2013年8月31日土曜日

組織と人にクリティカルインシデントが及ぼす影響

衝撃度の高い出来事、クリティカルインシデント(critical incident)は、その後の組織と人の有り様に変化を及ぼします。黒船や震災など、歴史的な出来事もありますが、身近なところ、ひょっとしたら誰にでもクリティカルインシデントがあります。

私にとってのクリティカルインシデントは前職で経営の一端を担っていたときに起きた、メインバンクの破綻です。事業は製造卸売業だったのですが、商品を準備し、納品し、返品があり、売上が入金される(返品が多いと下手をしたら返金)というビジネスサイクルを回すためには、そのサイクルを支える資金的背景(仕入れ資金と売上の回収期間の資金捻出)が必要になります。それは、手持資金と仕入れにおける支払い猶予(買掛)と銀行の融資で賄われます。銀行にとって融資とは信用を与えること、つまり与信業務です。

キャリアのスタートを銀行員で始めた関係上、与信側の考え方にかんする知識は持ち合わせていました。入行(銀行の場合、入社ではなく入行と言っていました)直後の新入社員研修で「信用創造」という表現で銀行の社会的役割を教わった記憶があります。銀行の内情に関して、最近「倍返し」で人気のTVドラマ、「半沢直樹」でも描かれています。「当たらずしも遠からじ」といった印象です。

銀行では前述のビジネスサイクルの確からしさと融資が回収出来ないリスクを判断して与信が行われます。昔は、人を見て判断するケースも多かったですが、今日では、客観的指標によってリスクマネジメントをしているようです。ですので、条件が揃わないと与信が行われません。

さて、銀行の破綻とは、ビジネスサイクルを回す資金的背景が崩れることを意味します。要するに事業が回らなくなる可能性が高まるのです。これは衝撃的でした。個別の商談の話ではなく、事業そのものの基盤を失う印象です。

メインバンクの破綻というクリティカルインシデントでの学習は、健全な財務体質の重要性です。誰の手も借りずに事業を行うことは不可能ですし、また、それは逆に環境から孤立するガラパゴス化リスクを増大させますから、事業における自己責任性と外部とのホリスティックな関係性の両面から財務体質を常に維持、改善することが極めて重要であることが身を以て理解できたのです。

このような学習は、正解のない課題を良設定課題に変えます。課題を解決する条件が決まるものです。一方で、良設定課題化には課題解決を硬直化させる可能性があることも考えるべきでしょう。

流れにすると以下の通りです。
クリティカルインシデント→学習→課題解決の条件設定→プロアクティブな適応(もしくは過剰適応)

そして、脱予定調和とは、条件設定の解除であると言えるかも知れません。


クリティカルなトゲトゲ

2013年8月30日金曜日

仕事に向かわせるもの

自分が仕事に没入か整理してみると6つパターンがありそうです。。

1.交響曲型・・・ゆったりとはじまり徐々にもりあがってぐわーんという感じに
事前にちゃんと計画や作戦があってそれが達成されていく心地よさもあります。

2.犬の散歩型・・・はじめは気が重いけど、とにかくはじめると乗ってくる
手をつけるまでに難儀するのですが、なんだか集中が高まってきます。このパターンの難しいところは、一旦、集中が切れると再開する際、また難儀することがあります。

3.ハイテンション型・・・気分がよいと仕事もはかどる
目覚めが良かったり、よい出来事があったり、仕事のあとに楽しいことが待っていたりすると仕事も楽しいです。が、集中しているか、といわれると結構「ざる」な状態かもしれません。いろいろ溜まっていたことが終っちゃいますがあとで見返すと直しが一杯あります。金曜日の仕事は結構、要注意です。

4.火災報知器型・・・瞬間的にスイッチが入って集中!
緊急事態対応ですね。普段、雑に済ませていること(例えば履歴をしっかり記録して残すとか)までこなし、全身に神経が行き届いているように感じます。高揚感はなく、むしろ研ぎ澄まされた感です。

5.早めにベッド型・・・リラックスした状況のなかで考えが広がりったり深まったり
疲れ切って倒れ込むのではなく、「すこし早めに寝ようかな」くらいの余裕がある感じで寝床に突いた時は黄金タイムです。何か、手を動かして作業をするようなことではありませんが、新しいアイデアや解決策が閃きます。ただ、勝負は朝起きたとき。その閃きが残っている時はいつでも、どこでも閃きを引き出すと集中します。多くの閃きは夢の藻くずと消え去ります。

6.巻き込まれ型・・・集中している人、良い問いかけによって乗ってくる
誰と仕事をするか、誰から学ぶか、大切ですね。

これらのパターンは単発もありますが、複合することもあります。5+6はちょっとエッチですが・・・


アキはそこに・・・

2013年8月29日木曜日

Story of a Shadow

“Everything that we see is a shadow cast by that which we do not see.”  ―Martin Luther King, Jr.











