2015年7月31日金曜日

私たちは知らず知らずのうちに自分を投影している

数多くある認知バイアスの中に「投影バイアス」(Projection bias)と言われるものがあります。

自分の今の状態を普遍的に捉え、未来を予測する(将来に今の自分を投影する)というものです。未来だけでなく、周囲の人にも投影するそうです。

ボーナス時期が近づくと何となく小売店の店頭に足が向くとか、お腹が一杯だと、余計な食品は買わないとか、確かに思い当たることが多くあります。

また、過去に作った企画書などを見返してみると、今だったらこうは作らないだろうなと思うものがありますが、それらもその時の「自分の旬」が投影されているのでしょう。

これで困るのは飽きっぽい人(気分屋)の「投影バイアス」ですね。

「これからはこうなる!」と言い切ったかと思うと、自分のコンディションが変わった途端に「いや、こうなる。。。」みたいに変わってしまい一貫性がありません。

さらに、「あのときはそれが正しかった」という「選択支持バイアス」(Choice-supportive bias)が掛かると内省が進まないのでただ、周囲は振り回されることになります。

仕事場面ではマネジメントはもとより、すべてのリレーションにおいてそのような状態になっていないか注意が必要です。

やはり、常に今の自分の状態をよく知り(マインドフルネス?)、過去の選択もしっかりと内省する姿勢が大切なようです。


映る

2015年7月30日木曜日

職場における支援(の仕方)を整理する

職場における成長支援には、

1.上司、上位者・先輩の関与が強い業務支援
2.上司、同僚・同期の関与が強い内省支援
3.同期・同僚の関与が強い精神支援

の3つがあると言われます。(「職場学習論」中原淳著 より)

では、支援とは具体的にどうすれば良いの?ということになると、支援関係における7つの原則(「人を助けるとはどういうことか」エドガー・H・シャイン著 金井真弓訳)が以下のように提示されています。

1.与える側も受け入れる側も用意ができているとき、効果的な支援が生じる
2.支援関係が公平なものだと見なされたとき、効果的な支援が生まれる
3.支援者が適切な支援の役割を果たしているとき、支援は効果的に行われる
4.あなたの言動すべてが、人間関係の将来を決定づける介入である
5.効果的な支援は純粋な問いかけとともに始まる
6.問題を抱えている当事者はクライアントである
7.すべての答を得ることはできない

また、支援においては、リフレクションの上下するエレベーターのように、自分の意図、感情、欲求を知り、拒否されても腹を立てず、相手の心地悪さに配慮し本当の望みと支援のあり方を訪ね、役割を常に見直し、言動をチェックし、事実以外のフィードバックは抑え、不適切な励ましや修正は避け、純粋な問いかけから始め、他者の問題であることを思い出し、早合点せず、問題を分かち合うといったツボがあるようです。


本物のエレベーター


2015年7月29日水曜日

人と動物のより良い関係をデザインするには何が必要なのだろうか

ネット上で動物に関するニュースが流れてきました。いずれも色々考えさせられる事件です。

ジンバブエの人気ライオン殺される、米狩猟愛好家に非難殺到

チェコの動物園でキタシロサイ死ぬ、地球上に残り4頭

英歌手J・バーキンさん、エルメスのわに革バッグから「自分の名前を外して」

豪政府、野良猫200万匹の殺処分を計画 仏女優らが非難

日本のイルカ漁非難のWAZA 太地のイルカ輸入国も除名すべき

これら代表的なもの以外にも日々流れるニュースの多くは、動物保護の観点から語られるものです。そして、上記を見てもわかるように非難される対象は、個人、企業、国家、文化、歴史など様々です。

圧倒的な力を保有するに至った人間に、理性ある力の行使、動物への愛情、地球環境への配慮が求められているのですが、Logical、Emotionalな主張や多様な価値観が展開され、大局的な判断や合理的行動よりもゲーム理論におけるナッシュ均衡の状態であるように思えます。

世論やSNSでの盛り上がりを背景に当事者がどのような利得のために発言をしているのか考えなければならないのは政治の世界と同じですね。

結局、場当たり的解決ではなく、レベルの高いビジョンとマネジメントが必要なのでしょう。


可愛い、可愛そう、だけでは解決しない

2015年7月28日火曜日

来る人、行く人 内定辞退を科学すると見えるもの

経団連の新卒採用に関する倫理憲章に合意している大手企業の選考がいよいよ8月1日から始まります。

経団連に参加している企業でも、遵守派とそうでもない派があり、すでに内定を出している大手企業、それに積極的に採用活動を展開している中小企業など、新卒採用で活動している企業は固唾を飲んで1日を待っている状態です。

しかし、実態的には全ての企業で選考「的」活動は進んでいて、8月1日に何が起きるか想像するに、選挙の開票のようにいきなり合否が学生に晒されるのでしょう。

就活をしている学生も大変だと思います。おそらく、今のスケジュールは長く続かないでしょうが、一刻も早く、変えるべきではないでしょうか。

さて、複数の企業から内定をもらった学生は、8月1日以降、本命を決めなければなりません。

必然的に発生するのが内定辞退です。

採用を行う企業は、きっと今年はかなりの辞退を覚悟していることでしょう。

内定辞退をする人の傾向(といっても、最終的にはどこかに承諾するので判別は微妙ですが)には2つの傾向があります。

それは、
1.機転を利かせてより良い条件を選ぶ傾向
2.身の丈を考えて自分に合った環境を探す傾向
です。

より良い条件を選ぶ傾向には、他者からの評価をあまり気にしない特性も見えてきます。

内定辞退を申し出ることは、それまで、いい関係であった企業の採用担当者との信頼関係を壊すことになりますからそれ相応のストレスが発生します。そのストレスへの耐性がある人が積極的に内定を辞退するのでしょう。

一方で、身の丈を考える謙虚な辞退者は、保守的な傾向も見えてきます。優秀で、堅実な学生は、挑戦的で刺激的な企業よりも社会にしっかりとした基盤を持っている企業を選択すると考えられます。

2年前にも内定辞退をブログで取り上げました(「88%の確率は高いのか、低いのか」)が、これらの傾向はかなりの精度で見極めが可能です。

人の居場所の予測率であるファノ不等性係数は平均93%と、人の行動の多くは習慣化されていることがわかっていますから、内定辞退がパーソナリティから正確に予測されることは驚きではないのかもしれません。

