2015年2月28日土曜日

チャレンジを生むマネジャー、チャレンジを終わらせるマネジャー

もうすぐ4月、各企業では大学を卒業したばかりの新入社員が入社を迎えます。

学生が就活の時に目にするのは、期待する行動や会社の特徴として多くの企業で語られる「チャレンジ」(挑戦)です。

ところが、企業説明では「我が社ではチャレンジすることを大切にしています。」と言いつつも、「実は、挑戦して失敗すると、後が無いのですよ・・・」とこっそり実態を教えてくれる企業もあります。

信じて入社した社員にとっては悪夢のような話です。

現場の仕事が、困難、複雑になるにつれて、新入社員であっても早期に仕事に適応することが求められていますから、新しいことにチャレンジしようとややこしいことを言い出す新入社員より、言われたことをスマートにこなせる新入社員のほうが現場にとっては実際、有り難いのでしょう。

この実例からもわかるように、現場におけるチャレンジを活かすのも殺すのもマネジャー次第です。

チャレンジを終わらせてしまうマネジャーの特徴は、「自己中心的」「高くない効力感」「優柔不断」といった特徴を持っているようです。

曖昧なこと、不確実なものに対する不信感、うまく行かないだろう、あいつに出来るわけがないというネガティブな予期、本質は何だ?、論理的に説明しろという言葉で相手を詰めながらブレーキを踏みまくる統制といった行動として顕れます。
また、若手から新しい発想が生まれないと公言しながら、面倒でやっかいだから会議から外せとか平気で考える論理的矛盾に気づけない鈍感さも持ち合わせています。

もっともらしいだけに厄介な存在です。というのも、チャレンジの不確実性は回避できるので、現場の仕事は堅実になり、一定の事業成果にはつながるのです。

一方で、チャレンジを生むマネージャーは自らチャレンジを行っている傾向があります。しかし、新入社員と異なるのは、リスクマネジメントも出来る、ということでしょう。(リスクテイクをしない、という意味ではありません)

さて、チャレンジを終わらせるマネジャーが上司だった場合、どうすれば良いのでしょうか。

ポイントは、マネジャーの自尊心を傷つけないようにテーマを設定して意見を準備し、任された裁量内で可能なチャレンジを行うことです。

そして、それでは物足りない、話が違うという気持ちをコントロールすることです。

コントロール出来ない、したくない場合は、社内公募制度や転職によってマネジャーを変えることが唯一の打ち手でしょう。


天を仰ぐ




2015年2月27日金曜日

クラウド型就活は「わかって欲しい症候群」?

2016年に大学を卒業し、企業に就職する学生の就職活動が、3月1日から始まります。就活ナビサイトのオープンとエントリー受付がスタートします。
すでに、内定を獲得している学生の話も聞きますが、多くの企業ではこれからが採用活動の本番です。

ところで、インターンシップに関しても、企業への応募に関しても、一部の学生は多くの機会を持つ一方で、数十件の申し込み、応募しても通過できない学生が居ます。エントリー段階での話です。

当然、その学生は、なぜ通過できないのか理由がわかりません。応募企業は不通過の「なぜ」を教えてくれません。届くのはお祈りだけです。

今日の就活とは積み重なる「なぜ」の山とも言えるでしょう。

「なぜ」の重みで心折れる経験が続くと、学生の気持ちは「なぜ、自分の想いを理解してくれないのだろう?」という気持ちが芽生えてきます。

一方、採用する側の企業も母集団作りから始まって、一人ひとりが見えない採用を行っています。もちろん、採用担当者の願いは、それぞれの応募者としっかり向き合うことですから、割り切れなさと苦悩を抱えながら選考を行うのです。

応募する学生も見えない、採用担当者も見えない。就活はまさにクラウド化していると言えるのではないでしょうか。

そして、クラウド化のもやもやの中で、学生、企業ともに「もっと自分(自社)をわかって欲しい」と願い出す、これは、望ましい状況ではありません。

IT産業でクラウド化が提言されたあと、人々がその実態を理解することはなかなか困難でした。しかし、クラウドが一般化したとき明らかになったのは、クラウドに迷うのでなく、クラウドを使いこなした側のポテンシャルが飛躍的に上がったことです。

そのポイントは恐れるよりも挑むことだと思います。

「わかって欲しい」と思うより、「わかろうとする」こと。

クラウド化する社会のシンプルな行動原理です。


境界を超えろ


2015年2月26日木曜日

新卒採用の仕事は10年後に残っているか

昨日は、りくなび田中潤さんの講演「採用は愛とマーケティング ライブ」を拝聴してきました。

田中さんのお話はわかりやすく、また投影資料も楽しいものです。それだけでも多くの気づきがあるのですが、採用という仕事の「介在価値」については考えさせられることが多くあります。

最近、今後5年、10年、20年後に無くなる仕事という記事をよく見かけます。

大学での研究結果もあります。

オックスフォード大学が認定 あと10年で「消える職業」「なくなる仕事」702業種を徹底調査してわかった

その予測の多くは、技術の進歩により、コンピュータ、ロボット、人工知能などが、人間の知識労働にとって変わるというものです。

特に、大学では、MOOCsによって基礎的な提供サービスの多くが失われることになります。ある予測では、消える仕事として「教師」「トレーナー」「教授」、新しい仕事は「コーチ」「学習コースデザイナー」が挙げられていました。

さて、大学が姿を変えた時、一括採用システムは残るのでしょうか。

「好きな時に、必要な教育を最適なプログラムで受けることが出来る」システムは、逆を返せば、「1年間の時間を切り分けて教育を配置する」システムが無くなることを意味します。

となると、大学生が一斉に卒業する様子は、過去の 風物詩となるはずです。

次に、企業にとっての新卒採用の意味はどう変わるのでしょうか。

健全な倫理観を持ち、前向きな意欲があって、新しいことを吸収する能力が高い成人は組織の新参者として、文化を継承し、組織を発展させる可能性を秘めています。また、組織全体の若返りを実現出来る魅力もあります。

ところが、老化の仕組みが解明されるにつれ、NMNという若返りの薬も開発されているようです。製造を手掛けるオリエンタル酵母工業を傘下におさめる日清製粉(田中潤さんが在籍された会社!)の株も上がっています。

つまり、人間の若返りによって、組織の中に健全な倫理観を持ち、豊富な経験と知識で高いパフォーマンスを発揮し、新しいことを吸収する能力が高い社員が増えたとしたら、組織の若返りの意味は再考を迫られるかもしれません。

但し、組織における異質性、新奇性の獲得は薬による若返りでは実現できないでしょう。

最後に、「介在価値」です。現場が直接採用を行ってもよいのに人事部の採用担当者が新卒採用を行う際の「価値」です。

「価値」には、「出来ないことを実現する価値」と「より高次元に実現する価値」があると思います。

今日、考えている「新卒採用の仕事」とは「人事部の」ということではないのですが、「新卒採用には、学生の大学から社会への移行(トランシジョン)を支援する役目」(田中潤さん)がありますから、これを、現場で行おうとすると、そのインストラクション、デリバリーともに非効率になると思われます。つまり、専任の部門、担当者が居たほうがメリットが大きいでしょう。

以上、まとめると、教育システムの変化により時期的な一括は終わりを迎え、組織も新薬によって若返る時代になると組織に異質な新しい人材をもたらす機能として、未経験の新規参入者予備軍を移行によって新参者に仕立てる仕事は残りそうです。なぜなら、「異質なもの」というのは大概、既存のデータベースやネットワークの中には無いからです。

ただ、それは、「新卒採用の仕事」ではなく、「組織コーディネーターの仕事」なのかもしれません。


潤さんおすすめのピザ たべたーい!!

