知能」という喩えも用いられていました。

さて、語りきれない内容に対して、日本人と外国人のカンファレンス講演者に対する印象の違いは明確です。

外国人の講演と登壇者は以下の2名でした。
「シェフ・ワトソンと創造性の未来」ラヴ・ヴァーシュニー(イリノイ大学)
「AI社会の未来図」ベン・ゲーツェル(AI研究者)

この2名の印象は、「強い信念と確信と子供っぽさを持っている」ことです。
A.I.の研究、活用にとてもポジティブに無邪気に取り組んでいるのです。

こんなことやってこうなった。だからあれもこれもできる!(どうだ!)

といった感じです。

もちろん、研究の実績やトップランナーとしての自負があるのでしょうが、ラブ氏は、講演終了時に、圧倒的かつ具体的な内容に聴衆の理解が追いつかないでいることが不満であるかのような表情さえ浮かべていました。(聴いている方は、あれ、終わったの?って感じ)

一方、日本の講演者は、完全に研究で出遅れていることもあってか、「このままじゃまずいぞ」という雰囲気を醸し出しながらも、自分の専門的な領域を語っている印象でした。

ちまちま、どうすべき、何をやるべき、あーだこーだ、で、これをやっている(すごいのよ)

という感じです。

数日前、「日本人は決断が遅い」というブログを書きましたが、まさに、外国人のプレゼンとの対比において、価値信念が弱くと感情のメリハリが無くと行動傾向に劣る(具体性が薄い)印象を受けてしまうのです。(これで、ほんとうにこれから巻き返せるのかなぁ・・・)

振り返って自分はどうなんだ?と内省すれば、日本人的であることは明白だと思いますから、

こんなことやってこうなった。だからあれもこれもできる!(どうだ!)

という態度に自己革新していきたいと考えた、今日のカンファレンスでした。


どうだ!的な


2015年9月28日月曜日

いまだけの空。 一極集中の都心に物思う

会社がある東京都中央区京橋の周囲に位置する銀座、日本橋、八重洲地区では再開発が盛んに行われています。

もともとあった大きなビルが解体され、周囲の地域とあわせて更に大きなビルに生まれ変わるのです。

解体された直後は広かった空も、やがて以前よりも狭く閉ざされていきます。

空はいまだけのものです。

そして再開発後のビルの中で多くの人が仕事に向き合うことを考えると、付近一帯に何万人が働いているのか気になってきます。

特に人の多さを感じるのは、夕方の退社時間です。

大規模なコンサートに行くと、退場制限をかけて出口に観客が殺到することを防いでいますが、退場制限のないオフィス街で多くの人が粛々と帰宅していく様子は芸術的でもありますし、満員で混雑する電車に淡々と乗って帰宅する様子は修行のようにも感じられます。

住宅と職場の距離がなかなか縮まらない一方で、オフィスとオフィスの距離はこれまでよりもさらに縮まっていることで、この状況はさらに激しくなるのでしょう。

2020年の東京オリンピックが開催されるとき、街と人の仕事と暮らしがどう変わっているのでしょうか。

そのとき空はどのくらい残っているのでしょうか・・・



今だけの空






2015年9月27日日曜日

経験学習サイクルの適性について整理する

社会人の学びは、学生の学びと異なり、仕事における実践と密接に関わっています。目の前の職務を果たし、力をつけて新たな、より高度な職務を遂行していくためには仕事の中で学び続ける必要があるからです。

経験を通じての学びで有名なのが「経験学習サイクル」(コルブ・1984)です。

経験→省察→概念化→実践の4段階のサイクルを回して学び続けるわけです。

さて、学習サイクルも行動習慣ですから、人によって得意不得意があります。自然と出来る人、努力によって獲得する人、努力を避ける人、まったく苦手な人です。

特に、知識獲得の学習と違ってつねに他者との関わり、軋轢、葛藤に直面しますから、対人ストレスやオープンマインドさに弱みを持つ人には困難なサイクルです。

また、本質や要点に焦点をあてるためにはメタ認知による気づきが必要です。例えば、より上位の仕事(マネジメントや経営など)に対すつ興味、関心があってはじめて気づく仕事の本質もあります。

自分の力を発揮したい、内発する動機と他者本位の姿勢を大切にすることはサイクルを回し続けるエンジンです。

整理すると、経験学習サイクルには、大きくは対人特性、思考の習慣、動機や価値信念において適性が生じると言えるでしょう。


水位が高い




2015年9月26日土曜日

日本人はなぜ決断が遅いのだろうか? 決断を速くするために変えることとは

このところ、いくつかの場面で欧米の企業人の方がグローバル社会において「日本人は圧倒的に決断が遅く、それは大きなウィークポイントである」といった話を聞くことがありました。

では、欧米の企業ではどのくらい早いのか、と言われると実態を知らないので個人的には真偽が定かで無いのですが、日頃の生活や、仕事をしている中で決断が遅いと感じることが少なくありませんから、とりあえず、決断が遅い前提で考えてみます。

「決断が遅い」ことを「態度」として分解すると
価値信念要素・・・決断はじっくりと時間をかけるべきだ、すべき人が行うことだ
感情要素・・・・・決断することが好きではない、決断で失敗したくない
行動傾向要素・・・自分から決断しない
となります。

価値信念要素としては、「儀式化」の問題がありそうです。
例えば、TVの保守的な番組では、「始まりの宣言」「お膳立て」「真打ち登場」「決め台詞」「解決」「大団円」といった決まった流れがあり、ひたすらそれを繰り返しています。

この日本人に根差した価値信念要素がどこから来ているのかわかりませんが、「儀式化」から「戦略化」へ転換しないと決断は早くならないでしょう。

感情要素としては、「他人事化」と「責任の回避」の問題があります。
常に批評的(自己批判も含まれます)な立場が好きで、自ら責任を取る自律性の欠如です。
これは、生育過程の安定的環境において自律性が求められていないことに起因するものでしょう。過干渉、過保護といった状況がありそうです。問題解決症候群(妹尾堅一郎 1994)ありますが、社会の過剰サービス化も大きいのではないかと考えています。

行動傾向としては、「予定調和的な社会的雰囲気」の問題があります。
他の人に合わせた行動傾向です。

「決断が速い」へ「態度」を変えるためには
価値信念要素・・・決断は速いほど良いものであり、立場は関係ない
感情要素・・・・・自ら決断することが好きで失敗を恐れない
行動傾向要素・・・周囲に合わせるのでなく自分が決断する
となります。


頑張れニッポン



2015年9月25日金曜日

キャリアとスキル 違いの本質は何?