しかし、選考時期がかわった今年、以前のモデルが同等の精度を出せるのか気になるところです。

そして、予測が出来た後にどうする(辞退を防ぐor防がない)かは、予測よりも大きな判断と決意が必要になります。

採用担当者は、「この学生にはなんとしても残って欲しい」「この学生は辞退するかもしれない」と、個別に考えているでしょうから、前者に対して具体的なアクションがとられます。

基本的には、自由意志の世界なので絆を強くすることが目標です。

絆には、以下の要素(学生から見た)から構成される、マインド、環境、意識の要因がありますが、この部分だけ見ると、採用担当者の活動は何ら人的マネジメントの実践、育成と違いがありません。

マインド
 親和性・・・・・承認されている
 有能感・・・・・力が活かせる
 効力感・・・・・自分にできる
 有意義感・・・・役立つ実感

環境
 居場所・・・・・存在可能な状況(社会性と経済性)
 役割・・・・・・ミッションと手段(キャリアプランなど)が提供される

意識
 目的納得性・・・仕事を自分事化する
 意見の一致・・・疎通できる
 幸福への関心・・相手が自分の幸福について強い関心を示している

つまり、採用活動における内定辞退の防止には、高いマネジメントスキルが必要なのです。

事実、辞退率を改善している企業が実施していることは、学生の個性をより広く、深く理解しようとする姿勢とそれに応じたマネジメントです。

ただ、組織内で行われる通常のマネジメントと比べて、制約条件があります。

それは、
1.極く短期で結果が出る
2.マネジメントにおける仕事の側面が無い
ことです。

要は、「時間をかけてじっくりと」や「試行錯誤」「やり直し」が効かないガチ勝負、ということですね。マネジメントスキル+事前準備、戦略、即興性の充実度が勝負を分けます。

一部には、長期にわたる活動で学生はかなり疲弊しており、早期に就活を終えている学生も数多く見られる、という声も見られますので、8月1日以降も新卒採用状況から目が離せません。



行く人

2015年7月27日月曜日

定義に酔わない 企画の仕事で陥りやすい自己陶酔の世界

多くの企画は、事実を認知、理解するから始まります。

しかし人には確証バイアス(自分の考えと一致する情報ばかり探してしまう傾向)がありますから、認知している情報には偏りが生まれている、と考えたほうが自然です。

したがって最初に頭に浮かんだ企画は使わないほうが良さそうです。


直感やひらめきなど、創造性の高い発想は突然思い浮かぶ(といわれる)ものです。

ところが、
「あ、いい企画を思いついた!」「よし、この企画なら絶対だ!」
と、コンセプトを定義し、その勢いから自己陶酔して作った企画は大概、いつもと同じようなものとなり、浅薄で期待外れの結果となります。

例えば、「白地に絵を描く」と言っても、画家であれば、数多くのデッサンや制作を通じて画風の確立を経た後の行為であり、初めて筆をとってキャンバスに向かい合った瞬間を指すものではないでしょう。

また、画家が作品作りにおいて練りに練った結果が作品にらしさとして投影されることを考えると、直感やひらめきなどの発想は「気づき」であり、出発点に過ぎないのだと考えます。

要は、
1.個人の認知の癖(バイアス)を超える、良い気づきを得るための仕込み
2.練りこみと寝かしによる熟成
が大切で、事実や知識、経験の集め方と寝かし(熟成)方、企てを外化するタイミングが重要なのかもしれません。


水の街

2015年7月26日日曜日

目に見えない大切なもの を想う

「大切なものは、目に見えない」
" Le plus important est invisible."
―Le Petit Prince  by Antoine Marie Jean-Baptiste Roger, comte de Saint-Exupéry.

多くの芸術作品は人の心を動かします。どうやったら人の心を動かせるのかと議論が止まない職場の日常と対照的です。

例えば、1枚の絵を目の前にしたとき、何が見えているのか言葉にすることは難しくありません。

ところが心を動かしているのは、絵を見ている時に無意識に考えているのテーマや、視覚以外の五感の感触といった目に見えないものなのです。

「私たちがみているすべてのものは、見えていないものの影である。」
“Everything that we see is a shadow cast by that which we do not see.”
―Martin Luther King, Jr.

そこで、これから「見えない大切なもの」を開発する方法を整理したいと思います。


見えていないものの影

2015年7月25日土曜日

凝集性から多様性へ? マネジャーは何に気づくのか

集団をマネジメントする際に、集団の一糸乱れぬ一体感、「凝集性」を目標とする場合と、集団を構成する様々な人々の特徴を活かす、「多様性」を目標とする場合があります。

企業におけるマネジメントでは「仕事の側面」と「人的な側面」を「これまで」、「いま」、「これから」の視点で実施することになるのですが、マネジメントの「やり方」の前に、どのようなマネジメントをしたいのか、「あり方」が問われることになります。

「あり方」に関して正解がある訳ではないのですが、マネジメント経験が無いか少ない人はマネジメントと言うと無意識に「凝集性」を思い浮かべるようです。

「凝集性」を目標とした場合、基準やルールが定められ、メンバーはそれらに準拠することが求められる一方、はみ出すメンバーには目が向けられ、改善への努力が求められます。マネジメントの「やり方」も、基準やルールの浸透と貢献を促す動機づくりと分かりやすいものになります。

一方で、「多様性」を目標とした場合、異なる欲求や価値観、特性(強みや弱み)などを的確に把握し組み合わせることが大切になり、マネジメントの「やり方」は複雑になります。それは組み合わせの複雑さだけでなく、一人の存在によってマネジメントの初期条件が変わってしまうという「複雑系」の様相を強く現すからです。

マネジメント経験が多くなると、「多様性」を強く実感するようになります。そして、「凝集性」と「多様性」を使い分けながらもどちらの「あり方」を目標とするか、判断が出来るようになるようです。

マネジメントを通して多様な現実に気づき、葛藤が生じるからでしょう。

そこで、内省が進むと本質の意味づけから新たな行為の選択肢が生じる、つまり、新たな「やり方」を学び、変えることが出来るようになります。

多様な現実をメンバーへの他責に捉えたり、目を逸らすことで内省が進まない場合、行為の選択肢は増えず、メンバーとの間に軋轢が増していきます。そんな状況をいくつも見てきました。

自分の経験を通しても、「凝集性」と「多様性」は、特に人の評価や判断に強い影響性を持っていますから、マネジメントを行う際には意図を持って「あり方」を問い、意味づけすることが肝要です。


気づいて脱皮、が必要


2015年7月24日金曜日

成長とは何か、を考える

インドに住む野生犬ドールにとって、大人への成長とは身体的成長ではなく、「群れで狩る、戦う、欺く」という連携によって、身体的能力を拡張し、自分たちよりも強い敵にも安定的に勝つ、組織的能力の獲得です。