2015年2月25日水曜日

「ねちょねちょ小宇宙」にドカンとやられた

朝からドカンとやられてしまいました。

「組織を変える」とは「ねちょねちょ小宇宙」の中でもがき続けること!?:「流れる水」と「燃え続ける火」を見つめながら!? 中原淳東京大学 准教授のブログより

なぜ「ドカン」なのかというと起爆スイッチに触れたからです。

「人と組織」を考える際に、人文科学的な「人」の問題、社会科学的な「社会」「産業」「組織」などの問題、そして、自然科学的な「自然界の法則」の問題の交差点で整理、理解することが大切だと最近、考えています。

ここで言っている「人」の問題とは、「人」とは何か?という究極の問いで、それこそ、人類が誕生した時から、進化とともに綿々と続く問いです。

「社会」「産業」「組織」は、最近は年単位でどんどん変化する激流です。

「自然界の法則」とは、自然科学が解き明かす世界を成り立たせている原理です。

ただ、このテーマ設定で考えるのはあまりのも壮大すぎるので、もう少し、身近なテーマで捉え直すと、「人の理解」「社会の変化」「先端テクノロジー」の交差点ということになります。

「人の理解」では、人が自らを描写し、「社会の変化」では予測不可能性と向き合い、「先端テクノロジー」では倫理観の枠に嵌らないイノベーションを受け入れていくのです。


そして、今朝、ドカンとやられたのは「社会の変化」に関する問いかけです。

社会や組織に生じる問題や課題が「散逸構造」であるとの考えは、複雑系の議論の中で古くから提起されていましたが、日頃、組織の課題に向き合うとき、中原先生が言うところの「Traditional model」でスナップショット的に介入しようとすることが多くなります。

しかし、時々刻々と変化す組織の状態に、スナップショットではすぐに限界を迎えてしまうこともとても実感があります。よく出るのが「数ヶ月前とは状況が違うから・・・」という声です。

さらに実際に、組織に何らかの変化をもたらすためには、当事者としての主体の位置は避けて通れません。


スナップショット問題は、数式化によって解決の方向性が見えると考えています。
組織の状態を定数ではなく、数式で把握することで変化の方向性、変化の大きさを理解することが可能となるでしょう。また、結果予測は不可能でも、原理を理解する手助けにはなるはずで、原理が鋭意な初期条件に関わる術を見つけられるかもしれません。

主体問題は、自分自身がどう変われるのかに掛かっている突きつけられた問いです。

いずれにしても寝ぼけた頭を一気に覚ましてくれる波動砲でした・・・


さて、「先端テクノロジー」では、先日の「日立が「幸福感」を計測できるウエアラブル端末、組織の生産性を可視化」という記事が気になっています。

これは、人、サイボーグ、ロボットの定義にもよるのですが人とサイボーグの境界を考える際に、
サイボーグが「自動制御系の技術で人間や動物が身体機能の補助や強化を行った」もの(Wikipediaより)であるとすれば、日立のウエアラブル端末は組織のルーチンに組み込まれた瞬間に間違いなく、サイボーグの領域に踏み込みます。ウエアラブルが将来、埋め込みなど人体一体型になったとするとイメージがつきやすいかもしれません。

先端テクノロジーは倫理感の枠を越えて人と組織に影響を与えるのです。


最後に思い起こされるのは、池上高志東京大学大学院情報学環教授が言われていた「3つ以上の互いに素な周期運動があるとカオスに移行しやすい。内在的に壊れるので、外的になにか特別な事を起こして、周期を破壊する必要はない」  ということです。

つまり、「整理、理解の交差点自体がカオスである」のかもしれません。


目覚めの一撃!






2015年2月24日火曜日

「更新」というビジネスモデルを考える

運転免許証の更新を行って来ましたが、世の中には様々な「更新モデル」のビジネスがあります。多くは手数料と言う形で費用を徴収するのですが、実態は、便益を提供する運営母体の維持費用+α(利益など)が転嫁されたものでしょう。

ソフトウエアのバージョンアップなども考えようによっては「更新モデル」です。

利用者にとってみれば、継続的に同一のサービスを利用できることは大きなメリットです。そのうえでサービスの便益(ベネフィット)と支出のバランスで更新する、しないが決定します。

更新比率が高まると運営事業者にとってみれば、収入が増加し着実に事業が拡大します。

更新比率が下がると、事業を維持出来なくなる可能性が生じます。

つまり、いかに「更新させるか」が事業としての重要成功要因(CSF)です。

要は、cost-benefitのデザインですね。

より多くのベネフィットがあると、コストが高くても更新されますが、デザインした通りのベネフィットを利用者が得るかどうかは不明です。そして、多くの場合はデザイン通りにはいきません。

最優先課題はベネフィットの設計です。

その背景には、「大手を振るって車を運転できる(身分証明にもなる)」、「最新のプログラムを利用出来る」、「名刺に資格を記載できる」、「専門家としての立場が保障される」、「趣味の世界を高められる」などなど、利用者の目的や目標が描かれていますからその本質を見極めることが大切なようです。


5年の月日(^^;

2015年2月23日月曜日

「動機」って「理由」?、「やる気」? 

普段、何気に「動機」という言葉を使っていますが、ちょっと間違って使っている気がしました。例えば面接時に聞く「志望動機」であったり、入社を促す際に使う「動機形成」です。

「動機」とは「心理学で、人間や動物に行動を引き起こし、その行動に持続性を与える内的原因。」(デジタル大辞泉)とのことです。

一方、英語でmotivationは、

the psychological feature that arouses an organism to action toward a desired goal; the reason for the action; that which gives purpose and direction to behavior

と説明されます。

個人が目的に向かう気持ちの源泉である心理的側面、行動の理由、行為の目的や方向性を与えてくれるもの とその言語的説明には幅がありますが、「ある行為」を強化する心的なものであることには違いはありません。

さて、行為の「起点・持続」と「強化」は別問題です。

不親切な店員の態度に腹を立てて、店にクレームをつけるとしても、ツイッターでぼそっとつぶやくのと、店長を呼びたてて土下座を強要する(←犯罪です)のではまったく異なる行為です。「行為」の強弱は「やる気」ですね。

ところで「志望動機」といったとき、私が聞きたいのは「なぜ」と「どのくらい」です。「動機形成」のときは「決め手」と「意欲を引き出す」ことでしょう。

冒頭、なぜ、間違って使っていると思ったのか、ですが、多くの面接時に「志望動機を語ってください」と聞いたときの答えに違和感を感じるからです。

「御社でなければならない理由」は聞けるのですが手応えがありません。それは、「フローな状態」でないからでしょう。

結局聞きたいのは、仕事に対する「正の誘発性」なのです。

そこで、これからはモチベーションについてではなく、エキサイティングであるか、ハッピーか尋ねるようにしようと思います。


エキサイティングでハッピー!