人材の育成に取り組む企業においては、まず、間違いなくキャリアプランが準備されています。

仕事に取り組み、成果を出し、さらに上位の仕事に就こうとする人に対してその機会が準備されているのです。

一方で、新たな能力を獲得したり、高めたりする手段も準備されていることが多いようです。

経営者にとって、従業員のスキルアッププログラムは人的資本の強化になりますし、従業員にとってみれば自分のキャリアを開く基盤作りになり、双方にメリットがある仕組みです。

このように、キャリアとスキルは一見すると密接に関わっているように見えますが、根本的には異なるものだと考えます。

キャリアやキャリアプランとは社会に準備された枠組みです。

一方、スキルはどこまでも個人に付帯するものです。

例えば、「人間国宝」というキャリアは当人が亡くなっても残りますが、その人が持っていた技能は失われます。

一方で、スキルという技能を活かすために社会にはキャリアという足場が必要です。スキルはキャリアによって引き出されるのです。

逆に、キャリアプランがあってもスキルを持った人材が居なけれな意味を持ちません。

全く違うものなのに、2つが揃って初めて営みとなる。

このことを忘れると、キャリアプランもスキルアッププログラムも絵に書いた餅となってしまいます。


環境と人 の問題



2015年9月24日木曜日

成長にまつわるパラドクス 

仕事の場面において何をもって成長とするのか悩ましい問題です。

というのも、仕事において準備されているレベルアップのステージは多様だからです。

企業によっては、複線型人事制度の導入で組織内に多様なキャリアステージを準備することで人材の成長と活躍の機会を提供していますが、多くの場合、制度よりも実態は複雑なようです。

つまり、実態に合わせて成長を捉えようとすると個の単位まで能力発揮の状況と仕事が行われる場所の特性を特定する必要が出てきます。

これは現実的ではありません。

一方、仕事の定義(ジョブディスクリプション)において成長を捉えようとすると、仕事の成果を測る必要が出てきます。

仕事の成果は、事業環境に左右されますから、「本当に成長しているのか?(成長してないのか?)」という疑問が湧いてくるのです。

キャリアのステージで考えれば、リーダーの仕事をする新人、課長の仕事をする係長のようにひとつ上のステージの仕事をするようなり、スキルのステージで考えれば、見習いがチーフの仕事を出来るのようになるなど、ワンランクアップの仕事をする=成長の証と言えますが、キャリアにおけるランクアップは「ギアチェンジ」であるのに対して、能力発揮の内容が変わるのに対して、スキルの場合は「レベルアップ」として能力を極める方向と質の異なる成長です。

さらに、勤続年数が増えると、指導、育成といった観点での「成長」も入ってきますが、これらの成果は対象者の能力や相性に大きく左右されるものです。

単純化すると不透明になり、具体化すると焦点が合わない・・・成長にまつわるパラドクスのひとつです。


スーっといこう

2015年9月23日水曜日

モラルなきソフトウエア開発に未来はあるの?

独フォルックスワーゲン社が、自社のディーゼルエンジン車にアメリカの排ガス規制逃れをするためのソフトウエアを搭載していたこと認めたというニュースが大々的に報道されています。

通常走行時には、排ガス中の環境汚染物質が基準の10〜40倍にも及ぶそうですから、業界をリードする立場にある同社の姿勢には驚きを隠し得ません。

一方、スマホ利用者にとって「XcodeGhost」という深刻な問題も発生しています。

Appleにより認証されたソフトウエアに不正なコードが埋め込まれていることが発覚したもので個人情報が抜き取られる危険性があるそうです。

少し前には冷蔵庫がハッキングされるというニュースも流れていました。

現在、コンピュータとそれらを繋ぐネットワークは生活の深い部分にまで及んでいます。かつては、精密機械によって制御されていたエンジンもコンピュータ制御となり、家電製品にもコンピュータが搭載されています。

データを制御することに関して、ソフトウエアに不可能なことはありませんから、社会はコンピュータへの依存の高まりとともに、悪意のあるソフトウエアの影響を大きく受け、不都合な出来事が増えることと向き合っていかなければならないのでしょう。

この手の問題は、以前から存在していました。

しかし、このところ起きているのは、フォルックスワーゲン、アップル、サムソンといった世界のトップブランドでの問題ですからとても深刻です。

本来であれば、先進のケースとして扱われるべきそれらの企業のモラルの失墜は未来に暗い影を落とすものです。

何故なら人工知能(AI)、ロボットといった高度技術が急速に進歩しているからです。

これらの技術も全てソフトウエアで制御されています。

実は、ソフトウエア開発におけるモラルの問題は、「人の問題」です。
前述した企業の経営者やマネジャー、開発者は、間違いなく優秀で高学歴で高水準な生活をしている人たちでしょうが、組
織において重大な「人の問題」を抱えていることは明白です。

高度技術の過渡期である今にうちに、この「人の問題」に取り組まなければなりません。


人の問題

2015年9月22日火曜日

人材の登用・任用のキーポイント

事業目的の達成に向けて、必要とされる職責を果たし切る人材をマネジメントのポジションに登用・任用することは重要な采配です。

能力、意識、コンディションなどを適切に把握し、職務の内容と照らし合わせて最善の采配が行えれば良いのですが、実際には、様々な事情によって人選が行われるケースが非常に多い(というよりほとんど?)ようです。

さて、今日のマネジメントでは、不確実、流動的、複雑な状況の変化に向き合って、現象から事実を取り出して構造を見出し、本質課題を設定し解決に立ち向かうサイクルを常に回し続けることが求められます。

これは有期性と独自性が定義されるプロジェクト・マネジメントと大きく異なるものです。

この、マネジメントサイクルを回し続ける能力、意識、コンディションは、一様ではありません。なぜなら、置かれている環境の変化が一様ではないからです。

もちろん、一定の基礎(ベース)となる、能力、意識、コンディションが必要となります。

具体的に言えば、課題や目標を達成できるという根拠のある自覚、未経験のことでも挑み達成しようとする意識、達成を阻害するメンタルの弱さ・機敏な行動力の足りなさが無いこと、そして経験学習サイクルが稼働していることです。

そのうえで必要になるのが明確な強みです。

そして、この明確な強みこそが、登用・任用の采配を行ううえでのキーポイントとなります。組織は人材の強みを束ねて価値を生み出す場所だからです。

セルフアセスメントと行うと、何でもできると回答する人がたまに居ますが、そういう人は実際には活躍できません。こうしたメリハリが無い高い自己肯定感は、自分は何が出来るのか、出来ないのかという気づきの無さの表れであり、自己不信感同様、大きな減点となります。

組織における強みとは、追従・自律(フォロワーシップ)、率先(リーダーシップ)、統率(マネジメント)、事業企画(ビジネスプランニング)、指導・育成(ヘルピング)、規律(ディシプリン)、規範(ガバナンス)、革新・創造(イノベーション)です。

まとめると、登用・任用においては、基礎(ベース)と8つの強みの状態を把握することがキーポイントです。


強みは?