"I have a dream"

キング牧師が差別撤廃を訴えた有名な演説から50年が経ったそうです。

2013年8月28日水曜日

共感するのは感情でなく感性で

抗不安薬のなどの薬の成分が環境にじわじわ影響を与えているようです。体外に排出された成分は水を通じて動物の身体に入ることで、例えば動物の活動性が低下するそうです。医師が患者に薬を処方をするときそこまで考えることは少ないかと思いますが、このように、私たちの生活が変わることは、実は環境も変えている事実を理解する必要があります。

これは、決して悪い(と思われる)影響だけでなく、良い影響もあるので常に悲観的に考えるべき問題ではありませんが、悪い影響が出てることに関しては放置してはいけません。

例えば組織におけるネガティブな感情の伝播。感情は伝播します。本人が意図しなくても周囲は影響を受けています。

ハーバード大学医学部(Harvard Medical School)のニコラス・クリスタキス(Nicholas Christakis)教授と、カリフォルニア大学サンディエゴ校(University of California, San Diego)のジェームズ・フォーラー(James Fowler)教授による共同研究では、「誰かの幸福感に変化が起きると、「幸福」または「不幸」な人々の社会的また地理的な集団が形成される。つまり、幸福感や充足感は個人がそれぞれに感じるだけのものではなく周囲にいる他人に影響される」というもので、「他人の感情は、同居人よりも隣人や友人からのほうが伝染しやすく、職場では幸せな同僚がいても影響を受けない。これは、社会的状況が感情の伝染を抑止している可能性があるのではないかと考えられている」とのことです。

感情の伝播は「共感する力」によるものだと思いますが、「共感」は現代において大切なキーワードです。経営理念への共感やマーケティングにおける共感など、組織の内外において共感作りが進められています。フェースブックは「いいね」で共感を見えるようにしました。

さて、組織における感情の伝播は、ネガティブであってもポジティブであっても醒めやすく儚いものではないでしょうか。例えば、カリスマ性を発揮した社長であっても業績が低迷すると途端に社内外での世論が変わってしまったりします。

それに対して感性による共感は、周囲の感情とは無関係です。ゆえに感情の伝播に竿をさすことが出来る、言い方をかえると自らが環境に与える影響を放置しない力になるのだと思います。また一度、感性による共感が生まれると、それは根強く、時を経ても蘇る共感であることも実感します。

先日参加したワークショップ内で、感性による共感とは、「自分の五感との対話」ではないか、と気づきました。視覚から入る情報に「良い、悪い」という判断を下すのではなく、「自分の五感はこんな受け止め方も出来るのだ」と自分に向き合い自分の軸(感性の軸)を作って行く作業は、まるで五感と対話しているみたいだったのです。

自分が環境をどう変えて行くのか、感性の軸をもっと研ぎ澄ます必要がありそうです。


まあるい感性 音はガシャガシャ 匂いはお米 味は?



2013年8月27日火曜日

私たちがみているもの

「私たちがみているすべてのものは、見えていないものの影である。」


“Everything that we see is a shadow cast by that which we do not see.”
―Martin Luther King, Jr.

日曜日に参加したワークショップで紹介されたキング牧師の言葉です。

この言葉からは、発言されたときの背景や前後の文脈が切り取られていることで、余計に様々なストーリーが広がります。意味深い言葉です。

そこで、主題を日頃目にしている様々な人材に関わるデータに置き換えるとどうなるのでしょうか。


「私たちがみているすべての人材データは、見えていない人や組織の影である。」

“Human Resource Data that we see is a shadow behavior by that which we do not see.”

cast は behavior に置き換えて見ました。


人の行為を知るということは、人と直に触れ合うことです。影ではなく実際の人との関わりを通じて初めて見えていないことも知ることになるのですね。

影は人とともに、人は影とともに


Masaaki Hiromura さんの作品です


2013年8月26日月曜日

三方良しのデータ活用

「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三つの「良し」。売り手と買い手がともに満足し、また社会貢献もできるのがよい商売であるということ。近江商人の心得をいったもの。(コトバンク>デジタル大辞泉の解説 より)