2015年2月22日日曜日

「適性診断」のなぜ? 現実とデータの共通点から紐解く

良く、問題と課題の違いとして語られるのが、問題は具現化し表象化しているものであり、氷山に例えれば水面上に見えている部分であるのに対して、課題は事象の背景として潜在化し、氷山では、水面下の見えない部分である、ということです。

潜在化している部分のほうが事象に対してより大きな影響力を持っていて、それを解決しないことには、モグラ叩きのように、いくら問題を解決してもキリがありません。

さて、データにおいても問題と課題の関係性に類似した状況があります。

データから意味を読み取ろうとすると数値が絶対的に、もしくは相対的に高い、低いという読み方をするのが一般的です。

例えば、「アイスコーヒーを購入する」人が多い多い、少ない、といった感じです。

では、なぜ多いのか、少ないのか、ということに目を向けるとこのデータの読み方だけでは足りなくなります。気温が高い、低い、嗜好性が有る、無い、などデータの真因を理解しないと「なぜ」が説明出来ません。

そして、「なぜ」が無いと根本的な解決には至りません。

この、データの真因を描き出すのが「因子」です。

直接、データとして理解することは出来ませんが、データを説明する重要な要因です。

さて、適性診断という仕組みは、性格因子を測定して、職業や仕事などへの適性を見るものです。

アンケートなどによりデータを取得し、回答の背景にある性格因子を特定します。

なにもそんな面倒なことをせずに、直接、性格因子といわれるものを聞いてしまえば良いではないか、そんな風に考えたくなりますが、「あなたは神経質ですか?」と直接的に聞いた時に、いくつもの問題が発生します。

それは、「本当のことを答えるか」、「自分のことを正しく理解しているか」、「聞くたびに答えが変わらないか」といった問題です。

背景にあるのは、人の思考のゆらぎです。

このゆらぎのノイズを減らすのが適性診断の役割であり、ノイズの無さを数値化したものの1つがα係数と言われる信頼性に関わる値です。

実際、データの分析を行う際、3つのノイズが加わった状態では良い分析結果が出ません。

しかし、そこにはカラクリもあって、「同じことを複数回聞く」「より多くの質問で聞く」といったことにより数値は高くすることが出来ます。

常に繰り返される事象の原因は特定しやすい、ということと一緒です。

そうなると、たまにしか発生しない事象、もしくは固有の事象の真因が特定できません。

そして、世の中、たまにしか発生しない事象や固有の事象を解決することが強く求められています。社会がどんどん複雑化、突然化し、予測困難になっているからです。

データにおいても「あたり前」ではなく固有の「なぜ」を説明することが強く求められています。

変化に飛んだ現実の問題の背景にある課題を、現実の問題を解決可能とする形で解決すること。

「適性診断」のなぜ? が大きく、より深く変化しているように感じます。


世界はわかりにくくなっている

2015年2月21日土曜日

採用面接3段階 「現場に溶け込む」、「現場に託す」、「未来を託す」

今日は午後から採用面接を行います。

といっても模擬面接です。

ボランティアですが実際の採用面接と同じ気持ちで臨みます。

ただ、通常は数回に分けて行うことを1回で行うのはちょっと忙しい感じです。

ポイントは、採用における見極め視点として、企業で必要な固有の能力ではなく、職場、組織、事業へのマッチングを判断したいと思います。

質問には、経験を問うもの、意欲を問うもの、考え方を問うもの、人との関わりを問うもの、知性や知恵や創造性を問うものなどがありますが、すべてをバランスよく配して面接者のことを理解しましょう。

面接者は、高等教育である大学に在籍する学生ですから、意味づけが出来ている経験の多さ、多様さ、目標やビジョンに関するこだわりと意欲、内省や思索を通じて得ている価値・判断の鋭さや多様性・独自性、他者との関係性の持ち方や摩擦・軋轢との向き合い方、そして最高学府の証が聞き出せると良いですね。

もちろん、それが仕事にどういきるのかを脳内でマッチングして評価するのですか、以下のようなマッチングではないかと思います。

経験→意味づけ→本質への気づき→選択肢の拡大・・・仕事の幅と成長のポテンシャルは?
目標・ビジョン(→その背景)→こだわり・執念・・・自身のリーダーシップに至っているか
価値観(大切していること、ゆずれないもの)→内省・思索(なぜ?)・・・固有の認知バイアスを知る
他者との距離→葛藤経験の有無→対処の状況・・・環境への適応と成長への確信
証・・・目に見えないナレッジワークにおける期待・魅力・ワクワク・Aha!

それは、
現場に溶け込むことが出来るか
現場に託しても自ら成長する力をもっているか
未来の活躍がひらめくか
という3つのポイントに至るプロセスです。

さて、だいぶ盛ってしまいましたがどうなることやら。


でか鼻

2015年2月20日金曜日

愛と独断で考える長子的リーダーシップ、末子的リーダーシップ

人が持っている多くの社会的な能力は、置かれた状況や環境からの影響を受けながら獲得されるものです。

幼少期に最も影響を受けるのが親や家庭といった狭い世界からでしょう。

さて、まったくの独断で家族関係がリーダーシップに与える影響を愛を持って考えてみたいと思います。

まずは、長子と末子の5つの特徴です。

長子の特徴
1.長に慣れ、従に不慣れ:どことなくフォローがぎこちないが長に据えると居心地良さそう
2.模範的だけど非規範的:「俺をよく見ていろよ」だけど「俺がルールだ」
3.共感好きで、孤独好き:お互いに通じ合えることを好むけどたまに放っておいて欲しい
4.責任嫌いだけど覚悟がある:最後は自分なんだろうなとどことなく理解している
5.世界を描く:自分なりの「世の中とはこういうものだ」という感覚を大切にする

末子の特徴
1.長に拘らず、従が嫌い:上手にフォローしているようでも常に抜け駆けを目論んでいる
2.革新的だけど模倣的:「今までないこと」で「今まであるもの」を倒そうとする
3.反感好きで、孤独慣れ:「自分はこう思う」というのが好きで放っておかれても平気
4.責任萌えだが覚悟は柔い:やってみたがりだが本心ではない
5.世界を止める:異なる世界を素早く観察、理解し、柔軟に受け入れ対処する

とまあ、このようになりました。
改めて言いますが「私見」です。

これを、リーダーシップにおけるエモーション、バリュー、パーソナリティ、ロール、コンテキストとすれば、長子的リーダーシップと末子的リーダーシップの違いが見えてきます。

一言でいえば、

長子的リーダーシップは「問い」を起こしながら世界の完成へ積む、
末子的リーダーシップは「変化」を起こしながら世界の扉を開く

そんな印象(あくまでも個人的な)です。

もちろん、世界が完成するか、扉が開くかは別問題ですが・・・


春なのです




2015年2月19日木曜日

わが社は終身雇用です。しかし・・・

終身雇用を掲げている企業でも、役職定年や、希望退職制度、早期退職制度の拡充、複線型人事制度など、条件付終身雇用に転換していることが多くなっていると思います。

なぜ、終身雇用の看板を降ろさないのかといえば、正社員が無期雇用契約であること、定年制度との絡みでそもそも終身雇用とはいっても条件付になっている、社員に安心感を与え長期間の貢献をコミットさせたいなど、いくつかの事情が潜んでいるのではないでしょうか。

また、昨今の就活生は、終身雇用を望んでいるという調査結果もあるようですから、有利に採用活動を進める効果があるのかもしれません。

さて、「終身雇用、しかし・・・」となればなるほど、「しかし」の想定が重要になってきます。
例えば、ざっと考えただけでも以下のような想定です。

1.契約上の想定・・・法令的に発生する権利、義務の整理
2.事業環境上の想定・・・業績悪化、事業転換の可能性といったリスクマネジメント
3.人材価値の想定・・・能力開発の結果として価値が減損した人材への対応

つまり、採用時におこなう身分の保障、要員計画と適性配属、人材開発プログラムの実施の逆です。

ただ、これらを想定することは、雇用側だけでなく被雇用者にとっても必要です。組織に集う人材をマネジメントするのが経営であれば、自分自身をマネジメントするのは当人だからです。雇用側のマネジメントに問題が多々あったとしても、要は「自分の人生」です。

話を元に戻しますが、採用時と逆の想定をするということは、「排出」の想定です。言葉が悪ければ「輩出」でも良いかもしれません。(「読み」は一緒ですし・・・)

「輩出」の想定が無い採用はある意味、無計画であるとも言えるでしょう。(採るには採った。あとは野となれ山となれ・・・)

本当の実態はわかりませんが知りうる限り、人材輩出企業といわれるリクルート社は、想定が出来ている企業のよい例だと思います。

一般論として、輩出しなければ回らない企業は当然、輩出まで含めて採用を考えていますが、定年まで勤続することを前提として描いている企業が、採用時点で輩出まで考えているのは稀なのでしょう。


採用時に、輩出のことを考える。

一見、へそ曲がりのようにも思えますが、これを行うと採用時にその人材に何を期待しているのか、どこで採用判断の葛藤を抱えるのかが見えてくるように思えます。


ながーく勤める?