この成長が無いと、群で大人として役立つことは出来ません。そして、大人の少ない群の行く末は悲観的です。

一方、人の成長を考えると、以下のような様々な視点が生まれます。

生物学的成長
 肉体的 大きく、重く、強く、賢く
 精神的 今の自分の価値観に加えて、それとは異なる価値観を身に付けること
     不快を受け入れる 快適ゾーンを越える 越境する
 ライフステージ的 世代を次ぐための変化
社会学的成長
 組織論的成長 組織社会化と貢献度の拡大
 キャリア的成長 モザイク(幅)&ラダー(高み)のステージアップ
仕事的成長
 定型的熟達から適応的熟達、創造的熟達への成熟

これらの視点はそれぞれの場面で説得力があるのですが、その本質には届いていないようです。

その本質を考え、困難を超えて言語化することが大切です。


本質を考えると・・・

2015年7月23日木曜日

異才を発掘か 組織への適応か 組織社会化とイノベーションのジレンマを考える 

自閉症スペクトラム障害の子供たちを集めた東大の異才発掘、ROCKETプロジェクトをNHKが番組として取り上げました。

子供たちの特異な才能をどう引き出すのかとても楽しみにしていたのですが、番組の中ではグループワークなどを通した「人」の理解が中心で、想像した内容とは違っていました。


学生が企業に就職するとはじまる価値創出と組織社会化に備え、採用活動では、仕事への適正な能力と組織への適性が見極められますが、それは同時に異才への扉を閉ざすことでもあります。

企業もそれに対する問題意識は昔から持っていて、チャレンジ(最近、響きの悪い言葉です・・・)と称して、ごく少数のやや異質な人材を採用しているようです。

一方で、新たなイノベーションへの渇望はより強くなっていて、ジレンマに直面しながら様々な取り組みを試行しているというのが現状ではないでしょうか。

さて、冒頭のプロジェクトでは、そういった現状も踏まえたうえで非常に興味があったので、引き続き今後の取組みに注目したいと思います。


先日行った、多彩な方とのディスカッションで”ビジネスモデルを創出する人はクレイジーだ”という発言がありました。

確かに、そこで名前が上がった人は、常識的とは言い難い思考や行動習慣を持っています。それ故、成功によってイノベーターとして賞賛されますが、上手く行かなければ徹底的に叩かれる、そんなケースをこれまでもいくつも見てきました。

凡人が必死にイノベーションを考え、異才の人はイノベーションを必要とする社会に適応が困難。このジレンマを解決するのは、凡人なのでしょうか、異才なのでしょうか、それとも天才なのでしょうか・・・


平行線?


2015年7月22日水曜日

そういう自分はどうなんだ 有り難きリフレクションイネーブラー

研修の実施に向けて、諸々を準備する中、今日はコンテンツの確認のためリハーサルを実施しました。

修正点も見えて、あとは本番までしっかりと熟成させるだけです。

さて、コンテンツの中には、幾つかの問いがあります。

そのひとつ、「自分を変える」というセッションは、受講者だけでなく、自分自身が向き合わなければならない問いです。

幸い、といっては何ですが、リハーサルが終わったあと、別件でまさに自分自身に向き合う事象が発生しました。

内省を行うべき課題です。

課題は、「考えていたこと」と「感じていたこと」と「欲していたこと」の整理です。

つまり上下するエレベーターを使ってリフレクションを行うことであり、それ自体も課題となる、メタな展開です。

基本は自分独りで行うセルフリフレクションなのですが、何気に妻が対話の扉を開いてくれたので、重要な本質に近づくことが出来たようです。

先日、音楽座ミュージカルのセッションで、「他人の力を借りて自分の殻を破る」ことを体感しましたが、対話にもそのパワーを感じます。

ちなみに妻は、リフレクションも、コーチングも、カウンセリングも、メンタリングも学んでいませんが、共感するのでも、批判するのでもなく、内面に起きている問いを外化してくれました。(インナーチャイルドには精通しているようです)

良いイネーブラーが身近に居ることはとても有り難いことです。


子供の頃見た夕日を思い出す

2015年7月21日火曜日

研究論文を探して勝手に感じること

本や雑誌、ネット記事を読んでいて面白い研究に出会うと、その論文を読んでみたくなります。

もちろん、日本の論文だけでなく外国の論文もその対象です。

今日もある研究の論文をネットで探していて日本と海外の違いを感じました。

リテラシーの低さに因るところが大きいのだと思いますが、論文に到達するハードルが、日本は複数で海外はシンプルな印象です。

例えば、日本では学会やら所属やら情報を入手するためのWEB画面によく出会います。

「論文は何らかの形でお金を経常的に支払う特定の集団に属している人々が読めるものである」と知るわけです。

それに比べて海外では、Freeのものが多くあります。もちろん、有料サービスも多数あるのですが、研究は社会的資本の一環としてオープンなもの、といったコンセンサスがあるようにも思えます。

あと、海外のサイトは作りが先進的だと思います。見た目、使い勝手がクールですね。(日本のサイトのほうが機能的だったりしますが・・・)

これから、すこし調べ物が増えるのでサイトの作りやスタンスの違いなども比較してもようと思います。


海の向こうの世界


2015年7月20日月曜日

ライフステージを考える 20代、30代の過ごし方

自分が記憶している限りで「ライフステージ」という言葉を聞いたのは、就職直後に職場を訪れた生命保険の営業からでした。

何歳で結婚、子供が生まれて、大学に行って・・・みたいな年表に生命保険の金額が乗った営業資料を見ても当時は全く実感はありませんでした。

考えてみれば22歳の健康な青年にとって、自分の命を金額に置き換えることはあまり現実的でありません。

さて、心理学者でありカウンセラーのメグ・ジェイは20代のうちに知るべき3つのこととして、1.アイデンティティ・クライシスに陥っていることを忘れてアイデンティティ・キャピタルを築く 2.新たな物事は仲間ではなく「ゆるい繋がり」からくる 3.家族を選べること、を意識して行う とあげました。

「アイデンティティ・キャピタルを築く」 とは自身の価値を高めるようなことをするという意味です。

これら3つを30代に先送るするのでなく、20代のうちに行うことが大切であるという、メグ・ジェイの指摘は20代の若者にとって重要なメッセージです。

なぜなら30代に入ると「キャリア・クライシス」が待っています。「私は何者なのだろうか?」(アイデンティティ・クライシス)の次に「転職へのラストチャンスではないだとうか」(キャリア・クライシス)と迷宮入りを繰り返すほど人生の時間はゆっくりと流れていません。