商売はいつでもこうあって欲しいものです。そして「三方良し」の商売は間違いなく繁盛するでしょう。

さて、人材データにも「三方」があります。それは、「本人」「上司(もしくは部下)」「人事部(もしくは経営陣)」です。無機質な数字の並びが「三方良し」になるためにはどのような真実があれば良いのでしょうか。

まず、数字は誰にでも平等な万国共通の概念です。地域によって1が2になったり0になったりすることはありません。「じぇじぇじぇ」という地域でも1は1です。

そこで、真実について考えました。

まず「本人」。自分にとって、自分の優位性や高い評価を明示してくれる数字であると嬉しいです。次に「上司(もしくは部下)」。マネジメント(逆マネジメント)するうえで自分のミッション(わかり易く言えば業績)の達成に良い影響をもたらしてくれる、もしくはもたらすツボを示唆してくれる数字だと嬉しいですね。そして「人事部(もしくは経営陣)」。組織全体の状況把握と人事戦略(事業戦力)の実現を可能にする施策を企画立案、実施検証できる数字が望みです。

こう考えると事業が順調の成長しているときは三方良さそうです。

ところが事業が困難な状況において責任、原因、改善と真実の風向きが変わると三方良くなさそうです。「人事部(もしくは経営)」は、より効果的な要員計画や人材活用や育成を考える数字を必要とします。「上司(もしくは部下)」は成果の上がらない部下(もしくは上司?)を手っ取り早くハイパフォーマーに変身させるための数字が欲しいです。「本人」は・・・逆風のなかでも数字が自分の優位性や高い評価を明示して欲しいですね。

これらはもちろん、総論的に語っており、実際は人によって違うでしょうが、逆風のなかでは数字に「真実」が求められます。

逆風下でこの数字という「客観的概念」から、三方が「良し」を得られるための真実は「学び」だと考えています。なぜなら「学び」には、達成、満足といったポジティブな面だけでなく、「学び直し」という「苦痛」が内在しているからです。つまり、環境の悪化という苦痛に対して、「本人」「上司(もしくは部下)」「人事部(もしくは経営陣)」三方ともに「苦痛を共有」する「学び直し」は環境への適応なのだと考える次第です。そしてその真実がデータに埋め込まれるのです。ところが、「主体的に学ぶ力」が弱い人にとっては「学び方」がわかりませんから、埋め込まれた真実を活かすことができません。そして自分にとって心地よい数字と向き合いたがります。これは自分を有能だと思いたがる脳のバイアスに起因することなのかもしれません。

結論として「学び直し」も含めた「三方良しのデータ活用」には感性や共感が必要です。感性は、人が真実を内発する装置です。
「三方良しのデータ活用」にはビジュアルストーリーテリングによって、データを感性に訴えかける仕組みが必要なのです。


黄金螺旋で撮るのです

2013年8月25日日曜日

余白は宇宙である 芸術は宇宙への問いかけである

そして、課題を解決するのがデザイン。

今日は慶應イノベーティブデザインセンターが主催する第2回 KiDS「写真を用いたフィールドワークとストーリーテリング ―感覚を研ぎすませて軸を作るワークショップ―」に参加しました。この投稿のタイトルはワークショップ内で芸術家千住博さんの言葉として紹介されたものです。大村はまさんは「愚問は頭を悪くする」と述べましたから、さながら、「アートは頭を良くする」のでしょう。もちろん、「気づきを与えるアート」に限ってでしょうが。

さて、ワークショップの内容を一部紹介すると、一枚の写真を見て
1.見えているもの
2.テーマ/タイトル
3.五感に感じること
4.色などへの置き換え
5.瞬間の前後
6.場に関わる
7.内側の基準
8.基準の日々への影響
9.イメージへの関与
10.自分のストーリー

と、丁寧に段階を経て感性の軸を身につけていきます。

以前、MALL(経営学習研究所)ACOPに参加させて頂きましたがそのときも感じたようにアートには、正解が無いという大きな力が内在しているようです。問題解決症候群などにも顕われていますが無意識に正解を求めてしまうご時世において世代、誰もが経験を越えて「正解が無い」ことを実感するのは実は、結構難しいことなのかもしれません。