2015年9月21日月曜日

連休中に何をしていますか? リフレクション(内省)をするときに覚えておきたいこと

”所与の目標を達成するために必要な、限られた資源の支出が最小限であること”
「キリギリスの哲学 ゲームプレイと理想の人生」バーナード・スーツ著川谷茂樹・山田隆裕訳より

これは、「効率化」の定義として前出の書籍に出てくる言葉です。

仕事をするうえで、「効率化」は常に命題として存在します。

いかに無駄を減らして仕事を進めるかは、資源の支出=費用の増加を防ぐことが出来るからです。

経営の4大資源と言われる、人・物・金・情報は限られた「資源」であり、出来るだけ消費を抑えようとする一方で、事業を行う基金「資本」と捉えれば、事業の安定、拡大に向けて増強すべき対象となります。

さて、この資源と資本の関係は、一人ひとりの日常においても同じ問いを投げかけてきます。

今日、この1時間を何に使うのか、この1万円を何に使うのかという問いです。

例えば、休みの日にショッピングに行って少しても安いものを買う、というのは支出を最小限にしようとする行動ですし、休みの日は、本を呼んだり、普段会えない人に会ったり、芸術に触れたり、スポーツで身体を鍛えるのは、アイデンティティ・キャピタル(自分自身という資本)の増強に該当します。

この、個人における「資源」と「資本」の対立は、多くの部分がパーソナリティ特性に由来するものです。

また、「資源」と捉える傾向の人と固定的知能観(能力は生まれ持ったものという観念)を持つ人、「資本」と捉える傾向の人と成長的知能観(能力は獲得されるものという観念)を持つ人という視点で周囲を眺めてみると多くが一致します。

もちろん、人の行動は「資源」か「資本」かという二元論ではありません。

常に人はその両方を意識した行動をとっています。美味しい料理を食べて心身をリフレッシュしながらもコストパフォーマンスを測っているのです。

大切なことは、効率化優位、増強化優位、はたまたその間を行ったり来たりと「自分は肝心な局面でどちらを選択しているのか」に気づくことです。


アイデンティティ


2015年9月20日日曜日

言葉にするのは難しい「本質の伝わり方」について

小説や漫画などが映画化、TVドラマ化されたとき原作の印象との違和感に戸惑うことが少なくありません。

特に、原作が好きであるほど、その違和感は大きく感じます。
むしろ原作を読んでいないほうが、映画やドラマを楽しめます。

実は、先日観劇した蜷川幸雄演出・村上春樹原作の「海辺のカフカ」の舞台では、この違和感を感じることがまったくなかったので、あらためて日頃感じるの事の多い「差」に気づいたのですが、原作と、原作を脚本化した作品の間にある「差」とは何なのでしょうか。

原作であれ、舞台、映画、ドラマであれ作品から受け取る印象は内面的なものです。

ですから、「差」は人の内面に存在するものです。

批評家はこの「差」を論評として言語化するのですが、これは、他者の内面の「差」であり、共感は得られるものかもしれませんが「私の差」ではありません。

もともと、原作では作者の頭のなかにあった伝えたいことが文字によって外化され、それを受け取った側の内面で再構築されたもの、要するに、伝えたいことの本質のバトンタッチが行われているのですから、そこに更に、脚本家や演出家などの第三者が介在すれば伝言ゲームのように本質が変質していくのでしょう。

ですから、「海辺のカフカ」のように「差」が感じられない(本質がズレなく伝わっている)ということは、脚本家や演出家が正しく本質を理解し、外化しているからだと考えられます。蜷川さんがいかに偉大な巨匠であるかが良くわかりました。

さて、この本質の伝言ゲームは日常的な仕事の場面でも多く見られます。

例えば、顧客の課題ヒアリングにおいても、課題の本質を正しく理解、外化していないとそれを聞いた他者には間違った本質が伝わることになります。

つまり、自分が本質の受け取りての最終ランナーであれば問題はないのですが、そうでない限りは、本質の理解とその外化に全神経を集中させる必要があるのですね。


これは石垣島の海岸に漂着するゴミ・・・本質は伝わっているか?





2015年9月19日土曜日

女性の家事力から考える「女性活躍」議論の本質

先日、会食の席で男性陣の話題に上ったのが料理を作りときの女性の能力の凄さについてでした。

何が凄いと感じるのか、というと、料理が出来上がると同時に、料理を作った鍋などの片付けが終わっていることです。

会食に同席した女性にしてみると、それは当たり前で驚くに値しないこと、といった印象でしたから、料理を作りながら片付けを行う能力に対する認識は男性と女性で大きく異なるようです。