さぼってんじゃないけどね

2015年7月19日日曜日

声の大きさと伝播する力 大人の声の張り上げ方とは

声の大きい人の意見が通ってしまう。

よく聞かれる話ですが、なぜ、そうなってしまうのでしょうか。

空気中を伝わる音にはエネルギーがありあますが、空気などの抵抗により「距離減衰」が起きてだんだん小さくなっていきます。

逆に、減衰する距離が無い場合、範囲内に居る人には音が漏れ無く伝わります。

それほど広くなく、かつ壁に囲まれた事務所では、声の大きさをコントロールしない会話は全体に届くことになります。

発声を統制できない子供の声が響き渡るのと仕組みは同じです。

ところで以前、飛行機で子供が泣いたことに対して親の責任を問うて炎上した人がいましたが、自分の声や態度がどこまで伝播するのか確認をして声の大きさや話の内容をコントロールできるのが大人への成長の一側面であるはずです。

逆を考えると、一般的に大人の場合、伝播する声には何がしかの意図が込められていると言えるでしょう。

例えば子供と同じように、自分の考えを通したい欲求の現れの場合もあります。

2つを合わせると、物理的な伝播と、強い欲求の伝播によって声の大きい人の意見が通り易くなり、身勝手な正義と甘やかしの関係が成立してしまいます。それは幼稚な関係性です。


さて、伝播する声に込められた意図が全て強い欲求ではありません。その一例が「対話」です。

自ら語り、他者の発言を受け入れ、相互にとって新たな局面を拓く「対話」において声の大きさやタイミングはしっかりとコントロールされますから伝播するのは、物理的な声や強い欲求ではなく、「気づき」です。

適切な声で、欲求ではなく気づきを発すること。

「自己の発言をマネジメントする力」は成長の1つの因子と言って良いでしょう。


この熱気が届くのは30mまで・・・

2015年7月18日土曜日

凝集性とは意味づけのこと? 多様性は制約条件でなく前提条件

チームが一丸となって目的を達成する。

そのためには、達成を可能とする明確な戦略と行動原則のルールとリーダーをフォローするメンバーが必要になります。

考え方を変えてみると、メンバーの思考、性格、価値観、欲求などが異なっていることが前提となっていることがわかります。

権力や風習や社会的階層によって多様性が抑圧されている状況下では、行動も予定調和的になるので凝集性が上がりますが、個人の権利が尊重され、情報化が進むことによって押し込める形で凝集性を高めることは困難になります。

そこで、「目的」への共感とコミットメントと協働する姿勢が重要になってくるのでしょう。

要は、多様な各人が個人の文脈の中で「目的」に意味を見いだすことです。

仕事で考えると、多様性を活かすには「会社の目的」への凝集性がポイントとなるようです。


自然と集まる



2015年7月17日金曜日

理由を問う浅はかさ 意味なんて単純なのかもしれない

自分とは何なのか?生きる意味ってなんだろう。

思春期に必ず通るアイデンティティの葛藤です。

与えられた使命とか意味を理由付けするのも良いのですが、意味など無いと解ることも大切だと思うのです。

地元のお店で飲んだ時、ふと気になったのが足元にある錆びた缶でした。

この缶は、顧客の満足度を上げるためにおかれているものなのか?

お店の人に尋ねたところ、ガス栓を覆っているだけです、と答えて頂きました。

妄想から意味づけすることの危うさを感じた瞬間でもあります。


意味など無い

2015年7月16日木曜日

結果を知るために、プロセスを理解する?  結果を生かすことのほうが大切だ 

先日、ニューヨーク証券取引所でシステムに不具合が起き、取引が出来なくなったそうです。しかし、他の取引所では取引が出来たのでパニックなどにはなりませんでした。

インターネットは、そもそも軍事攻撃に強いネットワークとして発想されたものと言われていますが、特定の中継点がダウンしても迂回する経路があることで機能は停止しません。

今回の証券取引所の不具合からもネットワークのロバスト性が見えました。

では、本当に問題が無かったのか、といえばそんなことはないはずです。

今回の不具合で損をした人は必ずいます。

その理由は、取引所との物理的な距離です。

現在、金融商品の取引はほどんどプログラムによって自動化されています。そのスピードは凄まじく、極短時間のうちに複数回の取引をおこなって利益を出しているのです。

そうなってくると情報の伝達に掛かる時間が大きな問題になります。

取引所のシステムに近い場所にデータセンターを設けることが重要になるのです。

ひと昔前、インターネット回線の主力がADSLだった頃、基地局から何km離れると速度が遅くなるといった事象がありましたがそれと同じことですね。

さて、このようにデータ化が進むと私たちは事実でなく、結果のみを知ることになります。

例えば、人の成長を測定するために長期期間に渡り一定の間隔でアンケートの回答データをたくさん集めるとその中で何が起きているのかひとつひとつを理解することは困難になります。

ある質問の変化、他の質問との関係性の変化、他の質問と他の質問の関係性の変化などなど回答ごとの繋がりが無限に広がるからです。

そこで、高度な解析技術が必要になるのですが、結果として欲しいのは「要するに変化したのか(しなかったのか)」だけです。

その結果を知るために、心理学の理論や、解析技術の理論やプログラム化されたアルゴリズム、中で扱われたデータの処理プロセスと中間生成データをすべて理解する必要はあるのでしょうか。

理解する必要はありません。

なぜなら、変化と成長を関連づけすることができれば「人の成長を測定する」という目的は達成出来ているからです。

金融商品の取引で「システムがどう動こうが、結果として利益が出れば良いのだ」というのと同じ「結果志向」でシステマチックに考えることが実務家としての最善策です。(エンジニアリングの世界は違います)

実践者としての私たちは、小さな理解のために心血を注ぐより、多少理解が困難でも結果としての事実に目を向けるべきだと考えます。


「か」・・・かまめし 

2015年7月15日水曜日

「世界一」の定義 大切なのはフィーリング

FBでシェア頂いた記事、「常識が通じない」マツダの世界戦略がとても面白かったです。

かつて倒産の危機にあったマツダが楽しそうな車を作っている。

路上や販売店の店頭でマツダ車を見て思わず足が止まるようになったのは、車を売却して自ら運転しなくなってからです。

前述の記事の内容は、業績が好調な時に描かれる美談や良い面の類とも思えますが、マツダが目指す「笑顔になれるクルマ」という考え方には共感が湧きます。(実際、足を止めて車を見ているときはニコニコしているのでしょう。)