2015年2月18日水曜日

子供が「サービス化する社会」によって獲得を阻害される大切なものとは?

社会人が仕事力として求められる力のなかで「PDCAを回す力」というのがあります。

いろいろな亜流もあり、また「闇雲に行動するのでなく、ちゃんと事前に計画を立てて行動し、その結果を振り返ることで計画を改善して、次の行動につなげる」という無計画さに釘を刺す場合であったり、「立派な計画ばかり作っても実行して結果を検証しなければダメなんだぞ」的に実践の弱さに対する意味が込められる場合があったりと、現場においては幅が広い概念です。

さて、とある企業で若手社員の様々な力を測定した中で、得点が低かったのがこの「PDCAを回す力」でした。一方、「成長意欲・学ぶ姿勢」などは高い得点でした。

「PDCAを回す力」は、計画、行動、検証、改善とプロセスに連なって4つの実践でのアウトプットが必要な難易度の高さもありますが、そもそも、発達段階における計画的有能感の獲得が上手く出来ていない(力を発揮する素地が出来ていない)可能性もあります。

というのも、多くのデータを見ていますが矛盾を受け入れる力と同様に計画的有能感が低い傾向が見てとれるからです。

計画的有能感は、思春期に自律的に目標を持ち、計画を立て、それを達成する経験の豊かさから獲得されます。

自己効力感は効力予期と結果予期における肯定感ですが、計画的有能感はもっと複雑で予測困難なことに向き合うときに重要な役割を果たすと考えられます。

直感的にも「PDCAを回す力」と計画的有能感の間に関係性がありそうに思えますが、実際の仕事ぶりを見るに計画的有能感が低い人の特徴として、仕事の難易度に関わらず「予定を入れることが苦手」、「予定通りに仕事を終えられない」といった共通性が確認できます。仕事の段取りと仕事を終わらせることに不足があるのです。

小さなタスクはもとより、プロジェクトとなれば仕事はさらに複雑さと困難さを伴いますから、計画的有能感は仕事力の基礎であり重要なファクターであると言えるでしょう。

さて、本来であれば、成長段階で通過する経験を通じて獲得されるものがなぜ、十分に獲得されていないのでしょうか。

2つの観点があります。

一つは、以前より、社会が複雑で困難になっていること。

今までと同様な経験だけでは、実社会の複雑さ、困難さに立ち向かえなくなっている可能性は否定できません。情報化社会、ボーダーレス、グローバルなど社会の複雑化は加速しています。

もう一つは、通過する経験が減っている可能性です。

計画的有能感が、主体的な起案と達成の蓄積で獲得されるのであれば、主体的な起案が減り、達成感が減少する社会的な環境変化とは何でしょう。

同じ課題の達成でも、課題に取り組むきっかけが内発的動機と外発的動機では達成感に差が生じることはよく知られています。同一の作業でも金銭的報酬が少ない方が満足度が上がることも研究されています。

翻って社会を見渡すに、子供向けのサービスが溢れています。それは学業から遊びに至るまであらゆる場面においてです。

一見、子供が自ら選んでいるよう思える物事でも裏を返せば仕掛けのうえで興味や行動を分析され、気づかないうちに誘導されている可能性大です。

こうして得られる経験は、消費の経験です。誰にも真似できない固有の価値を生み出す経験ではありません。計画的有能感は、生得的なものでなく、後天的なものです。そして固有の価値の創出は本来、生存の優位性を獲得するプロセスでもあるはずです。

このような問題提起は以前から盛んにありましたので目新しくはありません。

もちろん、後天的に獲得できるものなので、大人になってからの獲得も可能ですが、本当に必要になってから獲得しようとしても泥縄状態ですし、時機を逃すと獲得が容易でない実感があります。


子供を商品化することへの問題意識同様、子供を顧客化することにももっと問題意識を持ったほうが良いのではないか。

計画的有能感が低いデータを目の前にして、このつけを払うのは誰だろう、と思わずにはいられません・・・


発達と獲得



2015年2月17日火曜日

反面教師っていう教師はいるの?

【反面教師】
悪い面の見本で、それを見るとそうなってはいけないと教えられる人や事例のこと。それを見ることで、反省の材料となるような人や事例。その言行が、そうしてはいけないという反対の面から、人を教育するのに役立つのでいう。 goo辞書 三省堂提供「新明解四字熟語辞典」より

仕事に限らず、日常には学びや気づきが溢れていると思います。
時に、「あの人のようにはならないように気をつけいよう」という学びであったりします。

「反面教師」という言葉を生み出したのが毛沢東だったとは知りませんでしたが、結果として学びや気づきを得られたとしてもやっぱりその人が「教師」と言えるのでしょうか。
疑問を感じるのは、「教師」は、意図や目的を持って他者の学びや気づきを支援する役割だと考えるからです。

人には様々な個性、癖があるので、他者にとってみれば心地よく思われないことも多くあります。

一方的にしゃべる人、人の話を聞かない人なども他者からは不快な人で、「あんな風にならないよう、自分も気をつけなくちゃいけないな」と思わされますが、そのなかでも受け入れられる人とそうでない人がいます。

その違いは何でしょうか。

結論から言ってしまえば、「他者から受け入れられる人」は、「自分の個性や癖、欲求と向き合っている人」であり、「受け入れられない人」は「自分の個性や癖、欲求むき出しの人」でしょう。内省の有る無しですね。

とはいっても、個性や癖、欲求を凌駕した能力を発揮する人の場合、他者からの尊敬を集めますからこの限りではありません。そして「教師」は尊敬を集める(であって欲しい)存在ですから、内省が無くても立派な「教師」ということになります。


もう少し丁寧に考える必要がありそうですが、尊敬を集める「教師」は「反面教師」ではありませんから、やはり「反面教師」という「教師」は居ないということだと思います。


眺むるに

2015年2月16日月曜日

M&Aであきらめないこととは?