一方、男性が料理を作ると、終わったときに調理器具などが山のようになっているというのは場の一致した意見でした。

さて、実際に料理を作りながら片付ける行動は、男性の私にも習得可能なものでした。意識づけと手際を覚えれば料理が出来たときに片付けが終わるようになったのです。

その事実を鑑みるに、能力発揮にとって重要なのはスキルよりも、料理を作る一方で片付けをするという発想、着想が自然に備わっていることであるように思えます。

ところで男性の発想で、料理を作るときは、作る人、片付ける人など、手順と役割を分けたほうが効果的になります。一つのことに集中することが自然だからです。

これは今の組織の構造や仕事の進め方と類似しています。

もし、男性的発想、着想が組織や仕事の多くを根本にあるのだとしたら、今日盛んに行われている「女性活躍」の議論はいささか古風で懐古主義的なのかもしれません。

大卒学生の採用活動で男子学生よりも女子学生のほうが優秀だという話はよく聞きます。
それがどこから「女性活躍の議論」となってしまうのでしょうか・・・


影か



演劇のチカラを考える

以前、受講した研修で、即興演劇(インプロ)のセッションがありました。

自分をある状況のある立場において即興でその役割を演じる、そして、その経験を通じて役割や自分の本質に向き合うという目的であったようです。

さて、今日、プロの舞台を見てきました。蜷川さんが演出している「海辺のカフカ」という舞台です。

当たり前ですが、プロの舞台は、研修で行う「演劇」とは次元どころか、真理が異なっているように感じます。

プロの舞台から感じることを箇条書きにすると、

・演出の凄さ(素人には思いつかない世界観)
・シーンの美しさ
・隙の無い演技
・役者の個性

といった感じです。

一言で言ってしまうと「感動」なのですが、その実際を言葉で伝えることは困難です。

自らの経験を掘り起こすこと、気づくことと、見たことのない世界に触れる感動の違いなのかもしれません。


プロ

2015年9月17日木曜日

捕らぬ狸の皮算用 頼れる人とあてにできない人の違いとは

事業活動を行う中では、ここ一番で頼りになる人と、あてにできない人が出てきます。

わかりやすいのは、営業活動における予算達成の場面ですが、それ以外でもプロジェクトのクロージングであったり、問題が発生したときの対応なども同様です。

さて、目標達成や問題解決に確たる道筋が見えないときに頼りになる限られた人は分野が
違っていても共通点があります。

その共通点とは、
1.隠し球をもっている
2.執念深い
3.瞬発力がある
です。

「隠し球」とは、事前の仕込みです。
何かことが起きてから動いているのではありません。ことが起きたときに役立つネットワークを持っているのです。

「執念」は、まさにその通りなのですが、動機の所在は「やりがい」「こだわり」といった内発的なものです。つまり、外部から動機付けする必要はない、ということです。

「瞬発力」は、「普段からは想像もつかないような瞬発力」であることも珍しくありません。割とのんびりとしたタイプなのにビュッと瞬間移動のような動きをしたりします。

一方、あてにできない人には、この要素がありません。
これらは先天的な要素もありますが、後天的な要素も多くあります(ネットワークや内発的動機)から、誰でも努力次第で「頼れる人」になることができます。

「あてにできない人」とはむしろ、この努力をしない人なのでしょう。


頼れる人は誰?






2015年9月16日水曜日

「FACT」を偽る 行為の背景に潜むものとは

本当は◯◯億円の損失だったとか、主催者発表◯万人とか、1億 人が◯◯といった話をここ数日、ネット に限らずニュースでよく見聞きします。

信念、信条を持って発言、行動することは大切ですが、明らかに事実と異なる数字を使うことは感心できません。

「FACT」を偽る行為には当事者にとって都合の良い状況を演出する意図があります。

逆に「FACT」を語ることは都合が悪いことを示しています。

さて、「FACT」を偽る行為の背景には、虚構性、心理的防衛、錯誤、利己性が潜んでいます。

「虚構性」は、自分をよく見せようとする気質です。
「心理的防衛」は、自分の心理的な弱点を隠そうとする姿勢です。
「錯誤」は事実の誤認、もしくは正しく事実を認識できない状態です。
「利己性」は他者や全体的な利益よりも自分のメリットを強く追い求める気質です。

回答形式の検査においては、「虚構性」「心理的防衛」「錯誤」が高いと妥当な結果として信頼されません。
また、「利己性」は社会的な関係においては信用を損ねる要因のひとつです。

結局、「FACT」を偽る行為には、その人の本質が潜んでいて、決して「仕方なく偽った、その場か限りのこと」ではなく習慣的に繰り返すものです。

「うそも方便」ということわざもありますが、歴史的には、「FACT」を偽った結果には多くの代償が払われていますから、自分の気質に流されず、「FACT」を大切にすることは社会に多くの利益をもたらす行為なのです。


事実はぶどう


2015年9月15日火曜日

同質化する「問い」から気づくこと

ヒアリングや面接で「ん?それはどういうこと?」と頭に浮かんだ疑問を寸分違わず同席者が聞いてくれることがあります。

横で「うん、うん、それ、それ」と心の中でうなづきながら応答を聞いているのですが、同席者の口は自分のものではありませんから、同席者が自分と同じように文脈をとらえて質問していると考えられます。

このように、日頃の仕事や会議を通じて、組織の中ではそれぞれの文脈が交換、共有され、同じ問いを立てるようになることは珍しくないでしょう。

一方で、同じ問いが立つ状況とは、文脈の背後にある、意味化の仕組みに何が起きているのでしょうか。

考えてみると3つの現象がありそうです。

1,共鳴・・・考え方が共鳴している
2.複写・・・(早い話が)モノマネ
3.再生・・・同じことを繰り返す

これは人が自然と身に付けている仕組みですから、ハッとするような問いを立てるためには、オリジナルな自分を鍛錬する必要があります。


異なる問い



2015年9月14日月曜日

理念の浸透に必要な3つのツボ

乾いたタオルに水が染み込むように理念を浸透させたい。

理念を掲げている会社で、このように考える経営者は少なくないでしょう。

では、なぜ理念が浸透しないのでしょうか。組織構成員の立場には3つの障害が存在します。

1.反発・・・良かろうと悪かろうと押し付けられると反発したくなる(リアクタンス)
2.他人事・・・自分は自分、他人は他人。自分とは関係ないというスタンス
3.理解不足・・・よく知らない、意味不明な呪文化

この3つの障害を取り除かないと理念の浸透は困難です。

取り除くアプローチはそれぞれ違います。

1.反発を取り除く・・・新たな学習が起きる場合につきまとう学習不安や外圧からの回避、闘争の根源にあるのは、無意識に自分の快適空間を守ろうとする姿勢です。自分の殻を破るには他者のポジティブな力も必要ですから、共に殻を破る仲間の関わりが大切になります。学習の促進には強い生存不安を与えて強制的に破らせる方法もありますが、それは浸透でなく強制となります。

2.自分事にする・・・他人事を自分事にするには、理念を内化して外化するプロセスが重要です。リフレクションとダイアログを通じて行ったり、当事者として逃げ道を断ち、強制的に行為を引き出すことなどが該当します。

3.理解を促す・・・言いくるめる、説得するという方法もありますが、一番良いのは、「あ、そうか!」というアハ体験です。うまくハマると勝手に自己解決してくれるだけでなく、ポジティブな感情も促進されます。

まとめると、「啐啄」「内発動機」「ひらめき」が理念浸透には欠かせないのです。


どんな努力をするのか、それが大切



2015年9月13日日曜日

キャリアって誰のもの?