記事の中で他に目が止まったのは、「目指している世界一のクルマ」の定義がフィーリングを追求するものであることです。

一般的に企業が目指す世界一とは、商業的成功における頂点か技術的な頂点という思い込みがありますから、販売台数や売上高、利益とか燃費や水素燃料エンジンなどの文字が頭に浮かびます。

販売台数でフォルックスワーゲンがトヨタを抜いたとか水素燃料自動車が市販されるといった世界一を競い合う情報に、常日頃から多く接しているためなのかもしれません。

トヨタ世界一陥落、VWにおびえ“遅きに失した”巨額投資 工場新設凍結の代償

そんな中で商業的目標や技術的革新でない「フィーリングの追求」には、ブルースリーの名言 "Don't think, Feel. "を想起させる衝撃性があります。


さて、規模でなく質的な目標を掲げる事例としては、「21世紀を代表する会社を創る」と宣言するサイバーエージェントがあります。
こちらの会社も、ITバブル崩壊によって苦境に陥った過去が、今日のビジョンやミッションステートメントに大きく影響しているようです。経営や社員の魂が込められたステートメントには強い説得力があります。

「顧客が笑顔になれるクルマ」や、「21世紀を代表する会社」という言霊の宿った目標、ビジョンには社員や顧客など、領域を限定せず多くの人の脳にひらめきを与える力があるのでしょう。一方でそれが、事業の好調さの秘訣に少なからず関わっているように思えます。


昔、オートバイに乗っていた頃、爆発的な加速の2サイクルエンジン、吹け上がりのたまらない4サイクルエンジン、鼓動が腹に響く単気筒エンジンなど、自分の内側を探って好きなフィーリングを選ぶプロセスにとてもワクワクしたことがいまでも鮮明に思い出せます。

実は私たちは、物事に関して、売上や値段やスペックといった数字で表現されるものではないところに非常に多くの魅力を感じているのでしょう。

追記
巷で大ブーイングの2520億円。その魅力の無さの本質は、高額な建設費以外のところにあるのだと思います。


私たちは感じている

2015年7月14日火曜日

「人望」を測る方法を考えてみよう

「人望」ってどうやれば測れるのでしょうか。考えてみます。

その壱 定義を決める

色々な定義があると思いますが、ここでは以前にも取り上げた、山本七平氏は著作「人間集団における人望の研究―二人以上の部下を持つ人のために」より、『近思録』における人望を定義としてみます
次の九つの徳目「九徳」を身につけることが具体的な到達目標ですから、到達状況で人望度が測れそうです。

1.寛にして栗(寛大だが、しまりがある)
2.柔にして立(柔和だが、事の処理が出来る)
3.愿にして恭(まじめだが、ていねいで、つっけんどんでない)
4.乱にして敬(事を治める能力があるが、慎み深い)
5.擾にして毅(おとなしいが、内が強い)
6.直にして温(正直・率直だが温和)
7.簡にして廉(大まかだが、しっかりしている)
8.剛にして塞(剛健だが、うちも充実)
9.彊にして義(強勇だが、義しい)

その弐 何を測るか決める

九徳のままでは抽象的なので分解して具体化します。

寛大:度量が大きく、思いやりがあり、むやみに人を責めないこと
しまり:規律やけじめがある
柔和:性質や態度が、ものやわらかであること
事の処理:物事を取りさばいて始末をつけること
まじめ:うそやいいかげんなところがなく、真剣であること。本気であること。
丁寧でつっけんどんでない:言動が礼儀正しく、配慮が行き届き、無遠慮でとげとげしくないさま。冷淡でないさま。
事を治める能力:世の中や家の中を秩序ある状態にする。統治する。
慎み深い:心をひきしめて軽はずみな言動をしない。遠慮がちで控えめである。
おとなしい:性質や態度などが穏やかで従順なさま。
内が強い:物事に屈しない精神力がある。少しのことでは参らない。ひるまない。
正直・率直:正しくて、うそや偽りのないこと。
温和:物事が、かど立たず人に受け入れられやすいこと。
大まか:細かいことにこだわらずに物事を済ませるさま。
しっかりしている:考えや人柄などが堅実で信用できるさま。
剛健:男性的で、心身が強くたくましいこと
うちも充実:中身がいっぱいに満ちていること
教勇:意気が盛んで勢いがあり、恐れずに危険や困難に向かっていくさま
義しい:人として守るべき正しい道

その参 どう測るか決める

「測る」とは、結果が共有可能なある尺度をもって度合いを調べることです。
必要なのは尺度と度合いと調べ方です。

度合いは数値や言葉によって記述されます。

尺度と調べ方は密接に関係します。

人のを測る場合は、観察か調査紙、つまり、誰かの主観になります。
どうやら問題はここにありそうです。


ここまで

2015年7月13日月曜日

2段目の登り方 「やってみたい」と「教わりたい」の狭間にあるもの

今日行ったMTGで、仕事の学び方の昨今について話がでました。

それは「昔は◯◯したもんだが今は・・・」といった懐古主義的な議論ではなく、学びスタイルの違いに関するものです。

仕事の学びスタイルには個性がありますから、一括りにして言うことはできませんが、日頃の観察結果として、若年層には「先に教えて欲しい」という意向がかつてより強くある、という話にはなんとなく納得感がありました。

特に仕事で2段目に登るときに「やり方はわからないけど登ってみる」挑戦心よりも、失敗をしないように「先に登り方を知っていたい」手堅さが印象に残るそうです。

「問題解決症候群」(妹尾)で指摘されたものほど病理的ではないにしても、確かに、しっかりと方法を身につけて力を発揮したいという欲求を身近な若年層から感じることがあります。

不安心理に端を発しているのか、ずっとやり方を学んできた経験に由来するのか、それ以外の理由なのか、解明するのは難しそうですが、勢いで失敗してそこから学びが生まれるより堅実さによる安心感はあります。

ですから敢えて問うのであれば、2段目以降で教える人が居なくなった時、ギアを入れ替えてよじ登れるのか、ということになりますが、私たちの時だって、2段目以降は人が変わっていましたから要らぬ杞憂なのでしょう。

要は、「やってみたい」と「教わりたい」の間にあるのは、世代的な差異ではなく、空模様のようなゆらぎなのでしょう。


また明日

2015年7月12日日曜日

基礎理解のズレから気づくこと 社会が成り立つ文脈の所在

わぁ、男らしい食べ方!