今や、事業戦略においてM&Aは欠かすことのできない一手になっています。

企業や事業を、買収したり売却したりして、変化の激しい環境に立ち向かう、格好良く言えばそんなことでしょう。

ところが、目論見通りに行かないことも多い様です。

M&Aの目的は、大企業と中小企業ではちょっと違うようです。

大企業では、「競争力」と「再生」が主なテーマとなるのに対して、中小企業では「事業の継続」が主なテーマとなります。前者がロジカル、投機的であるのに対して、後者は、縁結び的です。

さて、M&Aでは事前に、デューデリジェンスという「値踏み」を行って、買収額や売却額を決めるのですが、「人」の問題は意外に手付かずで残されてしまいます。

もちろん、人に関わる制度上の違い、とくに報酬や資格に関しては、早期に検討が成されますが、異なる組織同士の人材の融合に関しては見送られるケースが散見されます。

主な理由は、「難しいから」でしょう。

大企業におけるM&Aではそれで良いかもしれませんが、中小企業のM&Aではそうも言っていられません。

「縁結び」だったはずなのに最初から「家庭内離婚」ではシャレにもなりません。

そこで必要になるのが、共通点探しから始まるチーム作りです。

まずは、共通点を確認することで異なる組織間の見えない壁を崩し、その上に新たな建屋を建てる、そんなイメージでしょう。

組織間の見えない壁とはどこにあるのかと言えば、それは人の心の中にあるものです。毎日、組織を言葉で描き続けることで心の中に築かれるのです。

新たな世界の創造者は、例えドンキホーテのようであっても壁に向き合います。ヤフーで組織開発を行う吉田毅さんのモットーは「日本を元気にすること」。

この位大きな目的を持ち、ちょっとくらい失敗してもあきらめない人でないと、組織構成員、一人一人の中にある心の壁を打ち壊す楔になれないのでしょう。

ただし、組織開発に関しては
①行き当たりばったりはダメ
②打ち手は何だっていい
と、中原准教授は仰っています。最低限、デザインは必要なのです。

ということで、M&Aであきらめないこととは、「デザインし、情熱を燃やすこと」ですね。


情熱!

2015年2月15日日曜日

「世界を止める」大切さを鳩から学んでみる

なぜ、鳩は頭を振りながら歩くのか WIREDより

朝、公園を通るときそこには多くの鳩が居ます。

彼等が歩く時に首を振る姿は滑稽に感じられますが、冒頭のエントリーでは、その理由を
動物が持っている「世界を止める」技であると説明していします。

”目はそのままでは体の動きについていけない。そのため、昆虫から鷲に至るまで、あらゆる動物は世界を動かないものとして見る技をもっている。”

「世界を止める」という表現は、「気流の鳴る音 交響するコミューン 真木悠介著」に出てくる好きなフレーズです。

その理由は、

1.ドラゴンボール的に格好いい・・・地球だって手玉にとれる、イヤボーン症状と言われるあれです
2.とは言っても意味がわからない・・・すぐ我に帰って、どうあがいてもスーパーサイヤ人には成れないことを思い出します
3.故に何なのか、知りたくなる・・・だからと言ってシュンとならない、知的好奇心は宝です
4.知ると気づきがある・・・「世界を止める」ことを思索し挑戦したくなります

といった段階を踏む必要があるのですが、本の中に出て来る「おとなはたえまなく世界を描写する教師として、その子が描写されたとおりに世界を知覚するまで役目を果たす」という一節は、企業人と会社に入った新人の関係性に置き換えることもできる身近な実例です。

そして、世界を渡り歩くことが「移行(トランシジョン)」である、とも言えそうです。

さて、重要な事は、「世界を動かないものとして見る技」です。

言語で守られた世界は、再生を続け自らを守ります。理念、人材像、コンピテンシー、行動規範、評価制度によって企業世界は守られいくのです。

ところが、「生きる」うえで、「世界を止める」ことは必須であるようです。それは、機会を生み、脅威を減らす技だからです。

世界が絶えず描写されるなかでその世界を止める技とはどのようなものなのでしょうか。

考えるに、組織人にとっては、知的探索であり、心身の越境であり、創発することなのだと思います。


本質を考え、未知の領域に挑み、発見とひらめきのある日常を過ごすことは鳩が首を振るが如く、生きるうえで当たり前の行為である、と言えるでしょう。


ぽっぽっぽ・・・

2015年2月14日土曜日

年功序列の終焉と格差の拡大

日本的経営の特徴であった年功序列に関する記事が最近流れていました。

一般社員も脱「年功序列」=来年4月から―パナソニック

「あった」と敢えて過去形で書いたように、すでにだいぶ前から、「年功序列」は日本企業共通の特徴では無くなっています。

「年功序列」の崩壊が始まったのは、リストラが盛んに行われ、成果主義の導入が始まった時期だと思われます。

「年功序列」は右肩上がりの事業成長のもとで、社員を定年まで会社に引き留めるための仕組みだったので、事業が成長せず、社員を減らさなければならない局面では、企業にとって不都合なものとなったわけです。

また、給与の配分を遅らせる「遅延報酬」を可能とするのは、企業内部の留保ですから、仕組みとしても維持することが出来ません。

ですから、今日、「年功序列」を維持している企業には止められない事情があると考えたほうが正しいのかもしれません。

さらに「年功序列」は1社で実施してもあまり効果がない仕組みです。

実力本位になればなるほど、企業が引き留めたい優秀な人材に対する市場のニーズは高まります。給与を低く抑えられた若年層にとってみれば、年功型でない企業のほうが魅力的に見えますから引き留め施策としては効果が出なくなります。

こうして、「年功序列」の崩壊は、人材の流動化と同時進行するのですが、「年功序列」は、社員のライフステージとも密接に関わってきました。結婚、出産、子育て、進学と、ライフステージが進むと、多くのお金が必要になります。そして、「年功序列」は、社員の能力に関わらず、生活を支える役割を果たしていたのです。

「年功序列」が崩壊したことによって、若年層であっても、給与が上がらない層が確実に出現します。一方で、どんどん給与が上がる層が出てくる。こんなところにも格差社会の影が確実に広がっています。


がんばれ、若者!



2015年2月13日金曜日

「学び上手さん」と「学び迷子さん」議論に便乗して

中原先生発信田中潤さん呼応の「学び上手さん」と「学び迷子さん」に便乗して考えます。

「学び上手さん」で思い浮かぶ人は、経験を言語化できる人です。

もう少し具体的に言うと、魅力的なブログを書く人。
ハラハラ、ドキドキの体験から、気づきと内省があり、この先どうなるのだろうか?という良い期待が膨らみます。

一方、「学び迷子さん」で思い浮かぶ人は、資格を取得しても、それを仕事という、最も日々に密着したチャンスで活かすことができない人です。言語化の前に経験を生み出せない状況です。

「学び上手さん」と「学び迷子さん」を考え、端的に表現するとこのようになります。


上手さんと迷子さん

2015年2月12日木曜日

HR事業者のバリュー・プロポジションから事業タイプを勝手にネーミングしてみた

バリュー・プロポジションとは、簡単に言ってしまえば、事業のスタンスです。

事業ドメインの設定や見直し、SWOT(強み弱み機会脅威)分析などを通じて、事業の特質を定めるフレームワークです。

具体的には、「カスタマー・オリエンテッド」、「プロダクト・オリエンテッド」、「プロセス・オリエンテッド」に分類します。


お客様の言うこと第一に何でもやります!というのがカスタマー・オリエンテッド、

世の中に無い革新的な商品・サービスを提供します!というのがプロダクト・オリエンテッド、

圧倒的に効率的、合理的な仕組みを提供します!というのがプロセス・オリエンテッドです。

もちろん、ハイブリッドもありますが、この3つは割りと、こっちをとればそっちが立たず、みたいな関係なので欲張ると、とても中庸なポジションになってしまいます。


HR事業者(人材に関わるサービスを提供する事業者)に当てはめると、カスタマー・オリエンテッドなポジションにあるのが人脈をつないでビジネスを回す「人脈全開系」、どっぷりと企業に入り込みコンサルティングを実施する「クールコンサル系」、講師の熱さとカリスマ性で顧客の心を掴む「熱血研修系」の事業者などでしょう。

プロダクト・オリエンテッドなポジションにあるのは、資本力のある「何でもパッケージ系」、それと、世の中の矛盾らしきものを声高に訴求する「どうですか皆さん系」の事業者。