ところで、ACOPとVisual Sensing Strategy Workshopの違いですが、ACOPが鑑賞であるのに対して、VSSWは自ら撮影を行うところに大きな違いがあります。「写真はピクチャレスク」という言葉に、「芸術ではない」「絵ではない」という意味があるそうですがその定義を大切にするのであれば、ACOPとVSSWの共通点は「アート」ではなく「感性」ということになりそうです。

ワークショップの最後にフィールドワークを行いました。
・伝えるべきメッセージ
・RTB(根拠)を探る
他、構図(比率)、フォーカス、リアリティ(=クオリア)、余白と対象の関係性、光と影のバランス、客体になりきるを考え撮影し、その後に2名がストーリーテリングを行いました。

さて、私のストーリーは、「意味が無いものからの問いかけ」となりました。


犬のような木の根


これは鳥


トカゲに見える


猿・・・だろうか

私たちは物を見ると意味を感じてしまうが、本来、そこに意味はない。
しかしながら意味のないものが心に問いかける。
無意味(余白)の意味。


2013年8月24日土曜日

処暑(syosyo)

昨日は処暑(二十四節気の第14)でした。そこで今年の夏の印象として1枚の写真をピックアップしました。


Splash 2013

2013年8月23日金曜日

キャリアの見通しを醸成する良い問いかけは?

職業意識を持ち始めるきっかけは身近な出来事をきっかけにしていると思います。子供に「将来何になりたい?」と聞くとそれなりに答えが返ってきます。

「将来何になりたい?」

おそらく、この問いは、幼稚園に行くころには投げかけられているのではないでしょうか。だとすれば、例えば、それを5歳とした場合、以後20年近く、つまり、仕事に就くまでずっと投げかけられることになります。この問いかけが問われる間隔や、その現実感の高低は別として、すごく長い期間、問われ続けることを考えたとき、ふと思うのが、この問いかけは「良い問いかけ」なのか「悪い問いかけ」なのか、という疑問です。

子供のなりたい職業について第一生命が調査をしてます。

2013年では
なりたい職業 男子編 BEST5
1位 サッカー選手
2位 警察官・刑事
同率2位 学者・博士
4位 野球選手
5位 テレビ・アニメ系キャラクター

なりたい職業 女子編 BEST5
1位 食べ物屋さん
2位 看護師
3位 保育園・幼稚園の先生
4位 お医者さん
5位 お花屋さん
だったそうです。

しかし、このあと、子供ななりたいと思えばなれるわけではない事実に直面します。おそらく、このアンケートの回答通りの職業に就ける子供は非常に少ないでしょう。努力の有無は別として、ある意味、小さい頃からキャリアの壁があるわけです。そして、中には大学を卒業するときも壁がある就活生が居る現実を目の当たりにすると、「悪い問いかけ」なのかもしれません。

夢ではなく現実的なキャリアに関する見通しを得ることが出来る良い問いかけとはどのようなものでしょうか・・・


ずっと長い間

2013年8月22日木曜日

点と点を結ぶとストーリーになる

鉄拳さんが描くパラパラ漫画は独特の世界感を持っています。今、TVで放映中のNHK、「あまちゃん」でも、わかり易さと面白さと深さを上手に伝えています。パラパラ漫画は一枚一枚絵を描き、それを続けて捲ることで絵が動いているように見えるものです。

点と点を結ぶとストーリーになる

最近、ネットではパラパラ動画という映像に人気があるようです。これは、駒撮りした写真を連続して再生することで動きが見えてくるのですが、瞬間を繋ぐことで、宙に浮いて移動するようの見えたり壁をすり抜けたりように見える特撮的な表現が楽しめます。

点と点を結ぶとストーリーになる

私たちは時間と言う誰にでも平等で、そして逃れようの無いモノと日々向き合っています。そして切り取った瞬間を切り取った順番に並べるとそこに再び時間を感じ、新たなストーリーが生まれるのです。
パーソナリティアセスメントのデータを折れ線グラフにして時系列に複数並べるとそこには非常に良く類似した波形が出現しますが、一部の項目に関しては振動が見えて来ます。この振動が意味する物は何でしょうか。

点と点を結ぶとストーリーになる

そこに見えるのはその人のストーリーです。瞬間のデータを繋げることで見えてくるストーリーです。そしてそのストーリーは内省をもたらし気づきを与えてくれます。

最近、よくお邪魔している経営学習研究所(MALL)のラーニングイベントでは、リフレクションムービーを作成してイベントの終わりにそのイベントの様子を振り返らせてくれます。ストーリーは心を動かします。