これは、今日、カフェのとなりの席に座った親子の母親が子供に向けた発した言葉です。

この言葉だけを見れば微笑ましい親子の会話、となるのですが、キッザニアで遊び疲れた子供は疲れ果て、とても不愉快で一言も言葉を発せず、手に持ったメロンパンを半ばやけくそ気味に齧ったときの言葉でしたから、とても違和感を感じました。

その前から親子の会話はスレ違いまくっていたので聞き耳を立てずとも私の耳に届いてしまったのでしょう。

これは会話の問題以前に、相互の基礎理解がズレている現象の現れだと思います。

同様の事象が、最近のニュースから多く感じられます。

一つは岩手の中学二年生の痛ましい出来事です。

私が基礎理解のズレを感じるのは、子どもと担任の先生のノートのやり取りではなく、それを報じるマスコミと受け取っている私たち、つまり当事者と部外者の基礎理解のズレです。

新国立競技場の建設に関する森元首相の理解を求める発言も都民である私の基礎理解と大きくズレています。

それらの事象から気づくことは、社会は基礎理解のズレの上でも成り立つものである、ということです。

ひょっとしたら社会の持っているロバスト性(堅牢さ)は、相互の基礎理解というナイーブさと異なる文脈にあるのかもしれません。

基礎理解のズレは、社会の中で時にとても大きな問題に発展し、多くの人を苦しめますが、ズレを解消しようとする力が働くことも事実です。

ズレの認知(違和感を覚える)こそが社会を成り立たせる本質なのかもしれません。


ズレは目立つ

2015年7月11日土曜日

ランチスタイルで揚げる? 天ぷら屋に見るハイパフォーマーとは

最近、土曜日のランチで外食をする際によく天ぷらを食べに行きます。

カウンターで軽く一杯飲みながら食べる揚げたての天ぷらは最高です。

しかも、ランチメニューは割安なので気軽に天ぷらを堪能出来、つい、リピートしてしまいます。

これまではランチでも、飲むスピードにあわせて比較的ゆっくりと揚げてくれていたのですが、いつもと違う今日の料理人の方は、とても早く、天ぷらを出してくれました。

例えば、これまでは、最初にエビ2尾、次に魚が出るところを今日は、最初からエビ2尾と魚が出てきました。また、油も高温なようで、味(衣)に繊細さが無いように感じられました。(唐揚げっぽい印象)

そう言えば、いつも昼時に行くと待っている人がいるのですが、今日は誰も待っていませんでした。きっと、客の回転が早いのでしょう。

カンターで食べていると、大概、ゆっくりと飲みながら食べている人たちが居るのですが、今日はそういう人も見当たりませんでした。

これらの印象と状況から推察するに、今日の料理人の方は、手際よく料理を作ることを志向しているようです。

それに対して、いつもの料理人の方は、顧客の意を汲んで料理を作ることを志向しているようです。

さて、経営的に見れば、顧客の回転率を上げる=売上増ですから、今日の料理人の方はハイパフォーマーということになります。

一方、顧客の観点で言うといつもの料理人の方だと、また行きたくなります。経営的にはリピート率上昇=安定的な売上が見込めることになります。

どちらが良いかは、一概には言えませんが、回転率を上げる戦略は、大手ハンバーガーチェーンの事例を見るに一度悪い循環に入ると立て直すのが困難となるようです。

一方、行列が出来る店は、それ自体が評判となり新たな顧客を引きつけますから、実は安定的な売上だけでなく、売上の増加も見込めるでしょう。

目先のパフォーマンスでなく、末永いパフォーマンスを発揮することがいかに大切か、気づかされた天ぷらランチでした。


やはり天ぷらにはシジミの味噌汁が最高!



2015年7月10日金曜日

日本製、があたりまえの場所 柴田の日傘

日本橋浜町にある柴田株式会社(正確には、本社は大阪で東京は支社です)で昨日から明日まで、セールを行っています。

この会社、日傘の製造では非常に有名な会社です。

多くの製品を卸売しているので、あまり一般には知られていないかもしれませんが、高級日傘の多くを実はこの会社が製造しています。

傘のように人手間の掛かる製品は、今ではほとんど中国製となっている中、柴田の日傘は日本製が多いようです。

セールでは雨傘も売っていますが、それらにも日本製が多くありました。

グローバル化が進む中、いまさら生産国がどこかとこだわるのもナンセンス(某国ではそうでもないようですが)のようにも思えますが、その品質にはやはり違いを感じてしまいます。

とはいっても、部品は中国製だったりするので、すべてが日本製というわけではないのでしょうが、今日において「日本製」という表示があふれる場所は家電量販店以外に、そんなに多くありませんからなんだかワンダーランドですね。

セールを行っている場所(東京支社)は、おしゃれとは言い難いのですが、中国製、ビニール、500円が当たり前になっている時代に、質の高い日本製の傘(日傘)が八百屋のように溢れている場所に行って、日本のもの作りについて考えてみるのも良いのではないでしょうか。

セールは明日までです。


もちろん日本製

2015年7月9日木曜日

リジットかルースか ウォーターフォールかアジャイルか 

先日、とある方たちと議論をした際に、日本の教育はリジッドでアメリカの教育はルースだという話を聞きました。

改めて辞典で確認すると、

rigid : incapable of or resistance to bending とあります。

日本の教育はかっちりすることを求める、という感じでしょう。

Loose : grant freedom to

文字通り、アメリカの教育は”自由を与える”傾向が強いのでしょう。

こうした発達段階における文化性の違いは、人格形成に少なからず影響を与えます。

さて、最近、プロジェクトマネジメントを学ぶ機会があったのですが、Work Breakdown Structure(WBS)という、作業を分解して作る構成図の堅牢さにとても関心しました。

それはウォーターフォール型と言われる、工程を明確にしてやりきることで抜け漏れのないアウトプットを行う手法です。

実は、その直前に、自社のシステム開発で、コンサルタントの方に力を貸して頂きWBSを作成してもらったことがあるのですが、実際に自分でタスクを回すためにWBSを使うことと、WBSを使ってマネジメントだけを行うことでは、WBSに対する重要性が大きく異なる印象を受けています。

また、システム開発を委託した会社は、アジャイル型開発という、優先度の高い部分から細かくサイクルを回す手法でしたので、WBSの真価が発揮できなかったのかもしれません。

今思うにそれは、ルースなアメリカの学校に、リジッドに成長した日本の学生が転校するような感じだったのでしょう。


どっち?