そして、プロセス・オリエンテッドなポジションにあるのが、ITの力で全てを解決しようとする「ITオラオラ系」と、面倒な業務を一手に引き受ける「アウトソーシング系」と、割とコロコロ換わる公的な制度をばっちり捕まえてビジネスにするのが得意な「制度がっちり系」の事業者です。

カスタマー・オリエンテッドな事業者は、顧客合わせになるので商品やサービスのパッケージ化が苦手ですし、効率が良くないので高コストです。

プロダクト・オリエンテッドな事業者は、プロダクト中心なので、顧客ごとの細かいニーズに応えるのが苦手で、商品やサービスの安売りを嫌います。

プロセス・オリエンテッドな事業者は、結局、顧客ごとのプロセスが発生してしまい、四苦八苦します。

顧客である企業は、「自分達を第一に考えてくれて、効率よく、最新の商品やサービスを出来るだけ安く提供する事業者」を選ぼうとしますから、多くのHR事業者はどのポジションを取ろうとも、常に自己矛盾をはらみながら事業を行っているのでしょう。


事業、いろいろ

2015年2月11日水曜日

ブログを2年間毎日書いて気づいたこと

気がつけばこのブログを書き始めて2年以上が経ちました。毎日書くことを目標にしていますが、今のところ、何回かの締め後(24時過ぎ)はあるものの、継続して書けています。

ブログ書き始めのきっかけは、「自分か変わること」の実践です。

仕事の立場的にも、他者に変わることの期待を伝えることが多い一方、「過去と他人は変えられない。変えられるのは、自分と未来。」であり、自分はどう変われるのか、挑戦してみようと思ったのです。

特に、「毎日の習慣作り」に関しては、もともとの飽きっぽい性格もあって、一度は手にしてみたい憧れでもありました。

さて、2年間書き続けて、習慣を手に入れるとはこんな感じなのかなという実感も得ることが出来ました。

それは、「食事をするのと同じように、日々、考え、それを文章にする」ということです。

だた、それだけです。
要は、準備と時間を確保すれば可能なことでした。

しかし、「日々、考え、それを文章にした結果」からも発見はあります。

ひとつは、自分の思考の癖です。

「なんだか同じことをいつも書いているなぁ」と思うことがあります。書いている時は、気づかないのですが、振り返ると同様なことを書いている、これはあきらかに、最初に頭に閃くことです。

日々どころか瞬間瞬間、様々なことが頭に浮かぶのですが、何を文章にするか決める判断に癖があるのです。

恐らく、毎日、テーマを思いつくままに10個掲げた時、いつも最初の方に出てくるテーマがそれです。

ですから、最初に思いついたテーマを捨てることはこの習慣づくりにおいては大切なポイントとなりました。(それでも似たようなことを書いていますが・・・)

もうひとつは、思考の忘却です。

過去のエントリーは、記憶のメモでもあるので時に読み返すことがあるのですが、こんなこと考えていたんだ・・・と感じることが少なくありません。

文章にするということは、思いつきを書き留めるのでなく、思索を深めることでもあります。思考の迷子になりながら、捻りだしたり、見つけたものは、時を経て眺めると新たな気づきを与えてくれます。何故か新鮮なのです。

同じことを思いつく一方で、新しい発見はどんどん忘れていく。

ブログを書くという習慣づくりを通して、「自らを変える」とは、「癖を避けること、気づきを忘れないこと」だとわかってきました。


閉じ込めない

2015年2月10日火曜日

人を動かすのはアート、人を動かすアート

先日参加したセッションは、ミュージカルの要素を新人研修に役立てるというものでした。

冒頭で、主催された中原先生から、効果的な研修には科学的に解明された3つの大切なポイントがあることの紹介がありました。詳細についてはお話をされませんでしたが、その3つを押さえれば失敗はしない、最低限のレベルが担保されるそうです。

一方で、人を動かすには「アート」が必要であり、良い研修は、サイエンスとアートの中間にあると述べていらっしゃいました。

セッションではその後、インプロ(即興)に入ったのですが、確かに、「声で働きかけて他者を動かす」ためには、「頭」だけでなく、「心」への働きかけが重要であることが実感できました。(そのためには、まず自分の殻を破ることが重要!)

さて、「アート」に関しては、もうひとつ記憶に残る話があります。

とあるメガバンクの人事企画の方から聞いた話です。

「人事異動はアートでやっていますね」

銀行には、3年ルールみたいなものがあって、長期間、同じ部署や支店に留まらないよう、活発に異動が行われています。

非常に多くの人を定期的に異動するために、どんなアプローチを使っているのか聞いた時の答えが上記のもので、その方は、異動を行っている担当者の仕事ぶりを「アート」と評したのでした。

こちらは、「声で働きかけて他者を動かす」のではなく、「頭で考えて他者を配置する」仕事です。

音を配置する、造形を配置する、色を配置する、演技を配置するなどなど、無機質に捉えればアートには構成要素を操作して他者に「何か」を伝えると言えないこともありませんが、「他者の心を動かす」ことがメインで配置はそのために必要なワークと言えるでしょう。

時に「アート」=「感覚」のような図式で、個人の内的なもののように捉えられ、「異動はアート」と聞くと、根拠が薄い仕事ぶりのようにも感じられますが、そもそも「組織を動かす」ことが人事異動の目的と考えれば「アート」があることはとても大切なことに思えます。

かつて、ある人事部長が、「施策における人材に関するデータ利用は50%」と仰っていましたが、人事異動も、「サイエンス」と「アート」の中間にあるようです。


じー・・・

2015年2月9日月曜日

職場の”幸福感” ウエラブル端末と技術で幸福を測る?

日立が開発したウエラブル端末は首からぶら下げて、その人の会話や揺れなどを測定し、活動の状況から組織の活性度を算出するそうです。

「首からぶら下げる新製品」というと、インフルエンザ予防を謳い、その後、効果がないとあっと言う間に市場から消えた商品を思い出しますが、幸福度を測る端末は普及するのでしょうか。

「幸福」に関しては、ブータンで提唱されたGNH(Gross National Happiness)という指標が有名です。「1.心理的幸福、2.健康、3.教育、4.文化、5.環境、6.コミュニティー、7.良い統治、8.生活水準、9.自分の時間の使い方の9つの構成要素」から成り、「72項目の指標に1人あたり5時間の面談」でデータ化されるそうです(Wikipediaより)

以前、「脳と心の幸福を考える」というエントリーを書きましたが、エントリーの題材となった、パネルディスカッションで東大教授の池上高志さんが、科学を統計で語れない根源的なものとして表現されたことが今でも強く印象に残っています。

数値で活性度を測ることは可能だと思います。また、その活性度が、”幸福感”と正の相関を持っていることも想像に難くありません。

しかし、池上さんが語られたように、”幸福感”とは、根源的なものであるでしょう。

別のエントリー「数式と神託 反転する自己と世界のものがたり統計やITによって可視化出来ない」でも池上さんの話を引用したのですが、「グーグルがすべてのものにラベルを貼って行くが、ラベルの貼れないものが必ず残る、そして、それに重大な意味が隠れているだろう」という一節を思い出さずには居られません。

これからも、ITや指標や統計などで”幸福感”に様々なラベルが貼られていくことと思いますが、貼り尽くせないもの、それが”幸福感”だと考えます。

そしてそれを証明するためには、ラベルを貼りまくる必要があるのです。


Happy by Pharrell Williams



2015年2月8日日曜日

フィールドワーク展にみる学生のステージとアウトプット そして社会人は?