大学を卒業して銀行に就職したとき、配属された支店には非常に優秀で意欲のある2年上、一年上の先輩が居ました。

その支店での経験は4年ほどでしたが、その期間中にも先輩たちは素晴らしいい業績を上げていたことを記憶しています。

特に2年上の先輩は、中堅の行員に比べても遜色ない、というかそれ以上の活躍をされていました。

1年上の先輩はとても行動的で真面目に仕事に向き合っていましたが、2年上の先輩は既に仕事のコツを掴んでいるように見えました。

入社後一年間の経験の差はとても大きいものですし、2年上の先輩も相当、努力をされたのだと察します。その一方で、その方の父親が銀行の支店長であることも活躍の源泉にあるように思えます。

独立行政法人経済産業研究所が「幼少期の家庭環境、非認知能力が学歴、雇用形態、賃金に与える影響」(2014年03月)という論文を作成しています。

育った家庭環境が社会人になってからのパフォーマンスのみならず、雇用形態や賃金格差に結びつくという研究です。

この論文を読んで思い出したのが、前述の2年上の先輩のことでした。

一方、その後、自分は銀行の仕事を離れ実家の仕事に就いたのですが、下町の商店主を親に持つことと無縁ではないように思えます。

キャリアとは、とかく「自身の私有物」であるように思われますが、本当にそうなのでしょうか?

とある会社の採用では、「酒屋の息子を探せ」と言われていたそうです。

これは入社前に形成されているキャリアです。

逆を言えば、子供を持つ親となった時に、キャリアは自分だけのものでなくなると言えるのではないでしょうか。

もちろん、これは子供にとって親の職業が何かが大切であるということではなく、仕事に対する価値基準、感情要素、行動傾向といった態度を幼少期からどう形成しているのかということです。

勤めている会社に対する絆の強さは、「自分の子供を将来、自分が勤める会社に入れたいと思うか否か」で測れます。学校における様々なキャリア教育も大切だとは思いますが、幼少期の子供を持つ親はまず、自分の持っている仕事に対する態度を点検したほうが良さそうです。


我が道 ほんとうに?





2015年9月12日土曜日

Goodness of Fit ハマることで固定化する特性の功罪

パーソナリティ特性に一貫性をあたるいくつかの要素の中で適合性の良さ (
Goodness of Fit)があります。

個人が持っている資質とおかれた環境や役割が合致することによって資質がパーソナリティ特性として固定化されるのです。

例えば、基礎信頼(他者を信じやすい資質)が高い人が、ホテルなどのサービス業に就くとホスピタリティの高さというパーソナリティ特性を獲得し、以後、その人のキャリアの中で重要な役割を果たす事になるのです。

一方、もし、その人が他のキャリアを選択した時、常にそのホスピタリティの高さがポジティブに働くとは限りません。

特に、一人の顧客の対応よりも、多くの顧客への対応を優先しなくてはならない場合や、対応よりも方針が必要な場合などでネガティブに働く場合が出てきます。

このパーソナリティの一貫性は職能(仕事の機能に対する保有能力)を固定化する働きもあります。

「こうやればうまくいく」という自信は、「自分に向いている」感覚を強めますから学びほぐすことも難しくしていきます。

変化の激しい環境において、変われないことはリスクです。

「この仕事、自分にハマっているな」と思ったときには、少しこの事を思い起こしたほうが良いでしょう。


針比べ

2015年9月11日金曜日

個人の特性を記述して納得すること、気づくこと

「段取りをしっかりと行い、状況に合わせてルールに則り決断をする一方で、流されて一貫性に欠けた判断と融通が利かない」

「自分で決めて様々な人や物事に関り、他者を尊重し誰とでも仲良くなれる一方で、関心が散漫で八方美人、意見を言わず自分で勝手に決めてしまう」

「気分に左右されず曖昧なもの事でも情報をデータから理解し、新しいものや新しいことを思いつくことが好きな一方で、感情をあまり出さずに感覚や直感を軽視しがちで、考え方の機軸が散漫で飽きっぽい」

「不確定な状況で矛盾があっても前に進め、周囲からの評価を気にしない一方で、見通しがなくても突っ走り、周囲の意見に耳を傾けない傾向」


上記は私のパーソナリティ検査結果からの読込み結果です。
本人としては、思わず笑っちゃうくらい当たっています。

ところで、この読込みは各行の前半と、「一方で」ではじまる後半は実は、同じデータから読込んだ結果です。つまり、項目の表と裏です。

そして、面白いことに、自分のことを肯定的に見てくれる他者の言うことは前半の内容に非常に近く、批判的に見る他者の言うことは後半の内容に極めて近いものです。

つまり、相性によって同じことが肯定的にも否定的にも変わるのです。


実は、これ、人事評価における大きな問題です。

相性がよい上司は、部下を肯定的に評価し、相性が悪い上司は部下を否定的に評価します。

また、最近多い、360度評価ではその逆(相性のよい部下が上司を肯定的に評価し、相性の悪い部下は上司を否定的に評価する)が起きます。

このように、共感や共通点があるだけで、他者の行いにはバイアス(歪み)がかかってしまいますから、バイアスをコントロールすることはとても大事なことなのです。

さて、こうして書き出した読込み結果は、私と、それから私に関る周囲の方の私に対する信念を強化し、私のパーソナリティはさらに一貫性が強化されていきます。

今回は読込み結果ですが、日頃の行動とその結果からのフィードバックなども同様にパーソナリティの一貫性に磨きをかけてくれるので、ガチガチの「自分」が出来上がっていくのですね。困ったものです。

ゆえに、「自分を変える」という信念と取組みもとても大事なことです。


曲がってる?

2015年9月10日木曜日

中高年の活躍を妨げる事情とは 立往生しているヒマはないかも

経済の低迷や少子高齢化の中で、逆三角形になっている人口動態が企業の組織においても様々な課題を生み出しています。

そのひとつが、中高年のモチベーションをいかに上げるかです。
停滞、滞留、意気消沈した人材は年齢に関係なく、組織にとって重荷ですから、一定の年代層が揃って沈滞することは大きな問題です。

では、なぜ沈滞するのかというと、本人の事情と、周囲の事情があるようです。

本人の事情には、知能の低下、心理的変化、身体の変調があります。

知的知能の低下は、流動性知能の持続的低下と結晶性知能の発達鈍化によるものです。とはいっても、実はそれほど低下しているわけではなく、プライミング効果と言われる思い込み(事前の想起が記憶を左右すること)などの影響のほうが大きいようです。つまり「年だから◯◯」という信念による能力低下です。