2015年7月8日水曜日

形が持つ知能 ぞわぞわした世界がそこにあるのかも・・・

ロボットに優秀な知能を与えるのは、高度なテクノロジーではなかった、という記事が出ていました。

以下、記事からの抜粋です。

”カリフォルニア大学バークレー校のチームは、ソフトウェアやセンサーを一切追加せずに、「ロボットのインテリジェント化」を進めることに成功したと発表した。

障害物を通り抜けるには、高価なセンサーやアルゴリズムが必要だと考えられてきた。けれども、そうしたものは追加せず、ただスリムな円形の「甲羅」を付けるだけで、小型ロボットが障害物を巧みに通り抜けるのに成功したというのだ。”

物の形というと「アフォーダンス」の概念が頭に浮かびます。例えばマグカップの持ち手の形は「手で持つ」行為を引き出す(アフォードする)というものです。

物の形にはそのように、行為を引き出す、逆に人の立場から言えば、行為の足場があります。

一方、今回の研究結果は、形そのものが持っている能力です。

他者の行為ではなく、自らの能力を高度にする力が形にある、これはよく考えれば驚くようなことではないのかもしれません。

スピードスケートの選手は、ツルツルの全身タイツを着て競技を行いますし、オフロードを走るバイクのタイヤは凸凹して地面をしっかりと捉えるようになっています。

研究対象はロボットだったので、技術的な解決が形状にあるということが発見だったのでしょう。

さて、最近、一般家庭に定着した感があるロボットに「ルンバ」があります。

「ルンバ」はお掃除ロボットですから、障害物をすり抜けたり、隙間を掃除してくれたらさらに便利になります。

となると、そのうちルンバが「甲羅」を付ける可能性は無いのでしょうか。

アルゴリズムやセンサーを開発するよりも「甲羅」がよい選択だとしたら、「ルンバ」の形態は限りなくゴキブリに近づくものと思われます。

想像しただけでぞわぞわしてしまいます・・・


自走したら怖い・・・


2015年7月7日火曜日

リーダーに生まれる?成る? 動物に見るリーダーの不思議

象の群れは雌がリーダーです。

そのリーダーが高齢で経験豊富なほど、他の群れと出会った時の群れ全体の緊張が低く、問題が起きた時の対応が的確に進むそうです。一方で、リーダーが若いと群れは不要な緊張に晒され、トラブルへの対応も下手です。

象に限らず、群れを作る動物にはリーダーがいる場合があります。

犬や狼などもリーダーがいて、序列が明白です。

一方、羊の群れにはリーダーがいません。
鳥の群れや魚の群れにもリーダーがいませんが、統率の取れた行動を取ります。

リーダーのいない群れの行動は、以下の3つのルールでシミュレーションできるそうです。

1.近づくがぶつからない
2.向き、速さを合わせる3.群の中心に向かう


牧羊犬は、リーダーのいない羊の行動特性を巧みに利用して、集める、押し出すという2つの行動だけで羊の群れの動きを制御します。

生き物にとって群れの大きさは生存に直結する問題です。

その群れを統率するリーダーは、群れにとって重要な存在です。故に、資質、経験、知恵の優れたモノがリーダーになるのです。

犬では生まれた時から競争が始まっていて、資質を持った個体に有利な条件が揃うそうです。

一方で、リーダーのいない生き物もいることを考えると、リーダーの有無は群れにとって必須ではないことがわかります。

人の組織にピラミッド型、フラット型があるように生き物の生存戦略も一様ではありません。


僕、リーダー?

2015年7月6日月曜日

スーパーマンよりウルトラマン 会社を支えるその人は・・・

あれが出来て、これが出来て、そんな時はこうしてくれて、どんなときにも頼りになる。

どの企業にも会社を支え屋台骨となっている人材が居ます。

それは社長、なんてお笑いみたいなオチではなく、そういう人は中間管理職や現場リーダーに居ます。

丁度、スーパーマンが普段は新聞記者であるように、日頃はお酒を呑んでは陽気になり、お昼を節約し、豪快に笑って、仕事以外の好きなことに夢中になる人ですが、こと、仕事になると、難敵を攻略し、災害を防ぎ、道を切り開くのです。

さて、冒頭のように「なんでも出来て欲しい」と思うとそれはもう空想であり妄想の世界でしかありません。まさにスーパーマンです。

ほんとうにそんな人は居るのでしょうか。

そこで実際に会社を支えている人たちのパーソナリティを分析してみると、そこから見えてきたのは、

1.皆、違う(当たり前)
2.傾向がある(でも、てんでばらばら、という訳でもない)
3.活躍が透ける(あー、こうやって支えてるんだ)

というものでした。

そしてふと思ったのは、「こりゃスーパーマンよりもウルトラマンだな」という感想です。

ここで言う「ウルトラマン」は「ウルトラマンシリーズ」のイメージで、色々なタイプ(キャラ)がいるけどM78星雲光の国出身は共通で、力の発揮の仕方に予感が有る(予定調和的かもしませんが・・・)印象です。

ところで、会社が良いのは、誰にもウルトラマンになる道が開かれていることでしょう。

身を置いた環境を足場として自らの能力を発揮し、高めようとすれば、場を支える存在になることが出来ます。

実際にお逢いした会社を支えている人たちは、とても身近で現実的な存在であり、良い意味で会社を活用して能力を発揮していました。

会社を活用して、能力を発揮し高め、そして会社を支える。
それは新しいウルトラマンシリーズの開幕です。


焼きおにぎりだってヒーローだ

2015年7月5日日曜日

企業の未来のために「創造性」は本当に役立つのか

創造性と業績は正の相関がある(野村,1967 Runco, 2004)という研究結果からもわかるように、企業において創造性は常に注目されています。

創造性には、創造性思考、知的能力、創造性コンピテンシー、そして創造的態度が必要です。

創造的態度は、価値信念要素(創造的思考は、一風変わっていると信じている)+感情要素(アイデア創成が好き)+行動傾向要素(アイデアを早い段階で批評的に評価しない
、新しいアイデアを大切にする)により構成されます。

また、認知アプローチからの研究では、内発的モチベーション(チャレンジ、楽しさ)は創造性との関係性は弱く、一方で、外発的モチベーション(報酬、外部評価)は創造性にとって強い阻害要因であることもわかっていますから、創造性にとって創造的態度の構成要素が重要であることがよくわかります。

一方、知的活動には、創造性以外にも、知性(ルーティン化を模索し効率を上げる
、現象をより広く理解したい欲求をもつ)や知恵(現象をより深く知ろうとする欲求)があり、両方を備えるT型人材は組織におけるロールモデルです。

さて、創造的態度の構成要素を見ると、短期的には非効率であることがわかります。

「非効率」は、最適化を進め事業効率を高める企業にとって、あまりうれしいことではありませんから、創造性の高い人材は、企業にとってはリスクとも言えるのです。

実は、企業にとってリスクの低い創造性の形があると考えています。

それは、自らを創造する人材です。

言い方を変えると、自分は他者と異なっていると信じ、自分を変容させることが好きで、自己否定せず、自分の新しい姿を大切にする人材と言えます。

多くの場合、人は事業の成果に比べて、人の成長に時間が掛かることに寛容です。

つまり、自らに対して創造性を発揮するチャンスが多く与えられているのです。

企業において創造性は、新商品や新たなビジネスモデルの開発に向けるより自らを創造するために発揮するほうが効果的と言えるかもしれません。


寛容さを見つける



2015年7月4日土曜日

学ばなくっちゃ ね?