時間が動き出す

2013年8月21日水曜日

成長と生存の条件

大学生研究フォーラム2013で京大の溝上准教授が以下の力や態度が弱い学生は成長しない確率が高いことがわかってきたと報告されていました。

主体的に学ぶ力
豊かな対人関係と活動性
高い将来の意識を持つ

そしてこの3つの力や態度は職場での働き方にも強く関係するそうです。

「主体的に学ぶ力」は、言い換えると「目標を定めこだわり、執念を持って学習を達成すること」であり、仕事を学びの機会と捉えれば目標管理制度(MBO)の本来の意図にそのまま適応できそうです。
豊かな対人関係と活動性に関してはソーシャルネットワークの観点からコミュニティを活性化するストラクチュアル・ホール(異なるネットワークのハブ、例えば「人間グーグル」のような役立つ存在といったところでしょうか)であるところの価値と、グループワーク、チームワークを自身の有効な学びの場にすることが出来る優位性が窺えます。
「高い将来の意識を持つ」ことは、目標への見通しと実践ですから、成果を得る為のコンピテンシーです。
このようの考えると3つの力や態度を備えている社員が活躍する確率はかなり高いでしょう。


一方、職場、すなわち仕事の現場には厳しさが待っています。
「現場とは「現在進行形」「具体性」「複雑性」「予測不可能性」「即興 性」などの、5つのキーワードで彩られる場所(小田 2010)。 現場とは「現在進行形で、個別具体的な物事・出来事が進行し、その様相は 複雑きわまりなく、かつ予測不可能である場合」が多い。」
この引用はこれまでも何回か登場していますが、これらのキーワードに対応する資質やコンピテンシーは以下のように整理出来ます。

「現在進行形」・・・問題接近傾向・組織運営力
「具体性」・・・知識経験・業務スキル・組織学習・育成力
「複雑性」・・・矛盾へのストレス耐性・判断力・本質理解
「予測不可能性」・・・先読み力・ビジョン
「即興性」・・・機敏・機転、問題解決力


較べてみると成長に関わる力や態度と現場で活きる資質やコンピテンシーは近しいと思います。

さて、若年層のメンタル発症率の高いある会社では、頑固で他責で孤立性が高い現場に不適応な傾向を持った人材のほうが安定就労しているというなんとも皮肉な結果がでました。つまり、若手の社会人は現場で活躍する力が身に付かない間は生存の危機に晒されている可能性があります。例えば、問題接近傾向があっても複雑性、予測不可能性、即効性が足りないと追い込まれた状況になります。
主体性は内発するものである、という立場をとれば、若手の育成とは、主体性を身につけさせるためではなく、主体性を持った若手が現場で生存できる状態になるまでのセーフティネットなのかもしれません。


3つの尖り

2013年8月20日火曜日

組織における5つのマンネリ

組織がマンネリに陥るとき、それは一様でなく以下のような5つの型を持っているようです。

1 .前例踏襲型    ・・・これまで通りにやることを是とする
2 .慣性軌道型    ・・・いままでの勢いを使い70%の力で楽をする
3 .指示実行型    ・・・朝令暮改もなんのその、言われた通りにや る
4 .内向活性型    ・・・現状の仕事に満足し居心地が良く新たに学 ばない
5 .絶対正義型    ・・・唯我独尊、己の絶対正義で身勝手な自由


1の前例踏襲型に関しては組織の風土や文化として引き継がれていくものです。役所などをイメージするとわかり易いのですが、新しいことを始めようとすると「前例がない」として拒絶されます。2の慣性軌道型は組織のなかで滞留層と呼ばれる、昇進をせずマネジャー一歩手前で仕事を続ける人々です。仕事にも慣れ70%の力で仕事に向き合いまず無理はしません。3の指示実行型は自ら考えて動くことが得意ではなく、誰かの指示をすぐに欲しがります。指示があれば動くのが特徴です。4の内向活性型は居心地のよい現状にどっぷり浸かって好きな仕事と向き合います。仕事に誇りをもって、意欲がありますが、自分の仕事以外は観察の対象です。5の絶対正義型は「会社には戦略が無い」などと言いながら、ひとたび方針が打ち出されると「あんな方針、訳がわからない」「自分の考えは違う」と言い切り利己的な正当性を主張します。