知的知能に対する社会的知能の低下は、脳の前頭前野の働きが低下することから起きます。脳科学者の澤口俊之氏によれば「明確なビジョンとぶれない信念」、「あきらめずに道を切り開く気概」の未来志向的行動力と「他者のありがたみを知ること」、「相手の立場を意識した行動力」の社会力は前頭前野が担っており、脳への血流量が減ることで影響を受けるそうです。

心理的変化は、幸福感と深く関わっています。肯定的な要素の減少と否定的な要素の増加によって変化が起きてきます。充実、充足、達成といった機会が減少する一方で、経験の蓄積は後悔、不安、無力感を強めることもありますから、一様ではありませんが、加齢とともに、心理的変化は起きやすくなります。

身体の変調は、誰にでも来る、最も分かりやすい変化です。
目が悪くなる、体力が低下する、ホルモンバランスが変わる、自分の臭い容姿が気になる、病気に罹りやすくなるなどなど、すっきりしない出来事が増えます。

一方、周囲の事情には、環境の変化、ライフステージの変化、キャリアにおける階層構造の矛盾があります。

環境の変化としては、急激に変わる仕事を取り巻く状況により、それまでに獲得したスキルが陳腐化するなかで、新たなリテラシー獲得の困難さがあります。「俺の時代は・・・」的な昔話が今までよりも早いスピードでどんどん増えていくのです。

ライフステージの変化は、家庭も含めた社会的関係の再構築を意味します。町会の役員になったり、子供の独立などで家庭内で孤立する変化への適応が求められます。

キャリアにおける階層構造の矛盾は、キャリアを登ることで得た高い給与と権限のあるポジションが後進の処遇と活躍を阻害(過去の成功体験と役職への居座り)する要因になるものです。

さて、これらの事情に向き合うことが、中高年の活躍といっても良いでしょう。立往生しているヒマはありません。

「自分」というファクトを知るself‐awareness、高度かつ戦略的なself-managementを行いながら、変化する周囲の環境を足場として賢く能力発揮することが「活躍」なのです。


賢く生きる






2015年9月9日水曜日

締める? 寄り添う? 豹変する? 人心掌握の術とは何ぞ

人に関わらない仕事というのは、世の中にはほんとうに少ししかありません。

したがって、仕事をする=人と関わる といっても良いくらい、仕事では対人能力が問われます。

といっても、相手も人ですから、思うようにならないのが常ですし、正解が無いのも当然であります。

さて、人材をマネジメントするうえでどうやって他者の力を引き出すか、は非常に重要です。

今日、お話を聞いたのは、グローバル社会における人心掌握の話でした。

ポイントは「レポートライン」です。

日頃、「レポートライン」という言葉から受ける印象は、報連相=社会人の基礎の上級編、みたいな組織内で上手に上司と連携を取る仕組み的感覚もあったのですが、グローバル社会においては、シンプルにルールであり、ルールを外せば解雇されることを明示しているのだそうです。

これは、「ルールありき」のグローバル企業を象徴するもののひとつなのでしょう。

一方、現場主導の日本企業の多くは、今でこそ職能主義ではなくなってきたものの、未経験の新卒をポテンシャルで採用し終身雇用を前提とするため、時間や手間を掛けて相互に関わりを持って能力を高める、つまり、寄り添うことが人心掌握の根底にあるように思えます。

そして、グローバル化した日本企業ではその両方を使い分けているそうです。

豹変するのはその筋の方の手口、と聞いたことがありますが、それが出来る人が、グローバル化する企業はもとより、日本企業においても今、必要とされていることも思い起こしました。

ひょっとしたら、これはグローバル社会における日本企業のアドバンテージかもしれません。

また、背景に人に対する深い思いが込められているのも、豹変出来る方共通の特徴ですから、人の領域の可能性を強く感じている次第です。


宮本武蔵も二刀流

2015年9月8日火曜日

謙虚さの無いリーダーがメンバーを不幸にする理由

世の中には多くのリーダーが居ます。

「集団を統率する人」がリーダーですが、リーダーの個性はメンバーの幸福に影響を与えます。

リーダーの個性の中でも「謙虚さ」の有る、無しは特に大きく影響を与えます。

では、なぜ「謙虚さ」が重要なのかというと、「謙虚さ」とは「評価力」と「判断力」によって支えられている特性だからです。

例えば、最近、内外で起きている大事故で、リーダーが事故の重大性や影響性を過小に見積もり、十分な手を打たなかったり、隠蔽したりした結果、多くの人が苦痛を受けている例が多数見受けられます。

もちろん、すべてがリーダーの責任とは言えないのですが、「問題ないだろう」「なんとかなるだろう」という「評価力」の無さ、「判断力」の悪さが事態を深刻化させていることは間違いありません。

リーダーは、メンバーを惹きつける力や強く前進する力持つことが多く、それらは民主主義において、メンバーの支持を受けやすいリーダーの要素です。

一方、「何が起きるかわからない」「自分の能力は足りていない」というアンコントロールな事態への心の準備は、メンバーにとってあまり興味を引くものではありません。さらに、準備出来ているかどうかは、実際の場面になってみないとわからないという問題もあります。

しかし、残念ながら、世の中は予測困難、不確実です。

ゆえに、「謙虚さ」の無いリーダーは結果として、対応できない事態に遭遇し、メンバーを不幸にしていくのです。

さらには、「謙虚さ」が無い人をリーダーにしてはいけない、ということも言えるのです。


惹きつけるだけではダメ

2015年9月7日月曜日

立往生?大往生? 親父ワールドの行方とは

MALL(経営学習研究所)の平野理事が前回のイベントで予告していた「終わりの人生ゲーム」か?と色めきたって参加した本日のイベントは、「親父の小言ワークショップ」でした。

結論から言うと、これは「終わりの人生ゲーム」ではなかく、そこに続くプロローグであるそうです。

導入部分のスクリプトを記載すると

親父の小言ワークショップ
アートの視点を人材育成に活かすことはできないか?
まずは、社員が成長できるユニークな企業研修な取り組みに見る「アート×人材育成」の事例を紹介いだたきました。