研修の効果測定で、有名なカーク・パトリックの、反応・学習・行動・満足・業績の4段階評定があります。

測り易いのは「反応」で、研修を受けて満足したか否かで吐かれます。

一方、業績の測定は非常に困難です。

効果測定において「行動」からパラダイムが変わるのですが、それは、周囲の関わりが生まれるからです。

もう少し分かり易く言うと、上司の理解が必要になることです。

要は、研修での学びを上司など周囲が仕事に活かそうするか否かが問われる瞬間です。

先日、インテリジェンスさんの事例をシェア頂いた際、新人研修の効果を持続させるために、研修で大切だと思ったことでサイコロを作りそれをデスクに置く、というのがありましたが、周囲の人がそれに興味を持ち問うことに意味が生まれると感じました。

日本企業では、現場力が重要です。

現場の多くの自主性と実質的裁量が委ねられているのですが、組織全体のアドミニ(管理者として人材開発部門が研修を実施したときに現場が冷めていればパトリックの言う行動以上の効果は期待出来ません。

研修のコミットせず、あるべき論や批評的に語る現場マネジメントは、真摯に向き合わなくてはならないことなのですが・・・


止水明鏡

2015年7月3日金曜日

29回目のがちゃトークは「誕生」を対話する 

2015年7月のがちゃトークは「誕生」がテーマでした。

参加者6名中、3名の誕生月が7月だったことが決定に強く影響を与えた(大げさです)のです。

3ラウンドのスピーチテーマは、

これまで経験した何かが誕生した瞬間
思い出に残る誕生日にするには何をしたらよいですか?
何かが生まれる(誕生)には何が必要だと思いますか

でした。

対話の場では「問題」、「摩擦」、「仮説」、「きっかけ」など、キーワードがまさに「誕生」し泡沫のように消えていきました。

例えば、これまでに無いものが「誕生」することは「(大事な)摩擦」を生むという話に、カフェの新メニューのように「摩擦」のない「誕生」もあるのでは、という問いかけにがあると、その傍らで消えていくメニューによる「摩擦」(お客様からの声)がある(Cafe Katyさんでも結構あるそうです)といった風に、対話が繋がり、広がり、移ろうのです。

「誕生」を対話するということは、対話の「誕生」であり、一方で同時に「誕生」の対話は「死滅」の対話でもある。

そんなことを感じた29回目のがちゃトークでした。


夜はふける

2015年7月2日木曜日

会社の真の姿とは、これまで?いま?これから?

同じ会社の人達に漠然と「会社」をテーマにレゴを使ってグループでのワークショップを行うと、出来上がる作品に3つの傾向が現れます。

ひとつは、会社の状況を投影したものです。

ここに人が集まって、こんな仕事をしていて、そこでは誰かがあんなことをしていて・・・みたいにシーンとして会社を描くものです。

次に、会社のコア・バリューなど事業の柱やその位置づけを投影したものがあります。

会社は4つの主要事業から成るがその土台にはこんな、コアコンピタンスがあって、こんなリソースがあって・・・といった感じで事業の構造を描くものです。

そして、これからこうなりたい、といったイメージを投影したものです。

全員が力を合わせて高みを極める・・・というありたい姿をかたちで伝えるものです。

もちろん、作品にはそれぞれの要素が少なからず含まれているのですが、その中の主題は強く表象されるようです。

会社の状況は「安心感」、事業の構造は「提供価値」、ありたい姿は「あり方への問い」が背景にあるようなのですが、制作するグループにおけるリーダーの志向が顕在化するのではないかと考えています。

これをもう少し視点を変えて捉えると、「これまでという保守性」、「いまという功利性」、「これからへの顕示性」とも言えそうです。

”我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか”

ポール・ゴーギャンの言葉の意味に少し気づけたのかもしれません。


今日を懐かしむ、今の美を感じる、明日を想う

2015年7月1日水曜日

個人主義 vs 集団主義 勝つのはどっち 組織行動において現れる複雑さ

個人主義の強い国とそうでない国でクリエイティブなアイデアの生まれ方に違いがあるのか。

そんな研究結果が発表されたそうです。

結論からは、とりあえず行動に移す個人主義と行動のまえに適切さを見極める集団主義の明確なスタイルの違いほど、出てきたアイデアに差があるようには思えませんでした。

さて、個人主義が強い国でも、多くの仕事は組織的活動によって進められます。冒頭の実験も集団活動においてその違いを見るものでした。

そこで、思い出されるのが、キャメル山本さんが現場での実践から組織化がはじまる日本企業に対して、トップダウンのルールありきで組織化がはじまるグローバル企業の対比です。

組織化の第一段階が馴染むこととなのか、立場の違いを明らかにすることなのか異なる点か個人主義と集団主義の対比においもて興味深い問題です。

キャメル山本さんの指摘は、日本人は、曖昧な状況下では自己主張を避け(規範)、明確な状況下(裁量)では自己主張するという特質が強く、米国人は曖昧な状況下では自己主張し(個性)、明確な状況下(統制)では自己主張しないという特質が強いという研究結果とも一致します。


様々な性格検査のビッグデータを分析すると、1番目(=説明率が一番高い)に出てくるのは、効力感や有能感の高低軸ですが、2番目に出てくるのが個人志向・集団志向の軸です。

分析結果と行動実態を見比べるに、日本における個人志向は、キャメル山本さんが指摘されるように、やはり集団主義的な個人志向であるように思えます。

一方、日本人であっても長期の留学経験者は、帰国直後においては集団志向であっても、個人主義的だと強く感じます。

それらはやはり、短期的にも文化という環境によって育まれるものなのかもしれません。


俺には関係ねー