組織がマンネリから脱却するためには、組織の中にあるマンネリの型を整理して施策を実施する必要があります。



一歩踏み出しマンネリを脱却しよう


2013年8月19日月曜日

30年の時を経て変わらないこと、変わったこと

30年前、当時大学生だった自分が、主体性を持って学んでいたことは、脱工業化社会における人と組織に関してと「日本的経営」の課題と限界性でした。その際にご指導を頂いた故青沼吉松教授が、当時、重要視されていたのが「プロフェッショナリズムとインテグレーションセオリー」でした。

その頃の日本経済はバブルに向かった景気の上昇局面であり、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(原題:Japan as Number One エズラ・ヴォーゲル)という本が脚光を浴びていた時期でもありました。そのなかで「終身雇用、年功序列、企業内労働組合」といった日本企業の村的(内向的)特徴を正面から否定し、組織の構成員一人ひとりが自立したプロフェッショナルとなり、更には、対立や妥協ではなく協働、インテグレーションすることによって組織が進化していくビジョンを描いていた青沼教授の本質を見抜く力と的確さに改めて感服する次第です。先週参加したフォーラムで東大副学長の吉見教授が「主体性とはビジョンとこだわり(夢と執念)である」と強いメッセージを発信していらっしゃいましたが、今現在の自分のビジョンはまさに大学時代に培われたものであることを改めて自覚しました。

さて、30年前の視点がいまでも曇らないところに、人と組織の問題の奥深さを感じています。もちろん、この30年間に様々な変革や発見、発明があり、人と組織の様相は大きく変わりました。しかしながら、こと、組織における「人」という観点では、「どのようの仕事に向き合い、取り組むのか」が常に問われ続けているのだと考えます。これは普遍的な問いかけです。

一方、組織においては前提、「組織に貢献するために」という枠組みがありますが、今日の「コミットメント」とは誰かが作った枠組みを受け入れることではなく自分たちで組織が成長する枠組みを作ることを指すようになりました。その点で人にとっての「組織」は大きく変わりました。日本的経営で語られた「滅私奉公」はすでの化石となりましたが、今後、組織は主客一体、共創、全員経営へより一層向かって行くでしょうから、その点でも組織構成員は専門性(しかも非連続な)と主体性が強く求められていると感じます。

規律を守って行動すれば良かった時代から、自ら未来をデザインし課題を創りそれを自ら解決することが求められる時代(主体性前提社会)となって「仕事の向き合いかた、取り組みかた」の本質がよりくっきりとした輪郭で目の前に現れているように思います。
そしてそれは、雇用されている社員や就活生への求め、だけではなくまったくの自分事です。他者を評して語ることではなく、自らの命題です。

「プロであること。統合において貢献すること。実践すること」

夏休み明けの月曜日、自らのビジョンとこだわりをクリアにして前に進みます。


正しい呼吸で関わりのない力は抜くのです 「弓と禅」
今日はちょっと力んで呼吸が乱れました

2013年8月18日日曜日

路地物語 人形町編

路地
家と家の間
車は通れず、人や犬、猫が行き来するための道
そこには表通りとは違った景色が満ちている





Fig.1 路地裏
路地裏には生活感が満ちている


Fig.2 延々
この路地はどこま続くのかわからない


Fig.3 裏側
狭すぎる戸、間取りがわからない窓の位置
路地には謎がある


Fig.4 階段
この路地が無いと生活できない人が居る


Fig.5 梯子
天に届く梯子もある


Fig.6 芸術
おそらくここにしか無い物を見つけ


Fig.7 煙突
不思議に曲がる煙突を見上げ


Fig.8 鉄窓
鉄窓がいつから開いているのかを想い


Fig.10 行方
路地を抜けるとそこには見慣れた風景
「あっ、ここに出るのかぁ・・・」
とつぶやく

そして


やはり路地には人が似合う

2013年8月17日土曜日

必要なのは経験なのだろうか

今日は、東京大学・京都大学・電通育英会 共催の大学生研究フォーラム2013に参加させて頂きました。テーマは「学生のうちに経験させたいことー大学生の今、変わる企業」です。整理されたキーワードは、主体性と多様性。隠れたキーワードが「考え抜く力(知力)」としたのが東京大学副学長の吉見教授でした。

基礎学力が低く、学ぶモチベーションの形成が出来ない学生にとって、アクティブラーニング、留学、インターンシップがそれを補うシステムとして脚光を浴びているけど、システムだけでは難しいと評したのは立命館大学アジア太平洋大学副学長の平田教授です。