では、親父の小言の何がアートなのか?
アートとはコミュニケーションを組織すること → つまりモノではなくこと

また、なぜ下山なのか?
これまでの人材開発は「登山」ばかりに注目してきた
空気を吸っても水の飲んでも種腰づつ肥えてくる世代・・・orz

さて、江戸時代から親父の小言という本があった
「よりよく生きる 悪いモノをさける」という人生訓


そこで、自分に向けての親父の小言を完成させるワークを行う、というのがワークショップの骨子です。

これがなかなか面白いワークショップで、まず、35歳以上の親父(男性)だけ、という雰囲気がこれまでのMALLに無い空気感です。

そして、大往生、立往生を対話して最後に親父の小言を創るのでした。

さて、鈴木大拙氏は「無心ということ」は、「往生の意義」として
”われわれが往生というと死んでからのことにしていますが、それは必ずしも死んでから往生するのではなくして、こうしている時ーこうして生きていると信ずる時、すでに往生しているんじゃないかと考えます。” と述べています。

そして
”往生の実際の意味は、されらの三次元の身体についている往生でなくして、われらがそういう風にものを見る、その立場を引っ繰り返すことができたら、その時立ちどころに往生という現象が起こるのであると、私は見たいのです”
と続きます。

つまり、「立往生」とは三次元の身体についているものであり、「大往生」とは、生きていると信じる時におこる立場を引っ繰り返す見事な瞬間、ということです。

その視座を借りると、往生を考える今日のワークショップはまさに「大往生」であり、それを考えているときの私たちこそが「立往生」なのでしょう。

それってメタ認知ですよね。


これは結局、立往生? 右上は中原センセ 自分のは左下2枚也

2015年9月6日日曜日

行動・活動の源泉にあるもの 個と組織の違いも考える

自らが当事者として自分の意志・判断で行動すること。

「主体性」という言葉の定義として一見、妥当であるかのように見えますがビジネス場面での「主体性」においてはこれだけでは物足りません。

なぜなら、今日の仕事における行動の目的は、困難かつ持続的なものなので、「目的を明確にすること」と「やり続け、やりきること」が求められるからです。

逆に言うと、何をしたいのか、やり遂げる執念を持っているか、が定まっていないと「主体性を持って目標を達成すること」は困難です。

組織活動の現場で実態として観察されるのは、
1.個人として明確なビジョンを持ち、執念をもって取り組んでいる
2.目標に向かって責任を自覚し努力している
3.何をするべきなのかは理解しているが行動は伴わない
という3種類の姿勢です。

1の姿勢は、リーダーシップ、マネジメントの根源にあるものです。個に内在する姿勢が組織に伝播し、役割が生まれるのです。そして、それらを強めるのが知識、経験、手法や技法です。

2の姿勢は、追従です。優等生ではあっても統率者としては不足です。

3に関しては、キャリアの迷子と言えるでしょう。源泉を持たずに泉が湧くことはありません。

1、2、3の姿勢はアウトプットする言葉や記述に的確に反映されるものでもあります。

さて、個における源泉の有り様が、組織における連携に大きな影響を与えます。
そして、個のビジョンや執念と組織の目標が一致している時に組織は最大の力を発揮します。

1で大切なのが自説に固執すること無く、他者の力を使って、自説を揺さぶり、修正し、再構成する力、プロフェッショナリズムです。自律性が高いので他者と関わる経験からの学びが鍵となります。

2の集合体は足し算ですから、組織目標の大きさ=構成員のスキルの総和です。構成員のスキルが上がると成果も増えます。「育成」が主要テーマになります。

3は組織の中核となるためには、まず、ビジョンと執念を掘り起こさなければなりません。それは組織にとってとても燃費の悪い活動となります。

以上の理由から1、2、3は個においては多様性のひとつですが、組織においては階層、格差となるのです。


ジョウトウじゃん

2015年9月5日土曜日

場所は人を呼び、人は場所を創る

神田駅、秋葉原駅、御茶の水駅は、歩いてもすぐに相互に行ける距離にありながら、その周辺の特徴は大きく異なります。

神田駅周辺には飲み屋さんが溢れていて、それ以外にもサラリーマン向けの店が多くあります。つまりサラリーマンの欲求に最適化された街、ということです。

秋葉原駅周辺は、電気街からパソコンの街、ゲームの街、そして、おたくの街へと変貌しました。マニアの欲求に最適化された街です。

御茶の水駅周辺は、学校、病院が集まっています。「学ぶ」「治す」欲求に最適化された街です。

こうした駅周辺の地域特性は一朝一夕に出来上がったものではありません。

そして、地域が発展をはじめる初期にあった某かのちょっとしたきっかけがその後の地域の姿に大きく影響をあたえています。

そのきっかけの中には地形も大きく関わっています。

低い平坦な土地には人が集まりやすく、勾配があり高い土地には特定の目的を持った人が集まりやすくなります。

また、権力者が居住する場所の近くには商業地が生まれ、水上運輸が盛んであった時代には、川と商業の交差する場所に市場が出来るといった具合に、そもそもの土地の特性と偶然と必然によって作り出されたきっかけが重なりあってその場所の価値が生まれ、それを人が開発することで街になるのですね。

これを意図的に行うのが地域開発であり、組織開発や採用活動にも同じように人が集うきっかけと場所の開発のストーリーが潜んでいるように思えます。


馴染みがあるのは一番上です

2015年9月4日金曜日

同じことを3秒で決めるか、3年掛かるか その違いが意味すること

同じ組織で仕事をしていると何か組織的な判断があった際に、「あれ?、これ以前NGにしたやつじゃん」と思うことが誰にでもあると思います。

「なんであの時、取り組めなかったのだろう・・・」

機が熟していない、タイミングが良くないなどなど、理由は探ればいくらでも出てくるのですが、本当にそうなのでしょうか?

私が考えるに、判断が先送りされる、または時間が経ってからひっくり返る場合の多くの要因は、意思決定者の態度に拠るものです。

最近問題となっていた、新国立競技場、東京オリンピックのエンブレムなどもどのタイミングで判断をすることが出来たのかを考えると、時間が掛かり過ぎた印象を拭うことができません。

先日話を聞いた、元グーグルのビョードル氏は、グーグルでは環境の変化よりも早く変化することができる組織を目指して人材開発を行っていることと、日本の企業は、とにかく判断が遅く大きな弱点になっていることを述べていました。

では、なぜ判断が遅れる態度となるのでしょうか。
それには以下のような3つの背景があると思います。

井の中の蛙パターン:大局的な情報を持たないため予測が出来ない
検討ループパターン:あーでもない、こーでもないと結論を出さないのが好き
思考停止パターン:状況理解力が遅く思考が進まない

さて、判断が遅れる=常に変化の後追いになる or 変化を看過し自己正当化にこだわる ことになりますから、周囲はポジティブさも、モチベーションも上がることはありません。

今回のオリンピック組織委員会がまさにこの状態であり、周囲が白けてしまうのです。


シラケさせていない?