慶應義塾大学環境情報学部加藤文俊研究室のフィールドワーク展Ⅺ「両想い」を短時間でですが見てきました。

今年の会場は、横浜馬車道のBankArt Studio NYKというアーティスティックな場でした。

展示は、4年生卒業プロジェクト、修士研究、2/3年生グループワーク、あと、めおと(OB・OG展)の構成に分かれていましたが、それぞれのコーナーの展示に大きな質的違いが感じ取れます。

最初に、めおと(OB・OG展)のコーナーを見てしまったのですが、正直「あれ?何だっけ?」という混乱した印象を受けます。フィールドワークに見られるコンテキストが見えない。ボードゲーム、ジオラマのお弁当など、確かに昨年もありましたが、昨年は道順が見えていて最後にあったものと記憶しています。

広い会場で道順も無いので、そこからは気になるところを順に見て回ります。

そして気づいたのが、各コーナーの質的な違いです。

2/3年生グループワークのコーナーはテーマと活動とアウトプットの流れが非常に見えやすいものでした。それは加藤教授のデザインのもとで活動しているからでしょうか。

4年生卒業プロジェクトコーナーは、フィールドのデザインも学生が自分で行うのでしょう。個性が見えて来ます。そして、個性とともに好みも見えて来るようです。

修士研究コーナーになると、デザインもワークも研究的と感じました。

そして、冒頭のめおとコーナーです。そこにあるのは、アクティビティ、「存在」だと思いました。

さて、わずか数年間の中に見られる文脈の質的違いとは何なのでしょうか。

会社の若手を通して考えてみると、メンバーからリーダー、そしてプロフェッショナルに至る階段を登る3つのステージに良く似ていると思います。

1.部分的に任され、主体性を求められる →主体性が発揮されるとステージ2へ
2.自主性を期待され、自律する →自律し信頼を勝ち取るとステージ3へ
3.信頼を得て、信頼に応える →信頼を上回る成果によってプロフェッショナルへ

社員の育成において、この3つのステージを順調に登らせることは、なかなか難しいと感じてます。そこは、指導力が問われる場面です。


両想い

2015年2月7日土曜日

ブルーボトルコーヒーとスターバックスは何が違うのか

”コーヒー界のアップル”と言われるブルーボトルコーヒーが日本に出店しました。

え?清澄白河?なんで?

そう、私の住まいからさほど遠くない東京の下町、深川と呼ばれる地域です。
確かに、東京都現代美術館が開館して依頼、徐々に街にアートが広がり始めていますが、おしゃれな若者が数多く集う場所ではありません。

近く、青山でも店がオープンするそうですが、清澄白河が一号店というのはびっくりです。

オープンが昨日。2時間半待ちという情報が流れていたので、冷やかしで見に行ったのですが、天気も良いので並ぶことにしました。

違いその1.近くにスターバックスは無い清澄白河に一号店(ドトールもエクセシオールも無い)

なかなか動かない行列ですが、何やら前のほうで皆、写真を撮っています。え?あの人・・・

違いその2.CEOのジェームス・フリーマンが行列に並んでいる人、一人ひとりにお礼を言って回っている(しかも日本語!)
ジェームス・フリーマンの服装は歩くブルーボトルでした。




ブライアン・ミーハンも見かけました。

違いその3.看板が無い
アップルストアに近いので”コーヒー界のアップル”と呼ばれるのでしょう。


ロゴも無い



違いその4.目の前でドリップ
オープンキッチンみたいです。並ぶでもなく、目の前で繰り広げられるドリップを見ていられます。また、ドリップしながら店員さんがお客さんに「どこから来たのですか?」と気軽に話しかけていました。


ポタポタ


ポタポタ

違いその5.名前を呼ばれてコーヒーなどを受け取る
これは、新鮮です。シンガポールエアラインのビジネスクラスを思い出しました。



違いその6.ガラスのコーヒーカップ(スターバックスでもあるのかも知れません)
陶器好きとしては、ちと冷たい印象。コーヒーが冷えるとさらに冷たい感じになります。



SINGLE ORIGINを飲んでみました。酸味がありました。



ワッフルを包んでいるのはドリップのフィルター♪

違いその7.店内に大きな焙煎機がある
焙煎はしてませんでしたが、奥ではフォークリフトも動かして荷物を運んだりと、まさにガレージです。


焙煎マシーン


倉庫棚にフォークリフト

違いその8.サードプレイスではない
店内での飲食は、居心地本位ではなさそう。ここで対話から何かが生まれる予感はしない。


背もたれのないカウンターチェア

違いその9.ヒゲ男子がいっぱい。しかも皆、格好良い
ヒゲオヤジとしてはうれしい(笑)。


みんなヒゲ


こっちもヒゲ

という感じで、わかりやすい違いを9個取り上げてみました。
そして、スターバックスと全てが違う、というのが私の結論です。

最後に、店の周囲について触れておきます。


周囲の多くは住宅です


かつてこの一帯には材木店が多くありましたが、まだ残っています


最近はアートの街に変化中のようです


近くにはババグーリのショップ(ヨーガン・レールの本社)があります


清澄庭園や浅野セメントの工場もあり、変化に富んだ一帯です

2015年2月6日金曜日

がちゃトークで居場所を対話する

今日のがちゃトーク、は「居場所」について。

スピーチのテーマ、対話ともにシャープで気づきの深いがちゃトークとなりました。

そのテーマのひとつが、「居場所を点と考えたときの線について」です。

スピーチからの展開で「点と線で面を成す、縄張りのイメージ」という地図文脈が対話されている状況で、「居場所に居る人と他の居場所に居る人をつなぐ線」の絆文脈が提示され、これにはハッとさせられました。

居場所はそこに居る「人」と、場所という「地」で構成された概念です。

だから、「居場所」と「居場所」を結ぶとき、
「人」と「人」の結びつき
「場所」と「場所」の結びつき
そして
「人」と「場所」の結びつき
という三種類の線がある。

そんなことを気づかせてくれました。

最後の対話で気づいたことは、「気づき」です。

「居場所」とは見つけるものでも作るものでもなく、「気づく」ものである。

職業という「居場所」には、そこに居ることの意味とそこで生活を維持する収入が得られる「文化的側面」と「経済的側面」がありますが、就活で「居場所作り」に苦戦する大学生を見るに、なぜ「気づきが無いなぁ」としばしば思うのかも何となくわかった気がします。

「居心地」とは「居ることの意味づけ(文化的側面)」

それが今日のがちゃトークの私の着地点でした。


どんな味なんだろう?

2015年2月5日木曜日

崖っぷちで気づくこと 坂上忍さんのお話より

最近、テレビによく登場する坂上忍さんは、長い芸能生活の背後にあった家庭の問題なども公にされていますが、最近のニュースで更に知られざる一面を見せてくれました。

坂上忍さん 突然の降板で崖っぷちに

このニュースの中で感じたことは、「謙虚さからはじまる学び」です。

そこには更に、日本とアメリカのルール、文化の違いに気づき、学び、仕事を進める、新たな環境への適応の学びと、プレイヤーからマネジャーへの目線の変化の学びがあります。

後者に関して、「自分が撮りたいものを撮ることしか考えていなかったのですが、このアメリカでの経験で「気持ちよく人に動いてもらわないとだめ」とわかった。そしてなにより、企画を立ち上げる大変さも身に染みました。」と発言されていますが、同じ映画監督という立場にありながら、個人の利益から集団の利益へメタ認知が行われた瞬間があり、それをとても具体的に表現されていると感じました。