東京大学の中原准教授が反応したのは、基調講演をされた日本学術振興会理事長の安西氏が語った「実践」というキーワード。安西氏からはFuture Skills Project研究会の紹介を通してですが、「議論している場合じゃない、実践しかない」という部分に着目し、小括では、

「大学と企業のトランシジョン」がこれからスムーズになることはだぶんない
しかもわたしたちは「ノスタルジー」に浸っている時間はない
そして、「大学と企業ができること」たとえば・・・
と括りました。

さて、ダイアローグ・セッションで対話させて頂いた方は、大学関係および大学へサービスを提供している企業の方でしたが、使命感と熱意をお持ちでした。やはり、学生の現実を目の当たりにして思うことが多いのでしょう。

フォーラム全体を通じて最後に感じたことは、「必要なのは経験なのだろうか」ということです。ぐるなび執行役員田中氏は「むずかしいことをやさしく/やさしいことをふかく/ふかいことをゆかいに/ゆかいなことをまじめに」表現した秀逸なピコピコパワポで、大学と企業の段差が昔より大きくなったことを見せてくれました。その段差を埋める為に学生のうちに経験させる、でも、経験させるということは、主体性のある行為なのだろうか?、いやいや、少しでも主体性(らしいもの)を持たせることが重要なのだという教育の現場の声・・・どうもわかりません。与えられた経験ということで言えば、大学生には非常に多くの経験がすでに与えられているのではないでしょうか。それで言えば、経験を意味づけすることのほうが足りていない気がします。

先日、南海トラフを震源とした地震の誤報がありました。誤報でしたが、地震の可能性が高いという予測もあります。今、企業は何が起きてもおかしくないというスタンスで事業を行っています。それは、バブル崩壊、阪神淡路大震災、リーマンショック、大型倒産、欧州の金融危機、超円高、政治の混乱、そして東日本大震災と想定外の出来事が連続する事態のなかで学んだことです。このような経験を通じて企業が学んだことは、困難や苦境を前提とした組織運営であり、組織の人材に運営を実現できる力を求めているのだと思います。自分の会社を見てもその意識は間違いなくあります。明日、もし震災に襲われても先頭に立って動ける人材、そしてそれは、経済成長が止まりグローバル化が進むなか、日々の営業や業務も同じコンテクストなのです。(大学は、大学生はどうなのでしょうか?)

帰り際、京都大学の溝上准教授にご挨拶しました。そのとき、社会人のパフォーマンスにとって大学での経験は1割程度の寄与率しかないと教えて頂きました(ありがとうございます)。であれば、余計に「どんな経験をするか」ではなく「経験をどう意味づけして次を考えるのか」ということに開眼することが大切だと考えています。


地震雲かもしれないよ

2013年8月16日金曜日

スケールアウト、する?

「スケールアウト」という言葉をよく聞くようになったのは、Google、Amazonなどが急成長するなかで、「クラウドコンピューティング」が注目されるようになってからです。「クラウドコンピューティング」とは、「2006年のGoogleのCEOであるエリック・シュミットによる発言が最初」(Wikipediaより)だそうですが、要するにITを使う側にとって便利だけど雲のように「もやもや」した存在です。そして、この「もやもや」は世の中を変える力をもった「もやもや」であることがその後に証明されました。

「クラウドコンピューティング」の大きな特徴は、それまでの厳密なシステムの存在が、ネットワーク、分散処理などによって柔軟になったことです。いや、柔軟に理解しなくてはならなくなった、というのが正解でしょう。例えば、自分がクラウド上のサービスを利用しているとき、自分のデータがどこの国のどこのサーバ上にあるのかまったくわかりません。場合によっては、あちこちのサーバに分散してデータが保存されていたりします。

これを受け入れることは結構、大変です。なぜなら、これまでのサービスでは、自分のPCや、特定の事業者が運営する特定のサーバ上にデータがあるのが前提だったからです。

さて、自分のPCで考えたとき、PCが古くなって処理速度を上げたいとき、新しいPCに買い替えるのを「スケールアップ」と言います。CPUやメモリの性能が上がり動作が早くなります。一方、最新でなくても、新しいPCを追加し、2台で作業することで処理能力を高めることを「スケールアウト」と言います。ネットワークの世界では、「スケールアップ」と「スケールアウト」を組み合わせて、システム全体での情報処理能力を飛躍的に高めているのですが「クラウドコンピューティング」の伸展により「スケールアウト」も発展しました。