2015年9月3日木曜日

仕事における知能とパフォーマンスのややこしい関係

仕事を取り巻く環境の変化が激しくなり、一人で様々な仕事を同時にこなす状況になって仕事で発揮されるパフォーマンスと知能の関係が改めて問われています。

かつて、とびきりの難問と有名大学から採用選考を行っていたグーグルも、大学の成績評価GPAや試験結果が入社後の活躍の予測に役立たないという結論に至っているようです。

今では、大卒以外の比率が高まってきているそうです。

さて、知能には流動性知能と結晶性知能があると言われています。(Cattell)

結晶性知能は、 経験などを通して獲得した変化しにくい技量でありであるのに対して、流動性知能は、柔軟に問題解決を行う知能です。

学力テストなどを決められた時間の中で解くときに使うのが流動性知能で、20歳前後がピークです。

流動性知能が主役の知的な力に対して、仕事での活躍に大きく関わるのが社会的な力です。

未来志向、他者との関わりといった力は経験の中で研がれていきますから、自信、積極性、意欲といった資質と相性が良いのです。

ところが、先日も取り上げた「ダニング・クルーガー効果」では、能力の低さと自己過大評価の間に相関がみられます。そこからは逆に能力の高い人は、あまり自己評価が高くないことが推察されます。

つまり、社会的な力に磨きを掛ける機会を減らしている可能性が出てくるのです。

あまり短絡的に結論づけてはいけませんが、ひょっとしたらグーグルの至った結論にも関係があるかもしれません。

「学力テストの基準を高くしてしまうと、今、会社を支えているハイパフォーマーが皆、選考を通らなくなってしまう」

こうした話を採用担当者から聞くこともありますし、大学の成績からは入社後の活躍は予測できないという話は普通によく聞きます。

一方で、「素直に学び、言われたことをしっかりやりきる」ことが求めれれる新人には、知的な力の高さは大きなアドバンテージになります。

自己過大評価で能力が足りない社会人がパフォーマンスを発揮できないことは言うまでもありません。

短期的な視野で考えれば、流動性知能を重視すれば良いのですが、中長期的な視野では、良くない結果となる可能性を高めているわけですね。

知能に関しては、「固定的知能観」と「成長的知能観」といった「態度」の形成が新たな能力の獲得に影響を及ぼすこともあります。

また、流動性知能は遺伝の影響が強く、社会的な力を生み出す脳の「前頭前野」は8歳までに95%が成熟してしまうといった生体的な特性も忘れることが出来ません。

では、何がパフォーマンスを予測するうえで重要なのでしょうか。

もう少し整理が必要なようです。


ゆらゆら





2015年9月2日水曜日

計画が甘かったと嘆くなら、その原因を分解しよう

計画通りに仕事が進まないことは珍しいことではありません。

とくに今日のように、一人で多くの仕事を同時に進めなくてはならない状況では、計画通り進まなかった結果はわかるものの、また繰り返さないために何を取り組まなければならないのか見つけ出すことは実は困難なことなのです。

多くの人がまず考えるは、スケジュール表などを通じて管理をしっかりとすること、自分の意識の低さを反省して意識を高めることなどです。

しかし、これらが根本的な解決にならないことも多くの人が知っています。

そこで根本的な解決のために原因を考えてみます。

なぜ、計画通りに仕事が進まなかったのでしょうか。

「計画」「計画通り」「仕事を進める」に分解して原因を整理すると、
1.「計画」・・・・・適正でない
2.「計画通り」・・・プロセスに障害がある
3.「仕事を進める」・仕事の技能が足りない
となります。

ところが、計画通りに仕事を進めるためのポイントは、3→2→1の順番です。

まず、実施者が確実に終わらせることが出来る粒度にまで仕事とその仕事を遂行する技能が分解されていないと仕事要素の組み合わせが生じ、不確実性が増します。仕事は瞬間的に終わるものではありませんが、可能な限り短時間で終えられる細かさで語る必要があります。

つぎに仕事を仕事をつなぐプロセスには様々な障害が潜んでいます。他の用事が飛び込んできたり、前工程のアウトプットが不十分であるといった障害に出会うほうが日常的です。

そして、これらの不確実な要素を含みこんだものが適正な「計画」となります。

計画を作成する時、「計画錯誤」と呼ばれる認知バイアスによって、良い見通しを立ててしまう傾向が高くなるのですが、その多くは「不確実性」を少なく評価するものです。

さて、「不確実性」を多く盛り込めば盛り込むほど、計画は肥大化し、非現実的になってしまいます。そこで、「不確実性」をどのくらい盛り込むかの「読み」と、「不確実性」が表面化したときの「戦略的判断力」が必要になるのです。

この「読み」と「戦略的判断力」には、「結晶性知能」という経験から獲得した技量が大きく関わってきます。

仕事を多くこなすほど、精度の高い計画が立てられれるようになるのはそのためです。


経験をインプットします

2015年9月1日火曜日

貯まったデータを活かすのか、何かのためにデータを貯めるのか データをめぐる主客転倒の話

世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること

これは、Googleがミッションとして掲げていることです。

インターネット上の検索サービス提供で1998年に創業したGoogleは、「10%よりも10倍のムーンショットを」という狂気的な経営哲学によってこのミッションを遂行して来ました。

その結果、情報化とアルゴリズムのテクノロジーにおいて圧倒的な成長と多くの支持を得るに至りました。

利用者はサービスの利用により多くのメリットを受ける一方で、情報提供を行うという共生関係の成立によって事業は一層の拡大局面を迎えているのですね。

さて、一方で、貯まってしまったデータをどうにか活用したい、という状況も多く見られます。

少し前に、JR東日本のSuica履歴販売が社会問題化したことがあります。

「Suica履歴販売」は何を誤ったのか

現在、個人の行動や活動は様々な形でデータとして記録され、蓄積されていきます。そのデータを何かに活かして収益化する、というのは経営資源を管理する経営者にとってみればある種の錬金術のように思えるのかもしれません。

一方、「検索」というサービスにとってみれば、「データ化」とはサービス拡大の本質課題ですが、「旅客運送」というサービスにとってみれば「データ化」は副産物に過ぎません。

これらは、サービスのドメインとデータの関係性の問題です。

この関係性を間違ってデータを活かそうとしても決して上手く行かない、という事例はSuicaの件以外にも山のようにあると思います。

要は、「何をミッションとするのか」がデータ活用においても最も重要なことなのです。


データ製造機は日々増えている