坂上さんが一歩間違えれば、グレて道を踏み外しても何らおかしくない境遇を乗り越え、現在に活躍に至っている本質がそこにあるように思えます。


新たな環境を受け入れる寛容さ、柔軟さと前向きに取り組む姿勢、自分の状況を客観的に捉えて価値を生み出す視座を見つける感性。


簡単に言ってしまうと、「謙虚さ」なのでしょうが、言葉よりもっと奥深いものです。


そして、「それ」は自分の周囲を見渡すに、上場企業の社長を辞め独立し活躍されている方や、厳しい状況で闘われている組織人の方が、崖っぷちで力を発揮できる理由として共通にお持ちになっているものである、と感じます。(発揮されている力が「それ」だけでは無いことは言うに及びません。)

時に自分の正義を振りかざし、批判的に語り、価値を守ろうとする視座。そんな所に腰を降ろさないよう、常々自戒したいと思います。


「いいね」って感じじゃない崖っぷちの手袋くん・・・


2015年2月4日水曜日

イノベーターの去ったあと

組織には常に大なり小なりイノベーションが必要です。そして、組織に潜むイノベーターはその機会を逃しません。

イノベーターは、課題の本質に目を向け、部外者の力を上手く使ってそれまでの仕組みを変えていきます。

そのようなイノベーターには以下のような特徴があります。

1.オープンマインド・・・腹を割って話す
2.大きな目的・・・私利私欲で語らない
3.この人のためなら・・・知らないうちに他者をエンカレッジしている

さて、組織は常に変化しています。

イノベーターに安住の地はありません。

そして、イノベーターが去った組織に残るのは、

1.オープンマインドの喪失・・・本音を隠す
2.小さな目的の台頭・・・立場に固執したり上司を見て仕事をする
3.なんだかなぁ・・・常に他者のやる気を削ぐ

そんな組織です。ごく普通の組織であっても、それ以前と比べられてしまうので、退化した印象になってしまいます。

そう、ごく普通の組織とはそんなもので、そして、また行き詰まりイノベーションが必要になるのです。


本文とは関係ありませーん




2015年2月3日火曜日

大学と企業は何が違うのか グーグルの答えを考える

活躍する組織人の探求 大学から企業へのトランシジョン」(中原淳/溝上慎一編)では、様々な角度から、大学生活と企業における活躍の関係性を科学しています。この分析に中で大学時代のキャリア意識や過ごし方、学習への取り組み方はその後のキャリアに緩やかに影響を及ぼす(説明力はあまり高くない)という考察があります。

IT、というか今日、常に注目を浴びているGoogleでは、さらに踏み込んだ表現をしています。

”After two or three years, your ability to perform at Google is completely unrelated to how you performed when you were in school, because the skills you required in college are very different. You’re also fundamentally a different person. You learn and grow, you think about things differently.”

This interview with Laszlo Bock, senior vice president of people operations at Google.

要旨は、”大学とグーグルでは、求められるスキルがまるで違っていて、根本的に別の人として、学び、成長し、異なる思考をする”というものです。

少し例えてみると、銀座線と日比谷線は違う路線だ、ということでしょう。

しかし、神田から六本木に行く人が途中で根本的に違う人になる訳ではない、と言い換えることもできます。

銀座線でお年寄りに席を譲る人は、きっと日比谷線でも席を譲る人です。

同じ地下鉄では違いがあまり感じられないので、車の運転と電車で目的地に向かうケースではどうでしょうか。車の運転をする場合、席を譲ることはありません。しかし、歩行者や他の車を優先することはあるでしょう。そして、そのような行動をとる人は、電車でお年寄りに席を譲る確率が高いかもしれません。しかし、電車で席を譲っても車の運転は非常に荒々しい人も居るでしょう。

前者のように状況が変わっても一貫性を維持できる性格因子が「安定性」です。車や電車を組織と置き換えるともっとわかりやすくなるかもしれません。多くの異なる人と仕事を進める際に「安定性」が高いほど、行動が予測しやすくなります。

実際、分析の結果「安定性」と「対人ストレスの強さ」は、恊働において目的の達成に関わる重要な性格因子であることが表出されていますが、大学と企業という異なる乗り物を乗り継いでも同様に組織活動において成果を出すことが期待できるのです。

企業環境の変化が激しくなるにつれ、採用を含め、企業におけるタレントマネジメントで「性格」がさらに重要になりそうです。


違う


2015年2月2日月曜日

組織文化という殻を脱ぐには?

同じような環境で育っていても、異なる組織に属すると物事の見方や考え方、価値観や行動傾向が違ってきます。

特に、3年以上、同一組織に属すると、その組織がもっている固有のスタイルを身に着けることになります。

誰でも新参者として組織に加わったときの居心地の悪さが薄れ、慣れが生じ、時に、組織を代表して先頭に立つようになると、仕事の手順だけでなく、事象の認知自体にも組織優先となってきます。


色々な企業の方々からお話を伺うに、会社に対する愛着とか、帰属意識とは別に、毎日の仕事習慣のなかで形成される有形、無形の仕事人格はなかなか強固なもののようです。とくに、異なる企業が一緒になったり、経験者を迎え入れたときなどにそれらが問題として浮上していて、より組織を機能させるために組織開発として人事が現場に介入する場面もあるようです。


企業が、色のついてない新卒人材の採用を進めるのも、一度、身に付いてしまったものを変えることより、新たにゼロから身に着けるほうが受け入れる側の負荷が低いからではないでしょうか。

私には、組織文化は、そうした仕事人格により形成されているもののように思えます。

例えば、銀行出身の人は、”その銀行”での仕事人格を、小売出身の人は、”その小売”での仕事人格を持っています。そしてそれらが人々が集まって○○銀行らしさや□□□といった”なんとなく同じ匂い”を醸し出すのでしょう。

もちろん、組織を構成する一人ひとりに目を移せば多様な人材が集まっていて、価値感も行動も決して一様ではありません。

個性とはだれにとってもたった一つのものです。

しかし、同じ組織の人の間に漂う”なんとなく同じ匂い”は確かに感じられます。

そして、この”なんとなく同じ匂い”は、時に人と人を隔てる壁となるやっかいな存在です。

この”なんとなく同じ匂い”は、先天的なものでなく、後天的なもの、学習によって獲得されます。ですから、学習棄却が匂いを脱ぎ捨てる唯一の方法でしょうが、匂いと同時にスキルも獲得されてることを忘れることはできません。

なぜなら、スキルと匂いは多くの場合、剥がれないほど密着しているからです。

組織文化の殻を脱ぐ、真の学習棄却を行うためには、多くのスキルも一緒に棄却しなければならないはずです。それは、未知の領域に挑戦する方が取っている行動パターンでもあります。


組織の匂いと多くのスキルを脱ぎ捨てたあとに残るのは何なのか、時に考えてみると視野が開けて良いかもしれません。


中身


2015年2月1日日曜日

現場と人事部長の採用目線。その違いとは?

最近の採用活動では、採用担当者が自ら面接を行うよりは、現場から面接官に参画してもらい現場目線で人材を見極めることが多くなっています。

とはいっても、採用面接の終局においては人事部長が登場して、見極めを行います。

では、現場から参画した面接官と、人事部長の面接視点はどのように違うのでしょうか。

現場の目線は明確で、現場の仕事に馴染めるか、活躍できるかを肌感覚で見極めます。要するに、仲間として見ているのです。

一方、人事部長の目線はもう少し違っています。もちろん、現場に適応出来るかという視点は持っていますが、現場で育ててもらうイメージをより大切にしているようです。

つまり、強みと弱みを把握し、強みを活かしてもらうために現場にどう推奨出来るか、気をつけるべき弱みをどう伝えられるかについてのリアリティです。

それは、現場や会社に対する説明責任であり、一方では、現場における人材育成への期待です。

現場の共感、人事部長の理解と育成への期待によって、採用人材の魅力は語られるのです。


様々な魅力