ところがGoogleやAmazonの飛躍的な成長に伴い、「スケールアウト」が注目されると、むしろ、「スケールアウト」とは、GoogleやAmazonのような急成長する企業を指すようになります。例えば、「スケールアウト」する企業に就職したい、といったように使われるようになったのです。

この使い方はちょっと微妙です。例えば、人をシステム構成に例えるのであれば、人はノード、つまり、処理(=仕事)を行う単位ですから、仕事が増え従業員数が増えている会社に入りたい、つまりノードとしてぶら下がりたいことになります。しかしながら、成長企業も含め、企業はぶら下がり社員を必要としていません。今、企業は自ら企業を成長させる自立し貢献する人材を求め、経験の場を与えようとしているのです。

一方、成長するポテンシャルを持った企業、もしくは、事業成長を目的とした仕事選びということであれば、自ら「スケールアップ」する機会ということですから、「スケールアウト」という考え方とはだいぶ異なります。

改めて人材に関して「スケールアウト」という言葉を使う場面を考えると、知識や経験のノードを増やすこと、他流試合、学び直しといった概念で使った方が適切な気がします。


蚊取り線香の並列処理です


2013年8月15日木曜日

新しいものを支える3人の味方と懐かしいものをとりまくオープンネットワーク

Googleが間もなくグーグルグラスの一般販売を行うそうです。すでに一部で提供を行っているのでその形状などは広く知られています。写真を見た時にすぐに思いついたのは「スカウター」という漫画ドラゴンボールに登場する道具です。ですから、「なにこれ!新しい!」というより「うそ、ほんとに作ったの?」という感想のほうが正直、強かったです。Appleは時計型のデバイスを開発中と言われています。それは、サンダーバードやウルトラマンなどに出てくる道具を彷彿とさせます。

新しいものなのに何となく懐かしく思える、それらの物は多くは昔、妄想された未来の道具が現実となったものです。

ところが、思いもしない新しいものに出会うこともあります。例えば1979年にソニーから「ウォークマン」が登場したときは「あったらいいな」ではなく、「いきなり出てきた」という印象だったことを覚えています。故スティーブ・ジョブズの製品も同じような印象を受けます。
目の前に現れてはじめて、こんなものが欲しかった!と思えるものが、真の「新しいもの」だとしたとき、グローバルにネットワーク化が進み、色々な人の妄想が共有されるなかで「新しいもの」が出現する可能性はうんと低くなったのかもしれません。

とは言え、妄想を現実にすることは困難です。「夢を実現するプロセスがデザイン」であるとすれば、人や組織や地域を越えてデザインが継続されることで現実が進化して初めて実現されるものですが、一方、その過程のなかでデザインがグローバル、ボーダーレスに継続されることで「国際特許紛争」など新たな課題も生まれています。

され、「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」(ジュール・ヴェルヌ)という言葉がありますが、この「夢の実現」において、他者と連携による「想像されたものをいつかは誰かが実現する」ことと非連携の「自ら想像したものを自ら実現する」ことには、やはり質的な違いがあるでしょう。そして後者は概ね、世の中からは受け入れられにくいものです。なぜなら、受け入れる為のレディネスが醸成されていないからです。マーケティングで有名なロジャースの普及理論からは、新たな商品が消え去るのか、それともヒットするのかは開発者と消費者の相互作用によるものであることがわかります。つまり、「新しいもの」を受けれてくれる周囲の人々が必要なのです。

オープンネットワークで物を作ったり事を興すと普及させる為のコスト(レディネスの醸成)は減りますが、なんだか目新しくありません。これは、人材に関しても同じようなことが言えるでしょう。同質化した環境のなかから異質な目新しい人材を輩出することは困難だと思われます。

真偽のほどは定かでありませんが、一人の芸術家は三人の支援者が居れば生き延びられるそうです(最低限、という意味で)。懐かしいものでなく、新しいものを生み出す人になるためには、三人の賛同者、共感者が居ればOKなのかもしれません。但し、そこには覚悟が必要ですが・・・


あとひとり

2013年8月14日水曜日

街の色がたり

Concept "Chain Story of Colors" 


PET Blue


Neon Blue



Far Blue & Dangerous Yellow



Pencil  Yellow & Orange & Red


ChinaYellow & Red


Red with Pink Pig


Berry Red, Black & White


Smiling Black


Table Black, Paper Green

 

Leaf Green


and so on, so on … 


Aug, 2013